相続方法
十五年前の殺人現場の一つとされるサロンへ向けて、連れ立って歩く七人。
レオン親子以外は口数が少なく、雰囲気もどうにも重苦しい。
これから行く先で、家族の遺体と対面する可能性が高いのだから無理もない。
現在警察権限を持って動いているアルフォンス君は、今ばかりは僕からも離れ、黙々と先頭を歩く。案内なしでも、しっかりと道順は覚えているようで、足取りに迷いはない。
僕はクマ君と並んで最後尾を歩きながら、先程撮影したばかりの映像をこっそりと呼び出していた。
周囲に怪しまれないよう、のぞき見防止機能は最大限だ。これはスマホにある機能とはわけが違う。
光の加減が変わって少々見えにくくなるため普段は程度を抑えるが、100パーセントにすれば、端末の使用者以外には光学モニターの存在すら判別できなくなるほど、偽装効果は絶大なのだ。
館内はホテルのように広いので、目的地に到着するまで数分かかる。人目に付かないその間に、優先度の高い項目から考察していこう。
ところで広いホテルと言えば、観光ホテルなどだと時折まったく意味不明な経路を進まされることがあるが、あれはいったい何なのだろう? 同じ館内でありながら、温泉までに果てしなく長い道のりを延々と歩かされるのだが、それはまだいいとして、先程階段を上がったばかりなのに、何故かしばらく先の順路で今度は階段を下りないとゴールにたどり着けないなどというケースもままあり、「今さっきなんで階段上らされたの?」と脳内で突っ込まされることもしばしば。設計段階で誰も分からなかったのか? のんびりしに来た温泉宿で、なぜこんなにも歩かされなければならないのか。すれ違う幼児連れのご家族など、移動だけですでに疲労困憊の様子。せっかくはるばるたどり着いた温泉で汗を流しても、部屋に戻るまでの長い旅路でまた汗をかいてしまう。ごちそうを食べる分運動して少しでも消費しろとでも言っているのだろうか? 僕などもう面倒だから部屋風呂でいいんじゃないかなどと、ついうっかり本末転倒な考えに囚われてしまう始末だ。せっかちな僕にはゆったりした温泉での癒しというものは向かないのかもしれない。いずれにしろ改善を要求したい点だったが、この機動城はレトロなつくりだけあって、そんなホテルを彷彿とさせる。
しかし少しでも一人で考える時間が欲しかった僕としては、今のこの長い道のりは逆に非常にありがたい。
歩きながら軍曹の肖像の台座を映したモニターを眺め、そこに記された情報について思考に耽る。
現時点で分かった内容を、まとめてみよう。
まずはこの相続人選定会において、正当な相続人を選定するためのゲームの存在について。
重要なのは、リストの一番下の『ゲームが選択されなかった場合』――の部分だ。
十五年前の場合は、これだったと考えていいだろう。
選択しなかった場合の課題は、五日間を何事もなく平和に過ごす。――ただそれだけだ。
そんな当たり前のことで、全員に莫大な資産が平等に分けられて、無事に決着するはずだった。こんなに十五年も延々と引きずることもなく。
なおリスクを冒さない円満な幕引きだった場合の報酬――遺産は、金銭的なものに限られると明記されている。
世界中が喉から手が出るほど欲しがっている『転移』や『完全防御壁』などの超絶的革新技術の遺産は含まれない。
その点に触れていないことから、もしかしたら誰の手に渡ることもなく、永遠に抹消されてしまうのかもしれない。
しかし個人が受け継ぐものとしては、ありあまるほど十分な資産になる。
全員にその良識さえあれば、簡単にクリアできるゲームだった。
――軍曹の悪意の罠さえなければ。
一見平和に思えるが、ある意味人間の業の深さが試される最も悪質なゲームであるのかもしれない。
あまりの胸糞の悪さに、思わず表情が歪みそうだ。
最終日、残り3時間となって。
それなのに、遺産の手掛かりすら見つけられず、一部の者が焦燥感に駆られ出す。
――ちょうどそんなタイミングで、仕込まれていた悪意の欠片が発動される段取りだ。
“人を殺したら、技術系の遺産を一つ”。
――その隠し条件が、人知れず各所にバラまかれる。
流れを変えるのは、たったそれだけで十分だっただろう。
一人殺すだけで、“特別な遺産”が一つ手に入る――?
それとも、このまま何もせず手ぶらで帰る――?
その二択を前に、心の中の悪魔が囁くのだ。
世間から完全に隔離された機動城内なら、いくらでもやりようはあると。
結論に達した金の亡者が、考える暇すらろくにないわずかな時間でどう動くか――。
そして穏やかな時間は終わり、第二段階、殺人ゲームに切り替わった。
全員に資産が均等に別けられるはずだった元の方針を知らないままにドブに投げ捨て、血の繋がった身内を奈落に蹴落としてでも自らの手で奪い取りに行くスタイルに。
いち早く気が付いた者と、そうでない者の明暗が分かれ、惨劇へと繋がっていく光景がありありと目に浮かぶ。
だからこの場の十三人の中には、実際に隠し条件をクリアして、革新技術の遺産を手に入れた者が、確実にいる。
僕を含めて。
ここで、遺産の相続のされ方についても確認が必要になるだろう。
僕がこのホールに入った瞬間に自覚した、マリオンの持つ『切り札』――それは、十五年前にラウルを殺したことで得た遺産。
いわばゲームの課題を達成した報酬なのだ。
理由はどうあれ、殺人ゲームに加担した加害者側は、“技術系”の遺産の一部を仮ながらも手にしている。
魔法だか超能力だか、どう言い表すのが正確なのかは知らないが、目には見えない、『異能』という形で、今僕の中にある。
遺産の受け渡し方法について触れた箇所に視線を向ける。
対象の脳に超常現象の起こし方が直接ダウンロードされ、人造の超能力者の状態になるのだという。
まったく、この機動城はどこまで何でもありなんだと、呆れるしかない。
まあ脳から記憶を読み取る装置がある以上、逆に脳に送り付けて植え付ける装置があっても今更驚きはしない。
しかし確かそれは研究禁止分野になっていて、世には出ていない技術なのだ。
何故なら、記憶をクローン体に移植して、疑似的な永遠の命を得る手段に繋がりかねない点。洗脳に悪用できる点。等々、重大な倫理規定に触れてしまうため、国際的に禁じられている。
もしかしてそれも遺産の一つとして、ラインナップにあるのかもしれないが、そんな危険物をもらっても扱いが難しそうだ。
悪党ならうまく犯罪に使いこなすだろうが、善良な一般人だったら、即座に国に供出して潔白を訴えるか、逆になかったことにして墓までもっていくかしかないのではないだろうか?
――価値の高い技術ばかりとはいえ、意外と当たりはずれは大きいようだ。