剥製
「それは『ハンティング・トロフィー』というやつですね。こちら風に翻訳すると、“狩猟戦利品”といったところですかね。猟で仕留めた獲物を加工して、飾るんですよ」
「ええっ!!?」
僕の説明に、質問主のクロードとは違う方から、主に悲鳴に近い数名の女性の声が上がる。
「あれ、本物の動物の首なの!?」
リアルな模型くらいに思っていたのだろうか、ルネが驚きに顔を青くして聞き返した。十三歳の少女には、結構ショッキングな情報だったようだ。隣の十三歳の少年も、あんぐりとしている。
「ここにある物が、本物か複製品かは知りませんが、伝統的なものなら動物の骨や毛皮などをそのまま使いますね」
「動物の死体を部屋に飾っておくなんて、頭おかしいんじゃない!?」
イネスが唖然としながら、皆さんを代表して、実に率直な感想を口にする。その点については、正直僕もそう思うので素直に頷いた。
「同感です。僕もジェイソン氏とは住んでいた文化圏が違うもので、これに関しては、同じ異世界の出身と言われても、さすがにちょっと理解できないところです」
近年では反対運動などもあったようだが、今なお根強く残る風習だ。
外国文化を貪欲に取り入れてしまう日本だが、これを一般的に広げないでくれて本当に良かったと思う。
そもそも文化的な背景が違うのだから、狩猟民族の発想に基づくものを日本に取り入れるのが無理があるというものだ。
本場では由来もある大真面目なものでも、よそ者にとっては冗談みたいに理解し難い慣習というのは、往々にして聞く話だ。
理解できない慣習といえば、僕にとっては恵方巻などがそうだった。実は初めて聞かされた時、どう考えてもからかわれているとすっかり思い込んでしまったことを思い出す。
今でこそ全国的な知名度を得るまでになった恵方巻だが、そんな風習は元々関東にはなかった。大阪出身の同僚の町田君に聞かされたのが最初で、僕は関西人鉄板のギャグか何かだと信じて疑わなかった。次に、あまりにも当然のように言っているので、それはおそらく君のご両親にかつがれただけだろう、そんな子供だましをいい大人になっても真に受けたままでどうすると、真面目にツッコんでしまった。性急に大金を引き出そうとしているお年寄りにお声がけする銀行員レベルの使命感と親切心で、一度落ち着いて、きちんと事実関係を確かめなさいと。
「まさか本気なのか」という僕と、「冗談だと思ったのか」という町田君で、お互いに驚き合ったものだ。人里離れた山奥や離島ならまだそういう奇習も残っているかと思わないでもないが、そこそこメジャーな広範囲に渡る地域で、家族全員が、毎年決まった同じ方角を揃って向いて、なおかつ一言も口を利かないまま丸々一本の太巻きを黙々と手掴みで食べきる伝統などと説明されて、そんな子供の悪ふざけのようなシュールな行事が一般的に行われているだなどと本気で思うわけがないではないか。行儀の悪いミーアキャットか。
仮に、最初に始めた人間が「実はウケ狙いでやったのが、だんだん引っ込みつかなくなってしまって……」と告白してきても、「でしょうね」としか答えられない。ましてやそれを関西中のご家庭がやっているなどとは。まったく、ご当地の習慣というものには、よそ者には想像もつかないものが時折実在する。ましてや数十年後、関東育ちの僕にまで無理矢理お勧めされる時代が来ようとは。毎年のように太巻きの廃棄問題が話題に上がるようになったが、これは別地域に浸透させるのに成功しきれなかった例と言えるだろう。
バレンタインやハローウィンもそうだが、いい加減、もともと古来から存在しない、そもそも根付く下地すら皆無だった地域に、ありもしない伝統を無理やり移植するような販売戦略は、そろそろ打ち止めにしてほしいものだ。酒が飲めるぞの歌ではないが、そのうちひと月に一回は何かしら世界各国の縁もゆかりもない行事をしなければいけない世の中になりそうだ。いや、すでになっていただろうか。そのうち、これはどこどこの小さな島国の部族の大漁を祈る伝統的儀式で――なんてものまでラインナップに加わりそうで恐ろしい。
