発見
「子供の頃に来た時も思いましたが、なんというか、不思議な異国情緒に溢れてますよね。これは、ジェイソン出身のアメリカ様式だったんですね」
「そうですね。僕から見ると、レトロなアメリカンスタイルの豪邸といった印象です。調べた限りでは突然現れた印象がありますが、ここは本来、ジェイソン氏が故郷を偲ぶためのマイホームだったのかもしれませんね」
「それにしては、あまりに豪邸過ぎる気がしますけど」
「確かに」
今僕達が住んでいる一般的な一軒家ですら、きっとアルフォンス君一人だった時には心理的にも広すぎただろう。仮に人知れず建てていたこの屋敷で寛ごうとしても、かえって孤独感が増しそうなものだ。
ちなみにこの半年近く、英語を学習してきたアルフォンス君は、すでに簡単な日常会話くらいならこなせるようになっており、アメリカやそれにまつわる知識も多少なりとも持っている。
僕は何らかの手掛かりを求めて、再びぐるりとホール全体を見回してみた。
アルグランジュの建築様式はモダンかつ合理的。建築も家具も建具も、設計全般が何たら工学に基づいて――といった具合で、シンプルで利用しすいがオフィスのように情味に欠ける。
ここは正反対に、無駄が多い分ノスタルジックでもあり、古い映画で見たような古き良きアメリカの家庭的な趣がある。
軍曹はこんなに広大な空間で一人、無機物だけに囲まれて何を思っていたのだろう?
どんなつもりで、あるいはどんな思いで故郷の様式の屋敷を再現したのか。それは、意味不明な一連の遺産相続人の選定会ありきでのことか。それとも、単に隠れ家的なマイホームに過ぎなかったこの屋敷を、あとから選定会に利用することにしたのか。
軍曹の思惑に思いを馳せながら美術品の並ぶ壁の方へと歩いて行った。
美術品と言うには異様な、変に悪目立ちしている像の前で、自然に足が止まった。
アルフォンス君が、奇妙なものを見るような視線を向ける。
「十五年前のことなので、かなり記憶もおぼろげですが、この不気味な像はなんとなく覚えてます」
筋肉の盛り上がった人間と獣の中間と思える体に、悪魔のような角と翼。この場を険しい目で睥睨する像を見上げる。
ファンタジーやゲームなども一通り知識のある僕は、それが何かも知っていた。
「ああ、これはガーゴイルという、空想の怪物ですね。魔除けだとも言われてますが、物語のお約束ではガーゴイルの石像が動き出して、侵入者を排除するため攻撃してきたりするんですよ」
僕の解説に、アルフォンス君が眉をしかめる。
「ちょっと、この状況でいやなこと言わないでくださいよ。まあ、少なくとも十五年前は特に襲われたりしてませんけど」
それから警戒するようにまじまじと像の顔を見つめた。
「――この顔……妙にリアルですけど、モデルとかいるんでしょうかね?」
アルフォンス君の何気ない感想に、僕も視線がつられる。
ガーゴイル像の顔には、獣や悪魔など様々な造形があるだろうが、なるほど、確かにこれは人間の顔タイプらしい。
「さあ、どうでしょうか? 普通は架空のものなんでしょうが」
「何というか――はっきり言って悪趣味ですね。あちらの魔除けはそういうものなんでしょうか」
確かに、侵入者の僕達を迎えるガーゴイルというのも、随分と暗示めいている。何らかの意味はあるのだろう。
しかも全体的に見た感じ、これはなんとも違和感を覚える像なのだ。
アルグランジュ人にしてみれば、珍しいものだらけだから、これも“こういうもの”程度の認識なのだろうが、向こうの世界で実物を知っている僕からすると、実に奇妙に思える。
像自体は、まあありがちな造形といえる。
おかしいのは像を乗せている台座の方だ。形自体はシンプルな六面体。ただ目に見える五面全てが、細かい幾何学模様に彩られている。
どうかすると主役のガーゴイルを食ってしまうほどに目立っていて不自然だ。こんなに台座を主張させてどうするのだ。
「物語の別のパターンだと、台座が動いて地下へ続く秘密の階段が――なんてのもよくあるんですけどね」
この屋敷なら十分あり得るなと思いながら、何とはなしに観察する。
そして、はっとあることに気が付き――思わず言葉を失った。
食い入るように、像ではなく台座全体を見つめる。
そこに予想外のものが、浮かび上がるように僕の目に映り始めた。
いや、それは初めからずっと変わらずにあり続けた。おそらくは十五年前にも。
目の前が啓けたように、突然僕に理解ができただけだ。
――なんてことだ。
まさか全部、ここに記されているのか? 暗号ですらない、普通の文章で。
唖然としながら、改めて視線を上げて像の顔を注視してみれば、その造形は三十代ほどの白人男性のように見えた。
そうか――これは、本来の軍曹だ。チェンジリング以前のジェイソン・ヒギンズ軍曹。
このガーゴイルは、美術品の中に紛れ込ませた、軍曹の肖像なのだ。
ジェイソン・ヒギンズという人間を読み解くための、自画像。
それが玄関ホールで、真っ先に僕達を出迎えていた。すべての答えを引っ提げて。
予想外の事態に内心呆気にとられながら、そういえば日本人にだけ読めないフォントというのがあったな、なんてどうでもいいことをふと思い出した。
たとえばXがメ、Eがモ、Zが乙などに思考が誘導されてしまうようなデザインだ。どうしても馴染み深いカタカナや漢字に発想が引っ張られてしまって、アルファベットに置き換えられないのだ。
これも、ただの模様としか思っていない間は、たとえアルファベットを知っていても気が付くのは難しいだろう。
閃きクイズのようなもので、一度「あっ」となればあとは簡単だが、閃かない限りは永遠に答えが分からない。
これは、まさにその類のものだ。
まださらっと目に入った部分だけの理解だが、疑問の多くの答えが、おそらくここに書き記されている。
ちらりとアルフォンス君を見るが、やはり気がついてはいないようだ。
彼の学習速度は確かに素晴らしかったが、いかんせん一種類のフォントにしか触れた経験がない。ここまで模様を偽装したデザイン化がされていては、アルファベットと繋がらないのも無理はない。