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指名

 遺産相続候補者全員に向けて公開された説明文は、僕が事前に読んでいた内容とほぼ同じだった。

 強いて違いを挙げるなら、こちらの方が簡潔で、語られていない個所もいくつかあるようだ。


 どの道逃げられない。

 だったら、遺産のために人を殺すうような人間ほど、目の前のこのチャンスをむざむざ無駄にはしないように立ち回るだろう。

 物理的にも社会的にも死なないために、どうやれば誤魔化して切り抜けられるか。遺産と身の安全が両立できるような、都合のいい抜け道はないか。

 戸惑った態度を装いながら、必死で考えていることだろう。


 なにしろ、ズラリと提示されている全ての条件に添わなければならない。

 「一番の秘密」を、ただ公開するだけでは駄目なのだ。


 周囲の様子をうかがえば、目の前に並ぶいくつものルールを、数名が真剣に読み込んでいる。

  

「ところで、参加資格って何なの? ぶっ殺すなんて言われて、わざわざやりたがるわけないじゃない」


 すでに状況に慣れたイネスが、いつもの図々しさで質問する。

 そういう性格なだけだとは分かるが、娘と孫を守るおばあちゃんとして立派な姿勢だと思う。


「それも秘密なのだ! 教えちゃったらつまらないからな!」

「なんなのよ、もう。さっきからそればっかりじゃない。大体、国の圧力で仕方なくこんな招待に応じさせられたけど、そこまで付き合ってやる筋合いはないわ。参加資格が何だか知らないけど、そんな胡散臭いもの、私の家族も絶対やらせないわよ」


 クマ君に、断固として主張した。孫達、ちょっと不満そうだ。

 確かに今は、まだワクワクの方が大きい段階だろう。ちょっとした冒険気分だ。海賊もいるし。

 しかし気持ちは分かるが、これは絶対関わったらダメなやつだから、おばあちゃんが正しい。


「選択権は諸君にはないのだ! 参加資格を持った人間は全員強制参加となっている! そして第一の挑戦者は――お前だ!」


 王子様が、びしっと一人の人間を指した。

 そして物理的に、ぱあっとスポットライトが一人の人物に降り注ぐ。

 ――実に盛り上げてくるな。まさしくショーだ。


 指がないのでもふもふの腕全体で指しているのが、やはり滑稽で微笑ましい。

 やっていることは、死刑台に立つ人間のご指名なのだが、クマ君達の可愛さと流れるBGMの軽快さのせいで、いまいち深刻な事態の空気感にならない。


「俺!?」


 照らされて絶句したのは、レオンだった。

 

「なんで俺が!?」


 血相を変えて反論するが、息子を良いように使っているバチだと、僕は内心で冷ややかに眺める。


 クマ君の誰かが、立候補を促すような発言もしていたが、ショーを盛り上げるための演出に過ぎないはずだ。

 頭上の大モニターには簡潔なルール説明しか書かれていないので、僕以外知らない情報だが、順番決めはゲームマスターの采配となっている。

 候補者の意志など関係なく、一人目は初めからレオンに決まっていたということだ。


「拒否権はありませ~ん」

「パスは不戦敗! その場でブッ殺よ!」

「ほらほら、もたもたしてたらご飯の時間になっちゃうよ! 早速始めよう!」


 その言葉の瞬間、僕達の輪の中央にレオンが立っていた。スポットライトに包まれて。

 しかしスターというよりは、まるで広場に引っ立てられた罪人のようだ。

 真っ青な顔のベレニスとヴィクトールは、なすすべなく見守るしかできない。


 これは物語でよくある、横暴な権力者に「これができたら命を助けてやる」と弄ばれているシチュエーションと、ほとんど同じではないだろうか。せめてもの救いは、立ちはだかるハードルが絶対に達成不可能というわけではないということか。


 とにかく指名を受けたが最後、生き延びるには、押し付けられた課題を果たす以外ない。

 なにしろ逃げようにも足が動かない。屋敷の外にも出られない。多分逃げても簡単に転移で呼び戻されてしまう。

 どこにも逃げ場などない。


 その場で殺されるくらいなら、もうやるだけやってみるしかないだろう。


「さあ、ご希望の遺産はどれかな? ちゃっちゃと決めちゃってくれる?」


 まだ覚悟の決まらない様子のレオンの目の前にだけ、個人用のモニターが現れた。

 僕達からは読み取れないが、おそらくそこには、技術系の遺産目録が映っているのだろう。


 それを目にして、レオンの顔つきが変わった。


 どうやら突破方法を思いついたらしい。

 日和っていた態度が、挑戦者の意気込みに塗り替わったのが見て取れた。


 レオンがギラリとした目で、改めて確認する。


「この中から、本当に俺の選んだ能力がもらえるんだな!?」

「ゲームクリアできればね~」

「お前の希望は――なるほど、転移だな。了解した!」


 レオンの指定の言葉を聞く前から、クマ君が頷いた。レオン担当の騎士クマ君だ。


「本当に、俺の思考が読めるんだな」


 自分の選択を当然のように言い当てられた本人が、不愉快そうに吐き捨てた。


 そのやり取りを観察しながら、思考を読めるわけでもない僕も、やはり転移かと思う。完全に予想通り。むしろ当然というべきか。


 僕の中にうっすらとあった疑念が、確信に変わる。


 僕が彼ならこうするだろうという、いくつかの対策方法を考えてみていた。

 もし彼が現在所持している“能力”が()()なら……。


 このゲームの勝者となって、更に転移能力を入手すれば、彼はこのゲームで何も失うことなく、円満に外の世界の日常生活への復帰を大手を振って果たせるはずだ。

 莫大な金を生み出す遺産を相続し、秘密の暴露の不利益など一切被りもせず。


 ――と、少なくとも本人の計画ではそうなっていることだろう。

 実にナメている。


 結論から言えば、彼の作戦は僕には通用しないので、現実的には完全な皮算用だ。

 徹底的に邪魔をしてやるつもりで、僕はこの場に臨んでいる。


 別に僕の家族を奪った仇ではないけれど、だからと言って助けてやりたいとも思わない。

 犯した罪には、相応の報いがあるべきだ。

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