まあ、僕にはもう関係のない話なのだが。
うっかり思考の沼にはまってしまった僕の隣で、突然クロードが噴き出した。
「マジかよっ! おい、アル、覚えてるか? マリオンのあれ!」
問われたアルフォンス君も、同じことを考えていたのか、対照的に額に手を置いて渋い表情で呻いていた。
クロードが笑いながら続ける。
「前回マリオンが「変なマスク見付けた~」って、どこからか持ってきたやつ、頭から被ろうとしてたんだよな。穴がないって、くるくる回して探してて。危うく角に引っかかれるとこだったっての。どう考えたって被れる造形と重さじゃないだろ。なんでこれを被ろうと思えたんだって、俺普通にツッコんだぜ」
「いや、なんか、角がかっこよかったらしい……」
当時十歳かそこらだった従弟二人の十五年後の暴露話に、一同がぽかんとする。
マリオンって、そういう人だったの? なんかイメージ違う。――子供達がヒソヒソとしている声が聞こえた。
そして視線が、何故か自然と僕に集まる。
「僕はマリオンさんではありませんよ」
このセリフをこんなに切実に口にしたのは初めてだ。本当に勘弁してほしいものだ。そもそも故人の尊厳を損ねるような思い出話を、そう軽々しく吹聴するものではない。
大体十代の好奇心溢れる女の子のちょっとした可愛らしい勘違いじゃないか。なのにこれでは、マリオンは動物の死骸の頭を被ろうとする変質者として、特に子供達に定着してしまうではないか。そしてその眼が僕に向いてしまう。とんだ風評被害だ。
当時のマリオンと今の僕はすでに別人になっているのだと、強く主張したい。
「コーキさん、一つ訊きたいのだが……」
ここまで考え込むように、一人で黙り込んでいたベルトランが、難しい表情で恐る恐る切り出してきた。
「その、『はんてぃんぐとろふぃい』、というのは、人間でもするものなのだろうか?」
思ってもいなかった発言に、さすがに僕を含む全員が息を呑む。
当然それは、行方不明の家族の遺体(仮)について言及したものだ。
「い、いえ……さすがにその発想は、僕もありませんでしたが……」
どちらかというと僕が剥製から連想したのは、剥製やロボット、肖像画などの目が監視カメラになっていて――のような、無意味ながら物語的ロマン溢れる空想の方だった。真夜中に人知れず、ぎろりと目が不気味に動くやつだ。場合によっては光ったりもする。子供だましだが大変心が躍る。
それだけに、まったく別の方向性に行ったベルトランの思いつきには虚を突かれた。
それにしても、人体標本や保存処理された遺体などなら珍しいとも思わないが、人間の剥製というのは、実質大差ない気もするのに何とも忌避感が大きい。確か南米に「干し首」という風習もあったくらいだし、やろうと思えばやれないこともないのだろうか。
いや、しかしいくら何でも、それは、さすがに……。
思わず言うべき言葉を失う。
「ない」と、願いたいところだが、そこまでは僕も予想がつかない。復讐という明確な目的のある軍曹なら、やらせていたとしても特段の驚きはないだけに。
「そうよ、こんな野蛮なことをするんだもの! 人間でやってないなんて、言いきれないわ!」
おぞましげにイネスが叫ぶ。
彼女は危機感の煽り役として、僕よりよほど優秀なんじゃないだろうか。他の面々も顔色を失っていた。
僕も負けてはいられないと、あえて抑えた声を絞り出す。わざとらしくならないように要注意だ。
「……そうですね。本来剥製とは、生前の外見に近付ける技術ですから、こちらの科学技術があったら、わざわざそういった処理を行う必然性はない、はずなのですが……やはり、ジェイソン・ヒギンズ氏の一連の悪趣味さを考えると、何とも……」
周りを安心させてやる必要はないので、「ありえるかも」――と匂わせつつ、そこは濁しておく。
後でアルフォンス君だけにはフォローしておこう。
軍曹の育った文化圏にも、人間の剥製はないと。