覚悟
「もう入っても結構です」
ここで、アルフォンス君の合図とともに、第二の殺人現場が開放された。
こちらはサロンと比べれば部屋自体も狭く、書棚や、机と椅子で場所も取られるため、歩き回れるようなスペースは先程よりもずっと少ない。
ここで父親の遺体を発見したクロードは、迷わず一点を目指して進んだ。他の面子もぞろぞろと後に続く。
僕はもはや、詳細な観察をする意味をあまり見出せないでいた。
扉近くで足を止めて、人を含めた部屋全体を、ただ漫然と眺める体を装う。どうせ結果はさっきと同じだ。
それよりも、もっと重要な情報を映しているモニターに視線を戻した。
何より注目すべき、今回のゲームの参加資格の部分に。
今回のリストの中にも、全員参加型のゲームはいくつもあったようだ。たぶん『そして誰もいなくなった』辺りなどはそうだろう。
しかし今回は、参加者に条件が付けられる。それもクリアは相当厳しいものだ。
当てはまらない者は、遺産を手に入れるチャンスが最初からない代わり、命懸けのゲームに飛び込む危険から免れる。
アルフォンス君には、僕が知る限り参加権がないはずだ。
ならば、問題はない。メリットが遥かに大きい。
だから、恐れはあっても迷いはない。子供達のことは少なからず気がかりではあるが、優先順位は初めから決めている。
一番大事なのは家族。
アルフォンス君が、軍曹のゲームに関してはほぼ命の危険にさらされずにすむのなら、それ以外は切り捨てることも辞さない。
どうせ全てをすくい上げることなどできないし、余裕があった場合だけは他に手を貸しても構わない、くらいの姿勢でちょうどいい。
それにしても――。
このゲームを用意していた軍曹は、どこまでも悪辣だ。
ゲームマスターがこのゲームを選ぶことを見通していたかのようだ。
いや、そうなるようなシナリオに、何もかもが誘導されているということか?
今回はたまたまこのゲームだっただけで、おそらくは他のどのゲームであっても、同様の悪意はちりばめられているのだろう。
しかし、ゲームマスターがこれを選んだ目的は何だろうか?
僕にとってはまさにこれしかないというほど好都合なものだが、これではまるで……。
そこで我知らず、口元を抑えていた。
「――――――――」
――ちょっと待て。
なんてことだ。――とんでもないことに、気が付いてしまった。
あの選択の時の状況は、どうだった? 何が起こっていた?
ゾクリとする思いで、あの瞬間を振り返る。
まさか、ゲームマスターは……。
信じ難い結論にたどり着いて、動悸が止まらない。
こんなことが、起こりえるのか……?
いや、起こったからこその、このゲームなのだ。
復讐を、第一の目的とした――。
――しかし、だとすれば、僕のやるべきことが見えてくる。
「どうなってるんだ? 俺は確かに、ここで血まみれで倒れてた親父を見たんだ。触って確かめたし、その時に手や服に血だって付いてたんだから間違いない」
クロードが、すでに遠くなった当時の記憶を掘り起こしながら、何もない床を見つめて当惑の声を漏らした。
「これはいよいよ、先程アデライドさんの言った可能性も、考えるべきかもしれませんねえ」
背後から言葉を返した僕に、振り向いた一同の視線が集まる。
「ほら、皆さんが機動城を退去した後、残された人達は助けられて、今も生きてるんじゃないかって、言ってたじゃないですか。あれだけロボットもいるんですし、ジェイソンの超越技術で何とかしてしまったかもしれないし、絶対あり得ないなんて言いきれないでしょう」
内心でアルフォンス君に詫びながら、無責任な予測を言い放った。
「四人が、今もこの屋敷のどこかにいると言うのか?」
いい加減な想像を口に出す部外者の僕に、ベルトランがどこか非難めいた口調で問いただす。
普段だったら、息子や弟を失っている遺族に、確証もない希望的観測をこんなに軽々しく言ったりはしない。
しかし今の僕は、それに首を傾げて見せる。
「さあ、どうでしょうね? 少なくとも、関係者の中で確実に死亡が確認されている人物は、ジェイソン・ヒギンズただ一人だけだった、ということですよ。他は、ジェラール・ヴェルヌ氏含め、行方不明者五名、というのが、今現在明確に言える事実です。ああ、一応マリオンさんは死亡扱いでいいんでしょうかね」
客観的な事実を他人事のように突きつければ、困惑と反感の混ざったような雰囲気が醸成される。
突然出しゃばり出した僕に、アルフォンス君が無言のまま、うっすらと心配そうな表情を浮かべる。らしくない言動に、僕なりの意図があると理解した上での静観だ。
真意を説明する気はないが、あとで感謝と謝罪はしておこう。
明らかに空気が悪くなったが、これでいい。
僕の言葉で、いくらかは混乱と疑惑の種を蒔けただろうか? ここにいないメンバーが集まった時にも、また同様の話題を出してダメ押しをしておこう。
行方不明者の生存を仄めかすだけで、この屋敷の滞在人数が一気に十八人に増える。それはつまり、これから起こるだろう事件の容疑者の数を、増やせるということ。しかも姿が見えないだけに余計不気味だ。
この言動はひとえに、十五年前の犯人達を撹乱し、追い詰めるため。
自分が殺したはずの人間が、生きているかもしれない。
身に覚えがある者は、生き証人ともいえる被害者の存在に、あるいは復讐者の影に、警戒せざるを得ない。
僕は狂言回しを務めるのだ。
今後も機会を見ては、不安や猜疑心を煽って、処刑台で繰り広げられる茶番をせいぜい盛り上げてやろう。
サスペンスやホラーに欠かせない、いちいち言わなくていいセリフを、「よりにもよってなんで今!?」という最悪のタイミングで言い出して、無駄に場をひっかき回す甚だはた迷惑だが重要な役どころだ。
性格の悪い僕には適役だろう。残念ながら空気の読めなさにも、そこそこの定評はあることだし。僕自身としてはまったく不本意なところだが。
ざわつく周囲の反応を横目に、「どうせ他人事だし」とでも言わんばかりに、どこ吹く風の態度を装う。
しかし内面では普段感じない種類のストレスにさらされ、癒しを求めてクマ君の頭をなでていた。
呼吸を整え、ともすれば荒れ狂いそうになる心を、揺るがない決意で鎮める。
決断はすでにした。あとは覚悟だ。
このゲームは、前回のように温くない。全員が生き残る穏やかなハッピーエンドの選択肢は、初っ端に消え去った。
復讐者の悪意のゲーム選択によって。
僕は、この短い時間ですでに決めたのだ。
僕がするべき仕事は、自分とアルフォンス君の命を守ること。
それ以外は、逆にする必要がない。少なくともゴール直前の最後の一手までは。
これから起こるだろう悲劇の、ただの傍観者であろう。どこまでも冷徹に。
きっとそれだけで、十五年前の真相は解き明かされていく。
これは、そういうルールだから。
だから僕は、ゲームには抗わない。目的の達成を最優先にする。
家族を殺され、全ての罪を背負わされて処刑台に上らされたマリオンの無念を、必ず晴らす。
それが、僕が今、この体で生きている意味だ。
それで何が起ころうとも、何人死のうとも――。
医師の矜持も。その資格も。
全てこの決断をした瞬間に捨てていく。
そんなものはもういらない。
十五年前の真犯人を追い詰めるため、ただ、この死のゲームを全力で乗りこなす覚悟を――。
――たとえ僕自身が参加条件を満たしているとしても、そんなことは些細な問題だ。
僕は必ず、生き残ってみせる。