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正反対

図書室でもこれといった収穫を見付けられないまま、ひとまず解散となった。


 アルフォンス君もひとまずノルマの任務が終了したようだ。

 きっと可能ならば遺産の手掛かりも掴むよう上から言いつかってはいるかもしれないが、こればかりは勤勉さや努力でどうにかなるものではない。むしろネタバレすれば、犯罪を犯さなければ手に入らない遺産なのだから、実質的に彼には無理だろう。


 彼自身も遺産自体には執着がないので、むしろ任務から差し当たりは解放され、ようやく肩の荷が下りた様子だった。


 確認作業も終わり、ベルトランは娘や孫と合流すると、お付きのクマ君に案内されて一足先に出ていった。

 レオン親子の方は、今度こそ自由に家探しをしに行ったようだ。鬱陶しがられながらも二体のクマ君が当然のように付いていくが、それはもう無視することにしたらしい。


 図書室には、僕とアルフォンス君、それにクロードの三人が残された。


 クロードは、壁に飾られたサバイバルナイフを無言で見ていた。


 他のクラシカルな刀剣と違って、非常に実用的で現代的な造形だ。ハンドルは指がはまる凹凸のある握りやすい形状で、ブレードの根元半分は凶悪なセレーション(ギザギザ)が刻まれている。

 もしかしたら、かつて軍曹が使っていた軍用ナイフのレプリカなのかもしれない。彼はチェンジリングの瞬間まで、ベトナムの密林で作戦行動中だったらしいから。


 そしてそれこそが、クロードの父であるクロヴィスの遺体(仮)の傍に血だらけで転がっていたはずの凶器だった。

 やはりこちらも何事もなかったように元通りに展示されている。


「クロード……」


 彼とほとんど同じ立場のアルフォンス君が、気遣うように呼び掛ける。

 けれどクロードは、意外なほどさっぱりとした顔で振り返った。


「俺はもういい。親父がいなかったのは予想外だったけど、お袋には事実を伝えて、これで完全に終わりだ。今後、この件で煩わされることはねえ」


 あっけらかんとした軽い口調の宣言が、いかにもクロードらしいと思った。

 彼は結果を受け入れ、すっぱりと過去を吹っ切ったのだ。仮にどこかで父親が生きていたとしても、もう振り回される気はないのだろう。


 そしてアルフォンス君の選択を問う。


「お前は、どうするんだ?」

「決まってるだろ。俺は父さんとルシアンを探す。少なくとも屋敷全部を探し尽くすまでは諦める理由がない」


 間髪容れない正反対の返答。こちらもこちらで、実にアルフォンス君らしい意志の強さだ。

 クロードも僕と同じ感想を持ったのだろう。だよな、と軽く笑いながら、次にその視線は僕に向く。


「で、コーキは?」

「もちろん付き合いますよ」

「面倒見いいなあ。はっきり言ってあんたには何の関係もないじゃん。それより俺と館内デートでもしてようぜ。こんな貸し切りのテーマパーク、なかなか体験できるもんじゃないからな」


 その言葉に、アルフォンス君の目が露骨に吊り上げる。

 しかし痛いところを突かれてもいたようで、それからすぐに僕に向けられた目は、どこか心苦しそうでもある。


「クロードと出歩くのは問題外ですが、確かに俺の家族を探して屋敷中を隈なく歩き回るのは大変な作業です。あなたの安全を考えたら、ずっと俺と一緒に行動してもらうか、あなたの部屋で一人で閉じこもってもらうのが最善だと思うんですが……。どうしますか?」


 なんだか留守番させられそうな子犬を思わせる表情で、僕の意見を求めてきた。残されるとしたら僕の方なのだが。


 真剣な彼には悪いが、昔「一緒に行く~」と、出かけようとする僕を半泣きで追いかけてきた弟を思い出して、なんだか可愛くなってしまったのは、言わないでおくのが親切だろう。


 やはり僕同様面白がったクロードが、茶々を入れてくる。


「なんで俺とのデートが問題外なんだよ。コーキなら俺が守ってやるから、お前は心置きなく捜索に行っていいんだぜ?」


 にやにやとしながら僕の肩に伸ばされかけた手を、僕は遠慮なく叩き落とす。

 まったく、本気で口説く気もないのに、まだ仲良しの従弟をからかい足りないようだ。


「凝りませんねえ。それ、まだやるんですか? 人が悪い。あと、勝手に触るのは犯罪です」


 呆れる僕に、クロードは笑い、アルフォンス君は苦い顔をした。いつもならここでまた愉快な言い争いでも始まるところなのだろうが、今はその先が続かない。


 アルフォンス君は、僕が厚意で彼に付き合ってあげるのだと思っているから、無理をさせているようでどうしても気が引けてしまうのだろう。


 あえて表明するつもりはないが、僕は僕自身の強い意志の下、マリオンのために動いている。その決意は、アルフォンス君を手伝ってやりたいという動機を大きく上回るものだ。

 だから、彼が引け目を感じる必要などないのだが、そこはなかなか理解しがたいところだろう。

 彼から見れば、僕はマリオンとは会ったことすらない赤の他人に過ぎないのだから。


 さて、どう言いくるめようかと思案しかけたところで、クロードが相変わらずの軽いノリで話題を変えた。


「ははは。人が悪いって言うなら、あんたもだろ、コーキ? なんだよ、さっきの、親父達が生きてるかもしれねえ、ってやつ」


 なんだかんだで、彼は空気の流れをコントロールするのがうまいなと感心する。気まずい雰囲気が紛れた。僕も見習いたいところだ。


「本当はそんなこと、思ってもねえだろ? いや、もし思っても、口にはしねえタイプだよな?」


 探るように僕を見据える様子は、意外と真面目な問いかけらしい。同じ疑問を抱いていたアルフォンス君も、黙って僕の答えを待つ。


 ここにいるのは、マリオンが十五年前の事件の犯人――少なくとも四人全員を殺したとは信じていない者だけだ。多少の真意は伝えても差し障りはないかと、本当に表面的な部分だけを説明した。


「ちょっとした牽制と観測気球ですよ。もし真犯人がいれば、内心大慌てですよ。今後ボロも出しやすくなるかもしれないでしょう」

「あまり不用意に犯罪者を刺激することは避けてほしいんですが」


 眉間にしわを寄せて苦言を呈するアルフォンス君に、僕はしれっと笑みを返す。


「問題ありませんよ。君がずっと傍でボディーガードをしてくれるんでしょう?」


 つまり、予定通りどこへでも付き合うという返答だ。


 アルフォンス君は一瞬反応することを忘れ、意味を理解してから嬉しそうに頷いた。


「もちろんです」


 その力強い返答に、クロードが噴き出した。


「分かりやすい奴」


 その呟きはスルーしたが、同感だ。


 なんだか真面目なエリートを転がすキャバ嬢の気分だが、まあこれから五日間は同伴のようなものだし、水を差すのはやめておこう。


 彼が、僕への気持ちを抑えることを諦めてしまったのが、少々困りものではあるのだが、それで僕から離れないでいてくれるのなら今は良しとしよう。


 それはそれとして、彼を守るため、僕の遺産(魔法)の実証テストには直ちに取り掛かろう。

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