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食堂

「次は食堂ですか」


 家族の捜索に関しては、特に目新しい発見がないまま、機動城に入ってもう五時間近くになる。


「夕食時間も近いですし、休憩にしましょう」

「そうですね」


 アルフォンス君の提案に頷く。

 彼一人ならそれこそ徹夜でも動き続けそうだから、僕が付き添っているのはその意味でも重要だ。彼としてはできるだけ省きたい休憩を、僕のために適度に挟まなければいけなくなる。


「おや、にぎやかですね」


 足を踏み入れた食堂には、数名の先客がいた。


 にぎやかさの発信源の大半はイネスだ。もちろんその家族も一緒にいる。

 イネス一家の他には、少し前に解散して別れたベルトラン一家、それにベレニスが一堂に会していた。

 見たところ、レオン親子とクロード以外は揃っているようだ。ベレニスだけ、息子と孫があんな感じのため、おばあちゃん一人の状態で少々気の毒だ。


 細長いテーブルには、招待客と同じ丁度十三脚の椅子が左右に並んでいる。いかにも大豪邸のダイニングルームといった趣だ。


 しかしまだ食事の提供時間外のため、彼らはダイニングテーブルの奥に設えてあるバー付きの談話スペースの方にいた。


 ちなみにこの屋敷での飲酒は、こういった飲酒用のコーナーのみで可能で、持ち出そうとするとお約束の消失トリック発動となる仕組みだ。

 前にクロードが我が家に訪ねてきた時、“どこまで遠くに持ち出せるかゲーム”をして遊んだエピソードを披露してくれた。既定の場所以外に持っていこうとすると、突然手の中のボトルが転移で消えて元の棚に戻ってしまうそうだ。僕も後でやってみよう。


「あっ、コーキさん、こっち!」


 僕達に気付いたルネが、笑顔で僕を手招きしてくれた。中身は()()だが、一応若い女性は僕だけなので、気安いのかもしれない。僕は見かけだけなら、五歳ほど年上のお姉さんなのだ。


 アルフォンス君は微妙にスルーされている気配がする。

 親戚とはいってもほぼ初対面に近い。今回初がらみでありながら、いきなり警察官としての強硬な姿勢を見せられたせいで、出だしから少し怖いイメージを持たれてしまったらしい。アルフォンス君も苦笑いだ。

 内心同情しながらも、その件には全員触れないのが、せめてもの親切だろうか。いや、双子の兄のギーだけ、肘で妹をつついているが。


 招かれるまま、皆さんの輪の中に、僕達もご一緒させてもらうことにした。空いている二人掛けのソファに、アルフォンス君と並んで座る。


「皆さんお揃いで、どうされたんですか?」


 僕の問いに、イネスが気さくに答える。


「孫達が飽きちゃってね。みんなでその辺ブラっと回って、夕食までの間、お茶で時間を潰してるとこよ。飲み物だけは出してもらえるから」


 孫のギーとルネは僕に好意的な感じだが、その母親のイネスは、あまり僕とは関わり合いになりたくないようで、視線を逸らしていた。


「私は娘と孫を迎えに行って、そのまま合流したんだ」


 そう答えたのは、図書室でいったん別れたベルトランだ。アデライドは相変わらずつんけんしていて、対照的に孫のジュリアンは母のフォローとばかりに、困りながらも愛想よく会釈してきた。


「そうですか。僕達も屋敷を見て回っていたところです。ちょうど食堂を見付けたので休憩がてら寄ってみました」


 適当に合わせて会話に加わる僕達に、イネスは待ってましたとばかりに口火を切った。


「それより、ベルトランから聞いたわよ! 現場に誰もいなかったんですって?  その上、何の痕跡もなかったって、意味が分からないわ! 私、確かにサロンで三人がマリオンに殺されたところを見たのよ! 一体どういうことなの?」


 捜査の責任者――と言っても捜査員が一人しかいないが、アルフォンス君に納得いかない顔で訴える。


「――理由は分かりませんが今、全ての部屋を確認しているところです」


 アルフォンス君は、ほぼ無表情でそれだけを事務的に答える。


 イネスは、よく言えば大らかだが、これはいくらなんでも無神経が過ぎるとヒヤヒヤする。

 姉の冤罪を信じている弟に、真正面からそれを言うとは。


 彼女の態度は良くも悪くも実に自然体で、悪意も悪気もまったく読み取れない。しかし、アルフォンス君からすれば「なぜそんな嘘を?」という強烈な疑念が拭えないわけで、けれど嘘発見器では彼女の全ての証言が事実と認定されているだけに、表立った反論もできず――といった、要するに非常に不愉快な相手なのだ。


 イネスの厚顔とアルフォンス君の忍耐で辛うじて相席は成立しているものの、はっきり言ってこの二人は『混ぜるな危険』だと思う。周りの人間で、あまり絡まないようにしてやった方が、誰の精神衛生上もいいはずだ。多分イネス以外の。


 やはり他の身内も、さすがにそれぞれに表情を引きつらせている。特に娘のキトリーなど真っ青だ。年は離れているが、アルフォンス君とは従姉弟の関係となる。

 そしてその隣で祖母の発言にあわあわしている孫達の方が、よっぽど気が使えている。オバチャンという生物に家族が手を焼くのは、どこの世界も一緒のようだ。


 この空気をどうにかしようと口を開きかけたところで、入口の方から陽気な声が聞こえた。 


「おお、みんな早いな! やっぱり考えることは一緒か」


 振り返った先にいたのは、クロードだ。


「しばらくその辺見てたんだけどさ。飯って、十七時半からだったよな。遅れたら食いっぱぐれちまうから、早めにこっち来とこうと思って」


 ぴりつきかけた雰囲気を振り払うように、自然に僕達の輪に入ってきた。まさに絶妙のタイミングだ。


 わざわざ一人掛けのソファーを引っ張ってきて移動させ、当然のように僕の隣に座る。


「そのままそこに座ればいいだろ」

「おっさんの隣より、こっちの方がいいに決まってんだろ」


 冷ややかな視線で牽制するアルフォンス君に、いつも通りしれっと答えるクロード。すでに張り詰めた気配は消えていた。


 本当に彼は、お調子者のようでありながら人の機微を読むのがうまいと感心する。

 ぬけぬけと僕の肩に手を伸ばしかけて、反対隣のアルフォンス君に叩き落とされるところまで完璧だ。


「そうそう、コーキに訊きたいことがあったんだよ」


 気にもせず、そのまま軽い調子で一瞬で場に溶け込み、空気も話題もあっさりと変えてしまった。ありがたく僕もそれに乗る。


「なんでしょうか?」

「え~となあ……ほら、あれあれ!」

 

 室内をきょろきょろとしたクロードは、目的の物を見付けて指を差した。


「屋敷のあちこちにあーゆうのが飾ってあるんだけど、どういう意味か分かるか? 珍しいもんはたくさんあるけど、特に目立つから気になってさ。昔来た時も思ったけど、なんかインテリアとして変じゃねえ?」


 僕だけでなく全員の目が、指の先を追って、壁の上の方へ向く。

 そこにかかっていたのは、立派な角を持った鹿の首から上の剥製だ。建築家だからなのか、インテリアにも目が行くらしい。


 言われてみれば、動物の種類こそ様々だが、同様の剥製はよく見かけたかもしれない。

 僕としては、いかにもレトロな洋館らしいなとあまり違和感は覚えなかったが、生活空間のあちこちにリアルな動物が置いてあるのは、シンプルで機能性を重視するこちらの感覚では意味不明なのかもしれない。

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