魔法の相続
チェンジリングの王ジェイソン・ヒギンズは、世紀の技術開発者であると同時に、その技術で作り上げた装置から生じる現象を、自らの異能でも起こせる桁違いの超能力者でもあった。
いや、逆だ。元が超能力者で、その現象の理論を解き明かし、再現する道具を制作した、というのが正確なところだ。
やはり魔法の存在しない世界の出身であり、軍人という徹底したリアリストだったからなのか、あるいは転移先がアルグランジュという科学重視社会だったからなのか――いずれにしろ魔法使いよりも技術者を選んだ。
そんな軍曹の用意した遺産の形は、何故かその両方。というか、わざわざ『魔法』と『技術』に分割されていて、合わせて一つの遺産として用意されていたようだ。
そして現状を鑑みるに、現段階で相続されているのは、片方の『魔法』部分だけと思われる。
そのために僕は、身に着けた覚えもない異能を、感覚的に理解できているのだ。
ただし所詮は人造。魔法の発現のさせ方を理解しただけでは、遺産としては不完全。
なにしろアルグランジュ人は、魔法王国の国民とは違って、生まれつきの才能に劣っている。『魔力』という、現象を起こすためのエネルギーの資質に乏しく、まともに使いこなすのが難しい。
仮というのは、そのためだ。
だから本当に重要なのは残りの半分である『技術』の方――つまり設計図だ。
一度データを脳にインプットさせれば、たとえ理解などまったくしていなくても、その記憶をあとから完璧な形のまま取り出すことができる。僕が日本で鑑賞した音楽や小説の完全再現をやっているように。
金の成る木は断然こちら。選り抜きの特殊能力者一人を更に高めるより、同じ性能を持った装置を安定的に作れる方に価値を置くのがアルグランジュ式だ。
ところがそこにまた、軍曹の悪意の落とし穴がある。
このゲームの条件は、全員参加。
ひとたび始まった以上、全ての相続人候補者が参加するまでは、完了しないルールになっている。
その恐ろしさに犯人が気が付いたのは、走り始めた後だったのかもしれない。
少し考えれば分かるだろうに。
被害者加害者がきっちり出揃うまで――を意味することを。
屋敷にいる全員が、命のやり取りに手を染める――そこで初めて相続人と相続内容が確定となり、完全な一つの遺産の形になる。
つまり生き残った者の頭の中に、あと半分である設計図が送り込まれるのだという。
それまで遺産相続は終わらない。
ここに記されているルールの説明の通りならば、十五年前のゲームは、終了条件が満たされていない。
それは生き残りの人数から明らかだ。
全員参加で一人が一人を殺すなら、生き残りは最大でも最初の半数となっていなければならない。
一人が複数を殺していればもっと減る。むしろ効率的に終わらせるなら、生存者を片っ端から消していく方が確実だ。殺した数だけ遺産が得られるかもしれないとの期待もあるだろう。
推測するにこのゲームは、死者の方が数倍多い状態になっているくらいでなければ、まず終わらない性質のものなのだ。
ほとんどの人間は、遺産を得るために殺人を犯す決断などしない。である以上、加害者になれない者は、被害者にするしか、白黒つける術がない。
もし僕が今そんな状況に放り込まれたら、遺産など放り出して、タイムリミットまで徹底してこの広大な屋敷の中で逃げ隠れするだろう。このリアル逃走中は、捕まったらリアルに死ぬやつだから、それこそ命懸けだ。
それにしても真相の一端を知れば、玄関ホールにあった巨大な柱時計が、『オオカミと七匹の子ヤギ』を連想させるのは何とも皮肉だ。
今だから分かるが、アルフォンス君など、数名の子供達がまさにそうだったのだろう。
資料にもあったが、滞在期間終了間際、屋敷全体を使ったかくれんぼをしている最中だった。図らずも身を潜めていたおかげで、何も知らないまま難を逃れたわけだ。
クロードだけは、隠れている最中で父の遺体を発見する災難に見舞われたが、それだって、犯人がすでに逃走した後だったのだから、ある意味不幸中の幸いだった。
要するにこのゲームは、終了させるのはきわめて困難だと言える。
残り三時間足らずのタイムリミットに焦り、遺産という目先のエサにつられて見切り発車で始めたはいいが、無計画な素人が、この広すぎるフィールドで行き当たりばったりに、短時間で完遂できるようなものではないのだ。
