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音楽

「なんか、変な話になっちまったなあ。もうやめようぜ。ここでごちゃごちゃ言っててもどうせ答えなんて出ねえんだし」


 そもそもの言い出しっぺだったクロードが、そこで話を打ち切りにする。あまり気分のいい話ではないので、僕も素直に賛同した。


「そうですね。そもそもご遺体がない時点で、亡くなっているという前提自体が曖昧になってしまっているわけですしね。一族の皆さんが屋敷を強制退去させられた後、実は屋敷のロボット達に蘇生されていたとか考える方が、不気味な想像よりはずっとましですよ」


 僕は例によって、行方不明者の生存の可能性をしれっと口にする。


「あれだけやられてて、蘇生なんてできるものなのかしらねえ?」


 唯一の目撃者ということになっているイネスが、眉間にしわを寄せる。


「どうでしょうかねえ。なにしろこの屋敷は、何でもありじゃないですか。少なくとも中にいる僕達が、この屋敷の管理者の監視下に置かれてるのは間違いないでしょうし、的確で迅速な対処なんかも可能なのではないでしょうか」


 さらっと僕の投げ込んだ波紋に、何人かが反応した。


「ああ、やっぱ、そうだよなあ」


 真っ先に同意したのはクロード。


「ちょっとしたいたずらのつもりで、テディベアをまいてやろうとダッシュしたら、進んだ先で待ってるんだぜ? こいつ」


 笑うしかないといった様子で、自分付きのクマ君を指差す。一緒に屋敷を見て回って、何度かの不自然な経験から、やはり僕同様そういう結論に達したらしい。


 ここぞとばかりに、アルフォンス君も同意する。


「多分他にも、数えきれないほど厳重な監視体制下にあるんでしょうね。ついでに言うと、警察の方でも屋敷中に監視カメラを配置させてもらっています。犯罪行為があった場合、その場のカメラを回収すれば、すぐに犯人は特定できることを念頭に置いて行動してください」


 こちらはあからさまに防犯目的の便乗だな。

 別行動だったせいでまだ知らない人の方がこの場には多いから、この機に警告しておいたわけだ。これで全員が、自分の行動を記録されることを知った。


 基本的に監視社会の国民なので、むしろほとんどの者は不快感よりも安堵を示したが、ここであるワードに引っかかったのがジュリアンだ。


「ちょっと待って。管理者に監視されてるって?」


 少々臆病なところがあるらしい彼は、その点が聞き逃せずに追及する。

 大人組はある程度は察して受け入れているはずのことだが、未成年組はあまり実態を把握していないようだ。


「この実質治外法権の空間には、個室ですらプライバシーの侵害なんて法はないと思いますよ?」

「ええっ? まさか、今も誰かに見られてるってこと?」


 ギー、ルネを含めた未成年三人組が、慌てたように周囲を見回す。なんだか少し前の僕みたいだ。

 本来なら外で常に監視されている分、自宅だけは人目を気にせず寛げるはずなのだが、機動城においては一秒たりとも監視の目を盗むことはできないだろう。


「ここの管理者が、生前のヒギンズに委託された誰かなのか、彼女自作のAIなのかは、国の方でも結論は出てないけどね」

「なんなら、この十五年間の俺らの日常生活から、詳細にチェックされてたはずだぜ。じゃなきゃ、ジェイソンの死後生まれのギーとルネにまで招待状が来るはずねえだろ」


 アルフォンス君が補足を入れ、クロードも更に遠慮なしの解説を付け加えた。


「じゃあ、このロボット達、みんな僕達を見張ってるの?」

「可愛いと思ってたのに、ちょっと怖い……」


 ギーとルネが怯えるように身を寄せ合った。


「そんなことはありませんよ。彼らは道具に過ぎません。人間の方がよほど危険というものです。屋敷と警察の監視カメラに撮られていると承知の上でも、後先考えない行動をするヴィクトールさんのようなおバカさんもいますからね」


