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解放

 咄嗟に、周囲に視線を走らせた。

 もう誰も彼もが怪しく見えてくる。つぶらな瞳で僕を見ている隣のクマ君すら怪しく見えてしまうのだから重症だ。


 特別変わった行動をしている様子の人間は確認できない。抑えてはいるつもりだが、何なら僕が一番挙動が怪しいかもしれないくらいだ。


「コーキさん?」


 いつものように短時間だが完全に自分の世界に没入していたところで、アルフォンス君に声をかけられて、さすがにタイムオーバーかと観念した。


 彼は僕の変化に目敏い。動揺を見抜かれてはいけない。

 離れた場所で部屋を探っているレオン親子も、こちらに目を向けた。

 

 像の前に長居して、他の参加者の不審を買っては元も子もない。情報は大きな武器。このアドバンテージは少しでも守るべきだ。

 ゲームマスター探しも後回しか。


「失礼。つい懐かしさに浸ってしまいました。まだこちらに来てたったの半年なんですけどね」


 目新しい発見など何も見つからなかったかのような素知らぬ顔で、僕はアルフォンス君と次の展示物へと足を進めた。


 台座の点滅した瞬間もカメラには映っているはずだから、せめてどのゲームが選ばれたかの確認だけは、隙を見て早めにやっておこう。最大限こっそりと。


 というのも、撮影をしているのは、なにも僕だけではないのだ。

 遺産に野心を燃やすレオン親子や、建築の仕事の参考にしたいクロード、単純に観光気分の双子達。そしてもちろんアルフォンス君も。


 探索中の人間はみんな、持ち出せる可能性は低くとも、とりあえず目に映るものの記録だけはしている。

 落ち着いてから後で映像確認をした時、映り込んだ台座の模様に注目しないとは限らないのだ。


 更に言えば、アルフォンス君は勉強中だったこともあって、英語辞書や翻訳ソフトのデータを持参している。

 イネスの発言で分かる通り十五年前の不便さの経験から、おそらく他の一族の中にも同様の持ち込みをしている者は複数名いるはずだ。

 さすがにアルフォンス君のように、英会話まで学習してしまうのはやりすぎかもしれないが、事前情報の皆無だった前回と違って、みんなそれなりの準備はしてきているのだ。

 少しでも像への気を引くような行動は控えなければならない。


 それにしても、やはりゲームマスターの存在が不気味だ。


 ここにいる誰かが、僕同様ゲームの選択肢に気が付いて選んだのか。あるいは信じがたい偶然や行動が重なって、たまたま知らずに決定がなされてしまったのか。それともやはり運営側が、元々の計画通りに進行をした結果というだけか。


 ともかく今、この情報が僕だけに独占されている保証などどこにもないのだと心に留めておこう。

 メッセージの解読は非常に困難だというだけで、決して不可能ではないのだ。


 そこでふと気付いた。


 だからこその、極端な変形文字か――。


 機械翻訳とは杓子定規なものだ。ましてや自己判断能力に制限がかけられた現在のAIではなおさら。

 こんな基本の形から大きく外れた装飾的なフォントでは、データ自体が存在しないため、カメラで写し取った文字そのままでの解読ができない。

 ネットと遮断されていては、外部頼みでの分析にもかけられない。


 自身で英語を理解している人間だけが、読める可能性を持つのだ。


 ――これもまた、軍曹からの強烈なメッセージということか。


 この世界でネイティブが存在しない、読める者が極めて限定されている英語という異世界言語。その上に、異常に判別しにくい書体。

 そんな文字での解説を用意した軍曹の明確な意図。


 読めるものなら読んでみろ。読めないならそれまでだと――。


 挑戦というよりは、やはり悪意だと思う。さらっとしか目を通せていない現状ですらうっすら推し量れるゲーム内容には、命にすら関わってくる悪質なものがいくつもあるのだから。


 まったく、考えることが多すぎて時間が足りない。まだ始まったばかりなのに。


 数歩進んだ僕達の足は、予期せぬ事態に途中で止まった。


 これまで置物のように定位置にいた残りのテディベアが、他の六体とともに一斉に動き始めたのだ。僕の傍にいた執事クマ君も。

 先程までは命令以外で動かなかった家事ロボット達が、まるで突然自らの意志を持ったかのようだ。


 ホラーものではありがちな素材だが、滑稽なピエロも可愛らしい人形も人間に忠実なコンピュータも親切すぎる隣人も、シチュエーション次第では掛け値なしの恐怖となる。

 まさにそんな類の不気味さを感じ取っているのは、この場では僕だけなのだろうか。


 彼らは固く閉ざされていたはずの大扉へと集結し、大きく開くと、花道を作るように左右に別れて整列した。

 それぞれにおとぎ話じみた衣装をまとった十三体のテディベアがズラリと居並ぶさまは、お遊戯のように可愛らしく舞台のように非現実的だ。


「皆様、お待たせいたしました。ようこそ、ジェイソン・ヒギンズの館へ」


 何事かと動揺する我々一同に向けて、可愛い合成音声で、初めて僕達への歓迎の口上が向けられた。

 どの個体からの声かはよく分からなかったが、左側の誰かだ。多分執事クマ君かな?

 このシリーズはスピーカーが口の中に仕込んであるので、実際にしゃべっているように見えるのが密かなお気に入りポイントだ。自宅で留守を守っているうちのクマ君も、定型の返事だけだがきちんとしゃべる。軍曹の芸の細かさが光る逸品と言える。


「ただいまお迎えする準備が整いました。これより全ての扉が解放されますので、ご自由にお過ごしください。まずは各自のお部屋へとご案内いたします」


 きっちり三時間も待たされた前回と違い、一時間ちょっとでの解放に、場が少々騒めく。

 この中途半端になった待機時間の意味が分かっているのは、きっと僕と、本当にいるならばゲームマスターだけなのかもしれない。


 やはり、ゲームは先程決定されていたと断定していいだろう。すでに選択がなされ、いわゆるシンキングタイムは終了したのだ。


 これからが、遺産と命を懸けたゲームの本番だ。

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