それこそ軍曹のような戦闘のプロでもない限りは。
それを分かっていて、このゲームを仕掛けている辺り、彼の悪辣さが際立つというものだ。殺人を犯させておきながら、遺産は完全には手に入らないようになっている。
よって、ゲームはタイムオーバーでクリアできていないと考えられるわけだ。
必然的に、このマリオンの頭脳の中にも設計図の情報は入っていない。今の僕の意識がなかった時のことなので、断定まではしないが、残り半分の相続がストップされたままの中途半端な状態のはずだ。
十五年前の件では、死者四名に対して、生還者十一名。
おそらく気付いてはいなかったからだろうが、ゲームに関わらなかった者が大半だったろうことには、人としてほっとする。
一方で、加害者にしてみれば、地団駄を踏む思いだっただろうが。せっかく遺産を相続する目途が立ったのに、途中で否応なく屋敷の外に転送されてしまったのだから。
しかもやり直しのきかないゲームときている。
それにしても、被相続人不在で、どうやって発明系の遺産の相続など公正にできるのか疑問だったが、まさか情報が直接頭の中に送り込まれる形で成されてしまうとは盲点だった。
これなら、間違いなく選ばれた正当な相続人のみに相続される。
実際に手続きする際も、自分の頭から情報が世に出される以上、事実はともかく、法的には開発者としての揺るがない立場が得られる。不当に奪うことも、法の穴を突いた横やりの入れようもない。
先に登録した者勝ちというのは、この国でも同じ。本当の開発者の軍曹が法的に死亡している以上、何の問題もない。
まあそういうわけで、現時点での僕は、ある特殊能力を持っている。実に都合のいいことに、ピンチが起こる前に能力に目覚めてしまった。
チェンジリングチートでこそないが、期せずして超能力者の仲間入りだ。
僕に割り振られた異能は、想定される遺産リストにもなかった予想外のものだった。
大本命の『転移』や『防御壁』からは外れたし、直接的な戦闘力にもならないが、地味に恐ろしい能力ではないかと思う。
アルフォンス君に教えれば安心させてあげられるだろうが、秘匿するのは先程決めた通りだ。
僕が動きづらくなったら切り札の意味がないのもそうだが、何より、どう考えても社会的に危険視されるタイプのヤツなのだ。研究禁止の『脳へのデータ転送』同様に。
僕は善良な一般人なので、悪用も、世に出すつもりもない。警察官の彼を余計な厄介ごとに巻き込みたくもないし、墓場に持っていくの一択だ。まあ機動城内では、少々利用するかもしれないが。
とすると、あと気になるのは、僕の魔法の才能か。
軍曹ほどの例は極端としても、チェンジリングは総じて潜在能力が高い傾向があるから、本来のマリオンと比較して底上げの期待はしている。まだ自覚的に使ったことがないので、実際にどんなものか体感するのはこれからの課題だ。
一方で以上の事実は、同時に脅威をはらんでもいる。
ラウルを殺したのはマリオン――そして実際に僕は、異能を持っている。
ならば、残る三人を殺した犯人は? いや、犯人達は――というべきか。
徒党を組んでいるのか、敵対しているのか、個別に動いているのか。仮に当時手を組んでいたとしても、今回もそうとは限らない。十五年もたてばいろいろあるだろう。
僕だったら、対立まではしなくとも、おかしな能力を隠し持った人殺しとは極力関わらないように距離を置く。特に『洗脳』系の能力者の可能性を考えたら、顔を合わせるのすら避けるところだ。家族だって決して近付けない。
事件以降、一族の交流がなくなったというのは、案外その側面もあったのかもしれないな。
いずれにしろ僕同様に、何らかの異能を隠し持った殺人者がいるのは間違いないだろう。
そしてほぼ確実に、遺産のために今回も行動を起こすに違いない。前回で味を占め、残り半分はもちろん、更に多くの遺産を手に入れるために。
――それくらいの前提で、心構えを持っておくべきだろう。
そこに更なる懸念が生じる。ついさっき、十五年前とはルールが変更されたことに、果たして気付いているのだろうか。
ゲームマスターが別の人間なら、答えは“否”となるのだろう。
もうただの殺人では、遺産は手に入らない。新しいゲームが始まるのだから。
勘違いから犯人の暴走が始まるくらいなら、いっそすぐにでも今回のゲームが始まった方がいいのかもしれない。