 可愛いクマ君が怯えられるのは本意ではないので、警戒の矛先を本物の危険人物へと向けさせるために訂正を入れる。


「え、あいつ、何かやらかしたの?」


 子供達より先にクロードが、興味本位で反応した。それはともかくなぜ半笑いなのか。


「僕が一人になった途端、空き部屋に引き摺りこまれたので、防犯グッズの電撃で返り討ちにしてやりましたよ」

「うわ、マジかあ……それであいつ、さっき廊下で会った時あんな不機嫌だったのか」


 どうやらあの後、無事自力移動ができるまでに回復したらしい。


「ちょっと待って! ほ、本当に!? それであなた大丈夫だったの!?」


 孫の暴挙に、一瞬で青褪めたベレニスが腰を浮かせて叫んだ。


「ええ、実害を受ける前に問題なく対処しましたので。彼は若い女性がご所望だったそうで、聞くに堪えない発言はいろいろと聞かされましたけどね」

「――ああ、なんてこと……ごめんなさい、コーキさん。本当に、あの子はっ……」


 何とかそれだけ呟いて、ベレニスはどさりと脱力した。


 一方で、隣のアルフォンス君が無表情で青筋を立てている。おっと、余計なことまで言ってしまったようだ。別にこれ以上の制裁をヴィクトールに望んではいないのだが。

 それよりも、子供達への注意喚起の方が重要だ。


「というわけで、ルネさん、ギー君。監視カメラがあっても、気にせずそういう暴走をする人もいるので、絶対に単独行動を取ってはいけませんよ」

「は、はいっ」


 二人がそっくりの動作で、声を揃えて頷いた。

 まだ何の現実味もないこの屋敷の危険性を説くより、実際に身近にいる変質者の方が遥かに脅威だ。好奇心旺盛な子供達に、自然にこの警告を出せただけでも、ヴィクトールは役に立ったと言える。


 クロードが、珍しく嘆息した。


「それにしても、なんでああなっちまったんだろうなあ、あいつ。ガキの頃はいい奴だったのに、あんなに別人みたいに変わるか?」

「親の育て方だろ?」


 レオン親子に度々イラつかされていたアルフォンス君が、腹立ちまぎれに吐き捨てる。僕への暴行未遂で憤っているのか、珍しく短気だ。気持ちはありがたいが、それはよくないぞ。


「ああ、言い訳のしようがないわね」


 案の定、ベレニスが項垂れる。アルフォンス君ははっとして「すいません」と、伯母である彼女から気まずく視線を逸らした。血縁者しかいないのも逆に面倒だ。


 それに、ヴィクトールが別人のようになってしまったという理由……。確かに親のせいと言えばそうなのかもしれないが、不可避に捻じ曲げられてしまった可能性に思い当たってもいるので、そこの結論が出るまでは全面的に本人の責任にすべきとも思っていない。彼に限らず、ここには()()をされた疑いのある人間が複数いる。(マリオン)を含めて。


「ねえ、もし、この屋敷内での行動の全てが、監視されているのだとしたら……」


 今まで不機嫌そうに黙っていたアデライドが、誰にともなく声を上げた。


「十五年前の事件の真相も、この屋敷のどこかに記録が残されてるってことかしら?」


 その一言に、数名が息を呑んだ。アルフォンス君は表情を変えなかったから、存在も定かでないそれの捜索もきっと任務の内だったのだろう。


 思わず内心で笑う。

 誰も気が付かなかったら僕が言い出そうと思っていたことを、被害者遺族の一人であるアデライドが指摘してくれた。その結論が出るよう話題を誘導した甲斐があったというものだ。


「そうですね。その可能性は、高いと思いますよ」


 僕は、さも客観的な第三者の立場を装って同意するだけ。混乱させるのが目的なので、事実がどうかなど知ったことではない。


「この屋敷の文化的背景を知る僕なら、あなた達が見落としていたものを見付けられるかもしれません。僕が前にいた世界にも、ここのものとはまったく違った記録装置がありましたからね」


 『電話』が何の道具かすら分からなかった彼らには、これはなかなか説得力のある宣言のはずだ。

 まあ正直なところ、ビデオデッキならともかく、オープンリールデッキとかが出てきたらさすがに僕にも扱える自信がないが、口先だけならどうとでも言える。


「それを見付ければ、きっと事件の真相がはっきりするでしょうね。この屋敷の備品は、破壊不可能なことですし、警察官としてのアルフォンス君含め複数の人間で記録内容を確認すれば、証拠能力も持つんじゃないでしょうか」


 アルフォンス君の心配そうな視線を受けながらも、無視して追い打ちをかけるように煽ってみる。僕はすでに自衛グッズ以上の強力な自衛手段を持っているので、犯人に目を付けられても一向に困らないのだ。


 さて、今、犯人は焦っているだろうか?


 実はレオン、ヴィクトール親子が、少し前から扉の外でこちらの会話を盗み聞きしていたのには気が付いていた。ちょうど彼らへの批判真っ盛りのところだったので、様子をうかがっていたようだ。

 こういうのは全員揃ったところで言わないと締まらないから、実にいいタイミングだった。


 ――唐突に音楽が鳴り出したのは、この直後だった。


 場違いに空気を切り裂く歌声が、威圧するように僕達の耳に突き刺さる。


「え、何っ!?」


 僕以外の全員が、驚いて周囲の状況を探る。


 激しくドラマチックでありながら、どこか不安を駆り立てる旋律と超高音のソプラノ。


 僕もよく知る、モーツアルトの『魔笛』から、夜の女王のアリア。それも『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』の方だ。


 復讐を歌う声が高らかに響き渡る。


 ――死のゲームは、実に分かりやすいBGMの予告とともに始まった。

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