捜索
アルフォンス君の部屋が一階なので、そのまま一階から捜索を始めることにした。
十五年前の事件の手掛かりについてもそうだが、彼の目下の目標は、行方の知れない家族を見つけ出すことだ。
マリオンの父のセヴラン、双子の弟のルシアン――そして可能なら他の二人も。僕は宣言通りそれに付き添っている。
事件の真相は、ゲームを通じていずれ目の前に転がり出てくる。それを予想している僕としては、すでに自分から事件の調査をする意欲は減少してしまった部分が大きいが、家族探しに関しては真面目に取り組みたい。
事態をややこしくしているのは、複数ある事象の主体となっている者が、おそらくそれぞれに違っているということだ。
ただでさえ十五年前の殺人事件の犯人は、リストにもある通り複数で間違いない。誰が何をやったのかは、別個で考えていかなければならない。
しかしその被害者全てが忽然と消えてしまっている点に関しては、軍曹側の事情のはずだ。
三時間足らずで犯行を行い、四体もの遺体をどこかに隠して、殺人の痕跡を完璧に消して――なんて、無計画な一般人にはどう考えても不可能。
したがって遺体消失は、まず機動城側での対処の結果と断定していいだろう。まあ、本当に遺体であった場合、ということだが。
ではどういう意図でもって行われたのかだが――いわゆる特殊清掃として処理された可能性は、普通だったらかなり高い。
ここの優秀なロボット達が、屋敷を常時完全な状態に保っていることは、見ていればすぐに分かる。
だとすればとっくに何らかの処分はされているわけだが、ちょっとそれは、一縷の望みを持って尽力しているアルフォンス君にはさすがに言いにくい。
どの道その場合は、捜索が空振りに終わるだけだ。考える必要もない。
なのでとりあえず、この屋敷にある――もしくはいる前提のパターンで思考を進めていきたい。
真っ先に思い浮かぶのが、こういう謎の屋敷にありがちな隠し部屋系の仕掛けだが、正直こんな広大な場所でやられたら完全にお手上げだ。全ての部屋を確認しに回るだけでも相当な手間なのに、いちいち家具やカーペットをひっくり返してなどいられない。
それこそ物語のような卓越した推理力を持った名探偵でもなければ、到底見つけられるものではないだろう。
なのでそういう類のものに関しては、発見は最初から諦めている。
というより、軍曹はそれをやらないのではないかと、なんとなくだが思ってもいる。
なにしろ入口にいきなり英文で詳細な説明を堂々と掲げておいてくれるような人物なのだ。彼の母国語を理解してさえいれば、知力に関係なく手に入れるチャンスのあるヒントを。
運や偶然、常人離れした能力よりも、普通の人間の地道さ、勤勉さ、堅実さといったものからたどり着ける道を用意しているのではないだろうか。
現に彼の故郷の知識を持つ僕には、簡単に発見できたのだから。
結局、何らかの手掛かりを掴む一番の近道はやはり、軍曹の遺してくれたそのヒントだろう。
そのこともあって、遮蔽100パーの光学モニターは、玄関ホールを出た直後からほぼずっと出しっぱなしのままの状態だ。
行動中は、僕から見て左側に固定しているので、左三分の一くらいの視界が少々うるさい。慣れるまでもう少し時間がかかりそうだ。
アルフォンス君と一緒にその辺を観察する体を装いながら、僕の現時点でのメイン作業は、密かに軍曹の肖像の残りの部分の読破になっていた。
実は部屋を出る前、読みにくい文字のフォントを、既存の書体に変更する作業を、トイレでこっそりと進めておいた。英字新聞にも使われているオーソドックスな書体がラインナップにあって助かった。
軍曹特製変形アルファベットのデータなどは当然存在しないので、僕がその場で対応表を作成・登録したのだ。
アルファベットが大文字小文字で26×2、それに数字が0から9で、合計六十二文字。最低限それだけ整えれば文書の大半が補える。手作業と音声入力の人力でも、ほんの数分で容易く完了した。
あとは登録した書体へと一括変換して、全文を普通に読める文書に直すだけ。
おかげで目を通す速度が跳ね上がった。サクサク読めて快適だ。
今後、客室にあった“ゲーム参加者リスト”のように、後から変形アルファベットの新情報が出てきても、モニターを通せば即座に変換可能となった。
そういうわけで文書の方に集中してしまっているため、相棒としてあまり役に立っていないのは申し訳ないところだ。といってもどうせ捜索に関しては、ただのミステリ好きの素人の僕よりは、捜査のプロに任せておいた方がいいだろう。
だが残念ながら、収穫は今のところ一切ない。
個人に割り当てられた客室を除く各部屋を、片っ端から丹念に捜索して回って二時間ほどになるが、まだ一階の半分も終わっていないのだから、本当に根気のいる作業だ。
淡々と調査を進めていくアルフォンス君の力に、少しでもなりたいものだ。
その思いで、軍曹の肖像の全てを、ようやく最後まで読み終えた。
――なんというか――。
何とも言えない感情に支配されて、どうにも感情の行き場がない――正直、それが僕の率直な感想だ。
彼の数奇な人生、考え方、何が起こり、何をやって、結果としてどうしてこんなバカげて壮大な悪ふざけとしか思えない奇行を成すに至ったのか――その全てを知った今、とにかく感情の収まりがつかないとしか言いようがない。
懺悔とも違う、淡々と記されたジェイソン・ヒギンズという人間の告白。
それを読めば、この遺産相続や屋敷の中が、悪意で溢れているのももっともだと頷けた。
一連の出来事の全ては、彼の復讐だ。そもそもの話、苦しめるためだけに周到に準備されてきた悪意の集大成とも言えるものなのだ。
軍曹の文章では一言も語られてはいない。
しかし読み終えた今、あるメッセージが、胸に直接突き刺さってくる。
生きている人間が一番怖いとは、よく言ったものだと。
本当に恐ろしいのは、彼の罠でも仕掛でもない。
軍曹に、思うところがないわけではない。彼がこの舞台を用意しなければ、起こり得なかったいくつもの悲劇を振り返れば。
しかし、同時にこうも思う。
人を殺す決断をするのはいつだって、今生きている人間なのだと。犯罪を行った理由を、自身以外の誰かに転嫁するものではないとも。
責任の全ては、それを行った当人のものなのだ。
軍曹の復讐の動機に触れた箇所を読み返し、苦々しい気分が込み上がる。
――本当に、なんてことだ。
まったく、なんてことをしてくれた、ジェラール・ヴェルヌ。
すべての始まりは、ここからか……。
軍曹以上に、彼への憤りが心を占める。
すべての始まりは、ジェラール・ヴェルヌ。行方不明とされているマリオンの祖父。
だろうな、としか思わない。だからこそ、ここに彼の血縁者の全てが集められているのだ。
そして彼の行いのツケを、我々は命懸けで払わされている。
この男一人のせいで、幼かったアルフォンス君がどれだけ苦しめられてきたのか。
いや、その苦悩は、今なお続いている。
僕がこの世界に現れなかったら、今の彼がどうなっていたのか、想像しただけで苦しくなりそうだ。