表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/189

食事ルール

「ところで、とりあえず現場検証が終わったわけですが、他の皆さんに報告はしないんですか? 多分皆さん部屋に閉じこもって連絡を待っているんじゃないですか?」


 僕の提案に、アルフォンス君が億劫そうに溜め息を吐く。


「ああ、それがありました。メールができないから、各部屋を訪ねないといけないんですよね。一階から三階まで散らばってる部屋を」

「ああ、十五年前もめんどくさかったなあ。まあ、最低限食事の時間だけは全員顔を合わせたけど、急ぎの話なんかはいちいち相手の部屋まで行ったもんな」


 クロードはは頷き、当時を回想しながら話し出す。


「前回は違うタイプのロボットが世話役でさ。慣れるまでは、自分の部屋に戻るのにもいちいち案内してもらってたんだ」


 そんな思い出話で、アルフォンス君が軽く笑った。


「今回の世話役ロボットは我が家にあるのと同じテディベアタイプでよかったですね。コーキさん、随分気に入っていますもんね」

「なんだよ、クマのぬいぐるみ好きって、そんなとこまでマリオンと同じかよ」

「そうですねえ」


 どうもからかわれているようだが、そんなことで恥ずかしがる年でも性格でもないので、素直に認める。


「まあ、クマ君は確かにお気に入りですが、わざわざ一部屋ごとに回る必要もないと思いますよ。そこに『デンワ』があるじゃないですか。あっちに『スピーカー』も設置されているので、構内放送(ページング)機能もあるんじゃないですかね」


 僕は至極当然の提案をしながら、部屋の隅の台に乗っている電話機を指差した。


 サロンは広すぎて、あったとしても気が付かなかったが、図書室はそこそこのサイズなので、軽く見回した時に発見したのだ。

 僕から見ればかなり昔懐かしいタイプのプッシュホンだが、軍曹の時代ならまだダイヤル式の黒電話が主流のはずだから、これでも当時の最新式と思われる。

 もちろんこの国にこんな原始的な電話のインフラなどないから、あくまでもここだけの内線オンリーだろう。


 僕の提案に、二人は意味が分からずにキョトンとする。


 ホテルの客室の電話なら、内線の番号案内が本体の傍に明記されてあるものだが、ここはどうだろうかと、あまり期待せずに歩み寄ると、なんと実に親切なことに、各部屋への番号がメニュー表のように壁に張り出されていた。

 アルファベットで記された一人一人の名前の横に、部屋番号と、電話の内線番号が併記されている。考えてみたら誰にも読めない英数字なのだから、やっぱり不親切だ。


「それ、十五年前からずっと謎だった道具なんですけど……」


 アルフォンス君の言葉に、思わず苦笑する。

 確かに光学モニターや万能ブレスレットで連絡のやり取りをするアルグランジュ人からしたら、たかが連絡にこんなごつい装置が必要だとは思わないかもしれない。


「あれ、これ……もしかして、全員の名前と数字ですか?」


 今回は英語を学習してきたアルフォンス君が、ようやく気が付いた。翻訳の準備をしてきた者なら、同様に見付けられるかもしれないなと思いながら、読んでみる。

 ちなみにこちらの文字は、ごく普通のゴシック体だ。


「そうですよ。ああ、やっぱり館内へのアナウンスモードもありますね。ほら、このジュワキというものを耳と口元に持ってきて、必要な番号を押すんです。この場合だと、00を押してからしゃべれば、館内中にあるスピーカーを通して通達できるようですね。放送の場合は一方通行でしょうが、各客室の番号を選べば相手との会話もできるはずですよ」

 

 僕の説明に、二人はぽかんとした。


「うわ~、マジか。十五年前の手間は何だったんだ」

「……やっぱり知らないってことは、恐ろしいですね……」


 クロードが半笑いでぼやき、アルフォンス君も苦笑いした。


 僕の説明に従って、アルフォンス君が早速、人生初の館内アナウンスを試してみる。

 僕の耳にも、隣でしゃべっている声と、部屋の上部に設置されたスピーカーからの声が二重に聞こえた。

 任務完了につき行動制限の協力要請解除の旨は、無事屋敷中に案内されたはずだ。

 これで、館内にいる者達は、自由に歩き回れるようになった。


「本当は、五日間無駄に出歩かないで、できるだけ自分か家族の部屋にこもっているのが、一番安全なんですよね。まあ、さすがにそこまでさせる権限は俺も持たされてないし、そうでなくても食事の件があるから無理なんですけど」


 用事が済み、図書館を後にしながら、アルフォンス君が不本意そうにぼやいた。

 クロードは言葉の意味をすぐに理解した。


「マリオン犯人説を完全に信じてる奴らは、そこまでするほど危機感持ってないからな。殺人犯が他にもうろついてる可能性なんて考えもせずに、楽しく遊び回るんじゃね? 昔の俺らみたいに」


 確かに子供達はお遊び気分で非常にうきうきしている様子だった。当時事件には関わらなかった大人にとっても、すでに十五年も昔にとっくに終わったことだ。むしろまた事件の発生を警戒している方が、ノイローゼを疑われそうだ。


「油断して単独行動をとった人間から消されていくのが、ミステリーとかホラーの定番なんですけどねえ」


 そういうのをドラマなどで見るたびに、危険だと分かっていてなんで一人になるんだとよく思ったものだ。

 みんなでずっと一緒にいたら、物語的にミステリアスな事件が始まらないという制作側の都合なのだろうか?


