秘密
ひとまず部屋と荷物の整理を終えて、ソファーで向かい合ってティータイムにした。食料はないが、水とお茶だけは部屋でも飲めるのだ。ちなみに僕の分のソファーも、クマ君にアポートしてもらった。
「ところで僕は特に気にしてませんが、君の方はいろいろと大変なんでしょうか。好きな女性と同室の意識なんでしょう?」
「――ちょっと、本人の口からはあまりそこには触れないでほしいんですが」
アルフォンス君が何とも言えない微妙な表情で返答を濁すが、一応のルール確認は必要だろう。そこを曖昧にしておいて、後になってから「そんなつもりじゃなかった」とかいう女は僕も嫌いなのだ。
「念のため釘を刺しておきますが、あくまでも危険を最小限にするための同室なので、邪な考えは起こさないよう気を付けてくださいね」
こういうのは初めが肝心なのだ。最初から刺しまくってきてこれなのだから、効果の程は如何とも言い難いが、だからこそ余計な期待は極力持たせない言動を徹底しておかなければ。
アルフォンス君はわずかに不貞腐れた顔を見せる。
「分かってますよ。今は、この五日間を無事に乗り切ることが先決ですからね。雑念は後回しにします。いや、まあ、考えない保証はできませんが、行動に移さないことは約束します――多分。少なくとも、あなたの同意なしには」
「なんだかいろいろとふわふわした返事ですねえ」
「元男だったらその辺のニュアンスは理解してほしいです」
「今は女性なので」
「――こういう時だけその逃げはズルイです」
恨めしげな愚痴に、僕も飄々と返す。
「そうですよ。僕はズルイ大人なんです。その上嘘つきなので、無邪気に信じすぎない方がいいですよ」
冗談めかした言葉にたまに本音が混ざるのは、僕の良心のせいだろうか。
嘘の中に事実を混ぜると信憑性が増すらしいが、別に僕の場合はテクニックでやっているわけではなくて、嘘ばかりだと疲れるから、たまには本心もこぼしたくなってしまうのだ。
「本物の嘘つきは自分から申告しないものです。厚顔無恥に「信じて」とは言いますけどね。むしろ俺から見たら、あなたはかなりの正直者に見えるんですが」
さすが職業柄というべきか、本当によく見ている。僕の本質は確かにそちら側だ。むしろ、もともとは言わなくていい余計なことまで言ってしまう方だった。
置かれた環境から、後天的に嘘つきにならざるを得なかっただけだ。
「そこは、マリオンさんと混同してるんだと思いますよ」
適当にはぐらかした僕の言葉には同意を示さずスルーして、アルフォンス君は話を元に戻す。
「で、嘘というと例えばどんな?」
「おや、刑事の尋問ですか? それはもう、小さいのから大きいのまでいろいろとありますよ。でも、君を実の弟のように大切に思っている気持ちは、本当です」
やはり偽りない言葉を口にできるというのは、ほっとする。
しかしせっかく僕が珍しく本心を率直に告げているのに、アルフォンス君が渋い顔なのが、理解はできるが納得できない。
「あまりありがたくないし、嬉しくもないです。まあ、そこは俺の頑張り次第ってことですかね」
「おや、行動には移さないと聞いたばかりですが?」
「この五日間は、とも言ってますよ。それに先のことなんて、誰にも分かりませんから」
「なんだか開き直りがひどくなってきてますね。君にもらった自衛グッズを君に使う時は、攻撃の強度をレベル1に留めてあげましょう」
「――シャレになってないんですけど」
他愛ない攻防を楽しみながら、ちょっと気になっていたことを念のため確認してみる。
「ところでアレ、結構な威力でしたけど、ちゃんとした手順で入手したものなんでしょうね?」
実際に使ってみて、予想外の威力に実は少々ビビっていたのだ。ヴィクトールは自業自得なので同情はしないが。
「一応合法です」
「……」
――一応……いや、これ以上の追及はやめておこう。非常にスレスレの気配がする。彼は真面目ではあるが、意外と冷静なまま突っ走るところのある男だ。お互い秘密に踏み込みすぎるのはよくないしな。
一息吐きながらも、この部屋の絵を何気なく確認してみた。
やはりここにもまったく同じ絵が一枚だけかかっていた。例の参加者リストだ。
つまり情報は、候補者全員に平等に公示されるわけだ。
そして読めなかったとしても、それは本人の責任に過ぎないと。
相当意地悪ではあるが、突然だった初回ならともかく、それ以降はいくらでも「傾向と対策」のやりようはあったのだから。逆に十五年の猶予期間があっても英語対策をしていない方が、無策に過ぎるというものだ。
もし複数の部屋を渡り歩いてしっかり観察出来たら、一つだけ全室共通の絵がかかっていることに気が付く人間は出てくるのだろうな。もちろん部屋に他人を入れたりなど絶対にするつもりはなないが。
絵はちらりと確認しただけだったが、そのあと少し考えこんでしまったせいだろうか。
アルフォンス君が探るような目で僕を見た。
「コーキさん、何か隠してますよね? 自衛とか、俺を手伝うってことの他に、何かありますよね? あなた自身の目的が。それが、あなたの言う『嘘』ですか?」
「――なぜ、そう思うんです?」
「人を見るのも仕事なので。あなたのことは、プライベートで半年間見続けてます」
本当に、油断ができない。
尋問なのか口説いているのか少々微妙な表現だが、彼はいつでも本気で僕を案じているのは理解しているので、ありがたいと言うべきなのだろう。
まあ、隠し事は山ほどある。ここに来る前も、来てからも。
直近で言えば、僕が危険なゲームの参加者リストに名前を連ねていることだろうか。
彼は意外と目ざといし、隠し事があることは見抜かれても構わない。要は、その内容がバレなければいいだけだ。
「秘密ですよ」
僕がはっきりと拒絶すれば、アルフォンス君はそれ以上踏み込んでこないと知っていてのズルイ答えに、けれど真っ直ぐな視線が向けられる。
「そればかりですね」
「僕のごくごくプライベートな問題なので。少なくとも、君の目的の邪魔になるものではありませんから、ご心配なく」
「仮にそうだったとしてもかまいません。あなたが本当に望んでいることなら。それよりも、俺はあなたの力になりたいと、前にも言いましたよね」
「その気持ちだけで十分だと、答えましたよ。君が傍にいるだけで、僕は助けられているんですから」
嘘ばかりの僕だが、これも本心からの言葉だ。いくら君が、そんな不服そうな顔をしてもね。
何十年経っても囚われ続けて消し去れない僕の妄執。
こんなくだらないことに、まっとうに生きている君を巻き込むつもりはない。
「さて、そろそろ捜索に取り掛かりましょうか」
強引に話題を切り上げた。
視界の端に、不承不承な弟を捉えながら。