選択
それにしても、初っ端から謎の回答が入り口に提示されているというのは、ミステリー小説だったらどうなんだと突っ込みたいところだ。いや、現実に自分に降りかかるなら、これほどありがたいこともないのだが。
この謎だらけの遺産相続事案は、謎解きですらなかった。
例えるなら、ただ軍曹の想いを、なぞるためのオリエンテーリングのようなものなのだろうか。
その先に、遺産というゴールがある。
だが僕が欲しいのは遺産ではなく、十五年前の事件の真実だ。その答えまでは、さすがに書かれているはずもない。
自力で掴まなければならない謎の答えも、依然として残されている。むしろそちらが本命だ。
だがそれを紐解く一端となるだろうか、謎だった相続人の選定方法についても、ここにしっかりと明記されているようだ。
まさに真正面の一面を使って。
単なる鑑賞を装って、念のため像の周りをぐるりと一周した。万能ブレスレットで、台座の見える部分を余さず撮影しておく。
今すぐ怪しまれず全文に目を通すのは、どう考えても不可能だ。あとで一人になった時にじっくりと読むしかない。
データは屋敷の外には持ち出せないが、ここに滞在している間だけは普通に記録の確認ができることは、前回証明されている。
他に何があるか分からないし、もう常時動画機能をオンにしておいていいかもしれない。盗撮になるだろうかなどと良識を働かせている場合ではない。
この情報は、少なくとも現時点では僕だけのもの。可能な限り誰にも渡すつもりはない。
ただ、しっかり読み込むのは後回しとしても、この正面の情報――相続人の選定方法だけは、今すぐ把握する必要があるように思えた。
何故なら、冒頭からいきなり見逃せない文言があるのだ。
『 Game List』と。
更に焦燥感を呼ぶのが、その右隣りにある3桁の数字。しかも固定ではない。さっき122が121に変わるのを見た。
すぐ下の行にはゲームらしきタイトルが、ズラリと箇条書きで並んでいる。
思わず、乾いた笑いが出そうになるのを堪えた。
これこそが、相続人の選定方法。
指示は初めからきちんと出されていた。ただ誰も気が付かなかっただけで。
そしてゲームの勝者が、人知を超えた遺産を手に入れることができるのだ。
均等に別けられるか、大きく差が付くか、一人の総取りになるか、誰が参加し、何人が脱落するか――全てはゲームの内容や結果次第。
今現在強いられている待機時間すら、重要な意味があった。
これからの五日間の流れを決めるための――あるいは理解するための、貴重な三時間だったのだ。
その証拠のように、今は121となっていた三桁の数字は一分後、120になった。
と同時に、振り子時計がまたボーンと、十三時を示す音を鳴らし始めた。
カウントダウンだ。一分ごとに、一づつ減っていく。あと二時間でお前達の命運が決まると、宣告されたかのようだ。
前回は、誰も何も気が付かないまま、漫然と三時間をやり過ごし、決定権や情報入手のチャンスを逃してしまった。
結果、リストの一番下にある『選択肢から選ばなかった場合』――というデフォルトのルールに則ったゲームが、自動で始まったのだと思われる。
ゲームが存在し、ルールがあることすら誰も知らないままで――。
おそらくはそれが、十五年前の目も当てられない惨劇が引き起こされた要因なのだろう。
では今回、そんな事態を繰り返させないためには、どうすればいいのか。
逸る心で、読みにくい文字に必死で目を走らせる。
ゲームリストとある以上、全部のゲームが行われるわけではないだろう。
複数なのか、それとも、どれか一つだけが選ばれるのか?
その基準は? 運営側がランダムになのか、こちらで選べるのか? だったら選ぶにはどうすればいい?
それとも単純にメニュー表のようなもので、ただの公示に過ぎないのか?
速読は得意な方だが、なかなか捗らない中で目に留まったのは、『Game Master』の単語。
『ゲームを選んだ者が、ゲームマスターとなる』との一文が、はっきり記されていた。
どくんと、鼓動が跳ね上がる。
自分で有利になるゲームを選べるのか? その上ゲームの主導権すらも握れる立場? それは僕でもいいということか?
ゲームマスターとやらになれば、今後の展開を有利にコントロールできるかもしれない。マスターというくらいだから、少なくともヒラよりはマシだろう。遺産はどうでもいいが、何者かにコントロールされる立場など願い下げだ。身の危険に関わることならなおさらに。
もしなれなかったとしても、どのゲームが行われるのか、そのルールを事前にどれだけ正確に把握できているか――それは自衛の上での重要課題となる。
どのゲームが、どうなる? 何が起こる?
一応個々のゲーム内容に関する具体的な補足もあるにはあるが、タイトルと違って文字も文章も細かすぎる。
家電製品の取扱説明書のように目が滑ってもどかしい。
だが、この場での熟読は最初から諦めているものの、ゲームタイトルだけでも、ある程度の内容や結果の見当くらいなら付きそうな気がした。
というのも、小説や映画のタイトルをそのまま使ったものがいくつかあるからだ。僕から見たら大分古いが、有名作ならそれなりに記憶に残っている。
ただ、どうにもまともそうな感じがしない。むしろ禍々しさを露骨に醸し出してさえいる。
『And Then There Were None(そして誰もいなくなった)』なんて、多分絶対にダメなやつだ。あと『The Towering Inferno』もシャレにならない。世間で大炎上も嫌だが、物理的な大炎上など断じて御免被りたい。
映画繋がりで唐突に思い出したが、そういえばこの屋敷は見かけも雰囲気も、『シャイニング』の不気味な舞台を彷彿とさせる。亡霊が彷徨う恐怖のホテルに放り込まれてしまったかのようだ。僕は推理物は好きだがホラーは苦手なのだ。
だが非常に遺憾なことに、非合理的かつ理不尽な現状は、明らかに後者の方が近いと感じる。
今生きている人間が、軍曹と言う亡霊に踊らされている点でも。
と、いやいや、さすがに今は脱線している場合じゃない。
どれなら、僕らは無事に切り抜けられる目がある? 自力で対応可能なものはあるのだろうか?
しかし、そもそもどうやったら選択できるのか? タッチパネル? タイトルを触ったら決定できるとか? それともこれはただの掲示板で、他にコントロールパネルのようなものがあるんだろうか? もし音声入力だったら、周りにバレずに決定するのは不可能じゃないか。展示物に触れるのはマナー違反で目立つかもしれないが、非常識を装って、思い切って触ってみるか?
無意識に、手が前に伸びかける。
おっと危ない。カムフラージュのように隣に侍っているクマ君の頭をなでながら、思考を巡らす。
ああ、もしこの中から、僕が選ぶなら――。
その時、隙間なくビッシリと並ぶタイトルリストのうちの一つが、一度だけ点滅した。
「――――」
気のせい?
いや、見間違いじゃない。
なぜなら、今まで読めていたはずの文字が、ガラリと様変わりしているのだ。
今や完全に文字ではなくなっていた。
誰の目にも留まらないほど密やかに。それこそ瞬きの間に。
文字と認識していた僕以外には見分けられないほど微妙で自然な変化で、ただの幾何学模様へと形を変えていた。
台座五面をびっしりと埋めていた文章を確認することは、もうできない。
背筋がひやりとする。
――まさか、今、ゲームが選ばれたのか?
ゲームが選ばれたから、選択肢のリストやその他の情報が削除されたということか……?
誰かに先を越された? 僕が今、選ぼうとしたから?
僕の他にも、からくりに気が付いた者がいる――?
得体のしれない何者かの視線を幻視し、思わず立ちすくんだ。