 そういう観点から言えば、おそらくは事件を起こすためのシチュエーション作りとして、あえて設定されているとしか思えないルールがある。


 先程アルフォンス君も言っていた()()()()だ。


「やっぱ、部屋からの移動が狙われやすいってことだよなあ」


 歩きながら何故か自分のバッグの中を開いて覗き込んでいたクロードが、顔をしかめた。


「十五年前もそうだったけど、今回もやられたな。食料だけ、そっくりなくなってやがる。サプリすらねえ」


 言われてから、アルフォンス君も自分のバッグを確認して、溜め息を吐いた。


「――ああ、俺もだ。前の時も、持ってきたはずの菓子、残らずやられたんだよなあ」


 念のため備えていた非常食が、前例の通りに消失しているようだ。


「それも転移で抜き取られているんでしょうかねえ? 何ともいやらしい仕組みです」


 僕も特に驚きもなく、感想を漏らした。


 この点についても、資料に残されている。

 持ち込んだものは、最終日には持ち主とともにすべて外に転送される。ただし食料だけは、入館から退館時までの間、没収されてしまうのだ。


 飲み物だけは、各自の客室に用意されている。しかし食事に関しては、朝五時半、昼十一時半、夜十七時半の三回――その各三十分間だけしか提供されない。

 しかもルームサービスもない。決まった間に食堂に来て注文しなかったら、食べ損ねることになる。


 朝などはかなり早めなので、寝坊で朝食抜きになることも少なくはなく、逆に昼食の参加率は、毎回ほぼ百パーセントとなった。そのため、みんな揃っての話し合いなどは、自然にこの昼の時間帯になされていた。


 要するに、一日三回、特に昼に関してはほぼ全員が食堂に集まることになっていた。

 出された食事は、一時間経つか、食堂から持ち出そうとすると、やはり消失マジックの発動となるので、テイクアウトもできない。


 最初の玄関ホールの時、クマ君達のおもてなしに一同が驚いたのは、食堂外、時間外だったから、というのもあったはずだ。

 今思えば、ゲームが始まる前だからこそのサービスだったのかもしれない。


 とにかくどういうことかというと、犯罪被害を避けるために部屋に籠城するという作戦は、基本的にとれないのだ。五日間の絶食を覚悟しない限りは。

 まあ、誰も命の危険があるなどと気が付いていなかった前回ならともかく、今回は最悪それも自衛の最終手段ではあるが。


 いや、あった――というべきか。

 おそらく今回のゲームでは、また別のルールが発動するから、完全に閉じこもることはできないはずだ。


 いずれにしろこの食事ルールのため、ほぼ決まった時間に一人で移動するタイミングができるし、個室の前で出てくるのを張り込むこともできる。


 まさに争いを推奨してきた軍曹の、これもお膳立ての一つとしか思えない。


 十五年前の犯人が、この広い館から、全員を狩れる目算を立てたのは、このシステム故の集合が習慣化していたという理由もあった気がする。


 特にこの最終日は、みんなで十一時半に食堂に集まる約束をしていたのだ。正午になった瞬間、いきなり外に転送されるなどとは予想もしていなかったから、機動城での最後の食事を、記念に揃って取ることになっていた。結局謎のままだった、遺産についての最終確認がてら。


 殺人ゲームのからくりに気付いていない獲物が、一人でも多く集まってくるのを期待して、犯人は無謀な賭けに出たというところだろうか。


「クロードさんも、一人歩きは十分気を付けてくださいね」


 分かれ道となった通路で僕が別れの挨拶をすると、クロードが相変わらずのナンパな調子で誘いをかけてくる。


「心配だったら、俺の部屋に一緒に来てもいいんだぜ。コーキだけ歓迎するから」

「コーキさんは俺と一緒だ。一人でとっとと部屋に行ってろ」


 僕が答える前に、アルフォンス君が先にケンカ腰のお断りを入れ、急かすように僕の背中に手を添えた。

 そういえば昔小さな従弟達に、どっちと遊ぶかで僕の取り合いをされたなあ、なんて遥か半世紀も前の記憶を思い出して、少し懐かしさを覚えながら、また面白く観戦する。


「曲がり角には注意しろよ。あと前後はこまめに確認しとけ」


 そんなアドバイスを残し、僕を連れてさっさと歩き出したアルフォンス君に、クロードも笑い声をあげながら「了解」と、自室へ向かった。


 アルフォンス君は、クロードにはツンデレというやつだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