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殺人現場・サロン 2

「もう入っても結構です」


 アルフォンス君の許可が下り、一同はもどかしそうに、あるいは恐る恐ると、室内に足を進める。


 屋敷内には複数のサロンがある。

 ここは、海外のセレブが余裕で百人を超える仲間を集めてホームパーティーをするような感じだ。数カ所に配置されたソファーセット、バー、グランドピアノ、ビリヤードなどあり、吹き抜けの広々とした空間になっている。

 映画のセットのような大階段からは、今にも王様か新郎新婦でも降りてきそうだ。


 十五年前は、基本的にここが招待者達の集会場になった。大人達が何か話し合いをする時は、大体は食堂かここに集まっていたと、アルフォンス君も言っている。

 探検の結果、もっと少人数向けの談話室も見つけていたが、各自の客室に一番近いのがここのためだ。


 僕が調べた資料には、マリオンの記憶データと、生還者達からの聞き取り調査で割り出された、機動城の大まかな見取り図もある。

 頭に叩き込んである全体像を思い起こす。


 前回、各自の客室は、三階建ての屋敷の各所に、点在するように用意されていた。

 しかも部屋割りは家族単位ではなく、個人個人に一人部屋がランダムに割り当てられる形だった。

 そのため用意されていた部屋数は、人数分の十五室にも上る。ご丁寧なことに、扉にはしっかりとネームプレートまで掛けられていた。


 当時は子供もいたため、実際には親子どちらかの部屋で一緒に寝泊まりした家庭もあった。

 自分用の部屋はほとんど使わず、家族の誰かの部屋に気分次第で渡り歩いたアルフォンス君のような子もいた。


 このサロンは、二階の中央階段近くにある。

 吹き抜けの空間を縦に結ぶ舞台のような大階段があり、中二階から先に延びるギャラリーの奥には、三階の廊下に繋がる扉もある。

 各自の部屋が広範囲にばらけている以上、おおよその中間地点として、立地的には妥当な選択なのかもしれない。


 それだけに、資料から客観的な視点でその情報に触れた時は、自然とここが集会場になるように状況を仕向けられていたような、何とも言えない気持ちの悪さを覚えた。


 ちなみに用意された部屋以外の客室にも、出入りは自由にできる。

 ただしハウスキーピングどころかライフラインすら通っておらず、その上ロックもかからずで、滞在するには不便なため、結局誰も利用はしなかった。


 ベルトラン、アデライド親子が、現場とされる箇所に足を進める。僕達の入った正面の大扉と一番近いソファーの中間辺りだ。不審な点は何もないが、それでも自らの目で確認せずにはいられないといったところか。


 遺族でないレオン、ヴィクトール親子は、何もなかった現場に興味を失ったように、室内の骨董品の物色を始めた。仮に盗んだとしても、機動城内の備品の一切が外に持ち出せないのは前回で証明済みだ。

 カムフラージュしているようだが、攻撃的な彼らが本当に興味を持っている物はおそらく――。


 クロードはどこか手持無沙汰な様子で、室内をぶらつき始める。彼の目的は、父親の遺体発見現場である図書室の方だからだろう。


 僕は、そんな様子を複雑な表情で眺めているアルフォンス君へと歩み寄った。


「まだ、始まったばかりですよ。肩の力を少し抜きましょう」


 抑えているが、明らかに落胆している彼に、あえて穏やかに声をかける。


 警察官として淡々と職務を行ってはいたものの、彼だって本心では、父と兄を探しにきていたのだ。何の収穫もなかったことに、焦りが生ずるのは仕方ない。


「コーキさん……父さんと、ルシアンは、本当に……」


 言いかけて、口を噤む。続くはずだった言葉はおそらく、生きていると思いますか――だろう。


 言えなかったのは、期待しすぎないように自制しているからだ。

 彼はこれまでの人生で、あまりに絶望を味わいすぎている。その経験ゆえの自己防衛からくる習性に、心が痛む。


 けれど僕には何も言えない。やはり希望は持たない方がいいと、僕も内心では思っているのだから。


 意図的に話題を変えるべく、さっきから気になっていた物に目を向ける。


「それはカメラですか?」


 アルフォンス君が、室内をくまなく撮影しているように見えていた。こちらで普及している機器類は全般的に異常なほど小型だが、彼の手にある物は、むしろ僕が日本でよく見た形状に近い。


「ええ。部屋に行ってから、印刷するんですよ」

「なるほど。電子的なデータは、外に出る時に全部消えるからですね」

「はい。機動城内の映像を持ち帰るには、もうそれしかないだろうという結論になりまして。コピー機と用紙とケーブルも持ち込んでます。ここでは無線も全部無効なんで、いちいち端子も作って機器同士を繋げられるようにしてあるんですよ。上の方も、大昔の技術を引っ張り出して、ここの探索専用に開発してたらしいです。これも駄目だったら本当にお手上げでしょうね」


 国の方でも、謎すぎる機動城内部の情報を少しでも得るために、いろいろと試行錯誤していたらしい。


 昔何かの本で読んだのだったか、「数千年後の考古学者に判読できた発掘品は、多様な記録メディアでも書物でもなく、壁画だけだった」、なんてジョークを思い出した。

 不便ではあるが、しっかり形として残るものが一番強い。


 確かにこのやり方なら、内部の情報を、視覚的に持ち出せるのかもしれない。

 仮に常に持ち歩いていなくても、基本的に持ち込んだものは全て、退出時に持ち主とともに門外にまとめて送り返されるのだ。

 少なくとも死者(?)以外は。


 ところでアルフォンス君は『上の方』とぼかしたが、実際に開発して実用化したのは軍の研究所辺りだろうか。

 やはりいろいろと大人の事情が裏で絡み合っているようだ。


 彼のプライベートでの目的も十五年来の悲願なのに、更に職務でも一人で責任を背負わされて、心労とオーバーワークが心配だ。

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