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要請

「まあ、よく分からないけど、自由になるならどうでもいいわ」

「そうだな」


 ソファーの方からほっとしたやり取りが聞こえ、各々が立ち上がる。


「はははっ、やった。もう動けるのか。じゃあ、早速行くぞ、ヴィクトール」

「ああ、親父」


 レオン親子が、真っ先にドアに足を向けようとする。


 その直後、耳に突き刺さるような甲高いサイレンが部屋に鳴り響いた。


「!!?」


 警察の警告音だ。

 この国の国民なら、これが聞こえたらまずフリーズ。警察は110番というくらい、子供でも知っている常識だ。


 みんな立ち止まって、音源に注目する。

 僕も思わず目を丸くして、隣のアルフォンス君に視線を送った。


 アルフォンス君は一同の視線を集めてから、一歩進み出た。


「皆さん注目してください。もう少し落ち着いてからの予定でしたが、ホールからの解放が想定より早かったので、今通告します。俺は条件付きですが警察官としての職務権限を持って、この場にいます。何らかの事案が生じた場合、現場判断の全権を任されています。今後必要に応じていくつかの要請を皆さんに出すことがあるので、その際は速やかに従ってください」


 アルフォンス君が、何やら令状らしきものを、ブレスレットからホログラムで提示しながら、宣言した。


 よく見たら、腕にはブレスレット端末が二つ付いている。

 僕も持っている個人用と、彼の職場から支給されている警察バッジならぬ警察ブレスレットらしい。いわゆる二台持ちというやつか。さすがはエリートだ。


「これは警察からの正式な要請です。無視した場合、その場で逮捕・拘束、または外に出てから公務執行妨害その他で立件されることになります」


 ざわつく親戚の反応を無視して淡々と告げる。

 この抜き打ちのような宣言は初耳なので、僕も少々驚いた。


 しかし納得もする。

 なるほど、よく考えれば当然のことだった。

 警察サイドとしては、ただ一人の身内を、有効利用しない手はない。唯一現場に立ち入れる公僕であるアルフォンス君に特別任務を負わせていたわけか。とすればおそらく国や軍とも協調関係にあるのだろう。


 この場でいきなりガツンとやる戦法というのも、なかなか効果的かもしれない。親戚だけだとなあなあになりがちなことも、警察の目があるとはっきり意識させれば、治安維持の上で有効な抑止力になる。


 等しく一同を見回すアルフォンス君は、僕と目が合った一瞬だけ、申し訳なさそうな気配を漂わせた。


 気にするなと、微笑で頷いて見せる。

 同士である僕にも黙っていたことに後ろめたさがあるようだが、職務上の秘密をべらべらと同居人に話す警察官の方がよっぽど心配になるというものだ。大体秘密や嘘に関して、嘘つきの僕に責める権利などない。

 できる限りの協力はするし、己に課せられた任務をしっかりと果たせばいいと思う。


「くそっ、不意打ちかよ!」


 レオンが忌々しげに吐き捨てる。

 こういった輩がいるから、機動城入館後の突然の宣言なのだろう。


 アルフォンス君による警察権限の介入を事前に通達していた場合、マスコミや世論を使って足を引っ張られていた可能性が高そうだ。


 実際、相続人候補の一人にだけ、何らかの権限を持たせるのは、公平性の観点からいくらでも横やりの入れようがある。

 ただでさえ候補者の一人一人に、思惑を持った勢力やスポンサーなどが付いていないのは、そういう圧力が多方面から絡み合っている結果なのだ。


 現状でも、もしかしたら警察のこのやり方は、やったもの勝ちに近い結構なグレーゾーンなのかもしれない。


「まあ、警察官がいるってのは、心強くていいじゃないか」


 最年長のベルトランが、公権力からの掣肘を受けることにイラつく甥をたしなめ、一族を代表するようにアルフォンス君に向き直る。


「で、具体的にどんな要請をするんだ、アルフォンス?」

「先ほども言いましたが、必要性が生じた場合のみ、その都度権限が生じるといった形です。条件付きの限定的なものなので、基本的に通常はみんなと立場はさほど変わらないと思ってもらって結構です。今出したい要請は、事件現場であるサロンと図書室への出入りを、俺が許可を出すまでは禁じるということです」


 その発言の意味を理解し、数秒の沈黙が下りる。レオンの舌打ちだけが響いた。


 それも言われてみればごもっとも。

 確かに公的には十五年前の事件は解決済みとはいえ、現場検証等はまったくなされていないのだ。

 被害者は機動城に残されたままと推定されている以上、まず最低でも、遺体の確認は必須だろう。

 そして何者かの介入がない限り、普通であればどう考えても白骨死体がそこに残っているわけで、そんな現場に不用意に一般人の立ち入りを許可できるものではない。


「アル! 中には入らないから一緒に行かせて! ドアの外から見るだけでいいから!」


 アデライドが真っ先に訴えた。このホールから解放されたら、真っ先に駆け付けるつもりだったのだろう。せめて弟の亡骸を見付けるために。


 僕もそう考えていたからよく分かる。

 家族を探すことも、重要な目的の一つだ。


「それは構いません。これからまずサロンへ行くので、他にも希望者がいればどうぞ」

「俺も行くわ。図書室も寄るんだろ?」


 真っ先に名乗りを上げたのは、クロードだった。彼の父親だけは、殺害場所が違っている。気心の知れた従兄に、アルフォンス君も頷く。


「私達は遠慮しておくわ。正直関わりたくもない」

「そうね。子供達もいるし、まずは部屋に行きたいわ」

「ええ~~~~っ!?」


 イネスとキトリー母娘は、少々不満そうな双子を抑え、同行を避けることにした。


「私もやめておくわ」

「僕もパス。殺人現場なんてちょっと無理。おじいちゃん、お母さんに付いて行ってくれる?」


 ベレニスとジュリアンも同じく拒否。


「もちろんそのつもりだ。ラウルを見付けて弔ってやらないとだからな。ジュリアンはおばさん達に付いていきなさい」


 ベルトランは孫を妹達に任せて、自身は娘のアデライドと行動を共にするという。


 レオン親子は特に答えなかったが、どうやらアルフォンス君に付いてサロンに向かうつもりのようだ。

 もちろん僕もそちら側だ。


「それでは同行しない人は、ひとまず割り当てられた客室で、指示が出るまで待機していてください」

「何よ、結局また待機なの? 場所が変わるだけじゃない」


 イネスがぼやいたものの、同行拒否派一行はアルフォンス君の要請に従い、数体のテディベアの案内の元、客室へと向かった。

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