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様子見

 とにかく先決すべき問題に話を戻すべく、反論してみた。


「そうでしょうか? 犯人が捕まったとおっしゃいましたが、目撃証言以外まともな証拠もないのに、どうしてマリオンさんの単独犯だと断定できるのです? 少なくともラウルさん以外の証拠は出ていませんよ」


 その肝心のラウル殺害の証拠映像すら怪しいものだが、とまでは口に出さないが、挑発としては十分だろう。


「あら、私が嘘をついてるとでもいうの?」


 自分の目撃証言を疑われたぶっちゃけおばさんイネスが、カチンと来たように僕を睨む。


「私は間違いなく、マリオンがサロンで三人を殺したところを見てるわよ。でなきゃ証言なんてしないわよ。嘘発見器でだって偽証がないことははっきりしてるわ。確かにクロヴィスに関しては知らないけどね。そっちはクロードが見つけたんだから」


 その態度には、後ろめたさのようなものはまったく読み取れない。実に堂々としたものだ。


 なるほどと、一つ納得した。そもそも偽証でないと公的機関に確認されている時点で、少なくともイネス本人は、それを真実だと疑いなく信じているということだ。

 事実であるかは別として。


 その上で、僕は重ねて否定する。


「いえ。もはや、そういう次元の話ではないと思っていますよ。イネスさんの証言がどうこうというのではなく――問題の根本は、この機動城の特殊性なのではないかと。――それについては、今ここでどう言葉を弄そうとも無意味でしょうね。もしそうなら、いずれ分かってくることなんでしょう」


 この五日間のうちに。

 これも想像ばかりで、推理ではどうにもならない部分だ。どんな理不尽も起こり得る世界なのだから。

 ただ自分のできる範囲で、何が起こっても対処できるように準備だけして、あとは事態が動いてくれるのを待つしかないと思っている。


 そんな僕に、今度は別の女性がケンカ腰に割って入ってきた。弟のラウルを殺されたアデライドだ。 


「なんなのよ、あんた、部外者の癖にさっきからもったいぶるようなことばかり言って、結局何も分かってなんてないんじゃない。それなのにイネスおばさんの証言を疑うようなこと言って。無関係だというならずっと大人しく黙ってたらどうなの。生意気に知った風な口ばかりきいて」


 僕をチェンジリングだと受け入れてもなお、反感を隠す気はないようだ。疑いがどうしても消せないのか、今更引っ込みがつかないだけなのか。

 左右にいる父と息子は、また突っかかる様子におろおろとしている。


 僕の隣のアルフォンス君は、僕が一族の反応を引き出すために意図的に波紋を投げかけたのを理解している。黙ったまま各人の表情を漏らさず観察していた。


 僕としても、被害者遺族の感情的な言動に別段の苛立ちはない。しかし無駄に甘んじて受け入れる筋合いもないので、言うべきことは言っておこう。


「無関係だからこそ、第三者の視点で物を言えるというものです。それから生意気とおっしゃいましたが、元の僕はそちらのイネスさんと同い年です。精神年齢ならあなたの親世代ですよ。見た目通りの小娘と思われるのは心外です」

「ええ、おばあちゃんと同じ年なの!?」


 今まで黙って大人達の会話を聞いていた少女が、驚きの声を上げる。

 イネスの孫は、男女の双子だ。最年少の十三歳で、ここにいる血族の中で、この場所が初めてなのはこの二人だけとなる。

 口を挟んだのは、妹のルネの方だ。


「そうですよ。ちなみに男性でした」

「ええ~~~っ」


 この情報公開で、場が一斉にお約束通りの驚きに包まれる。まさに鉄板のネタというやつだろうか。

 基本的に僕のプライバシーの詳細は非公開情報なので、生の反応はなかなか見る機会がない。

 チェンジリングの対象は性質が似た者同士――マリオンの中身が年嵩の男性というのは、やはり一般常識から相当かけ離れたものなのだと、改めて伝わってくる。


 ちらりと見ると、僕にときめいていたらしいジュリアンがショックを受けた表情で固まっていた。

 そうだよ、実はそこにいる君のおじいさんと大差ないのだよ。傷が浅いうちでよかったと思いたまえ。アルフォンス君のように全部承知の上で深みにはまってしまってはいろいろと取り返しがつかない。


「ジェイソンとは別の意味で、規格外なチェンジリングですな。年齢どころか、性別まで違っているとは」


 ベルトランが感心したように呟いた。

 軍曹の真実を知っている僕としては、別の意味どころか、むしろ驚くほどの同類なのだがと密かに思う。


「だからさっきから()とか言ってたのね。変わり者しかいないチェンジリング特有の痛いキャラ付けなのかと思ってたわ」


 またイネスが、忌憚なく失礼な感想を漏らした。


「僕の言動や立ち居振る舞いは、今回のチェンジリング現象以前からのものですよ。特に変えていませんので」

「……本当に、マリオンじゃないのね……」


 ずっと警戒するように無言で僕を見ていたキトリーが、まだ信じられないといった表情で初めて口を開いた。おしゃべりおばさんイネスの娘だ。


 若い頃はいわゆるギャルとでも分類すればいいのか、とにかく無責任無分別で奔放な時期もあったが、事件後結婚して双子の母になってからは大分落ち着いたらしい。今回はサラリーマンの夫を外に残して、親子三代での参加となる。

 確かに見たところ、現在は平凡なお母さんといったところだ。

 ただ、僕に――というか、従妹のマリオンに対する怯えのような色が、当初からうっすらと見えていた。


「お母さんまで何言ってるの? この半年の『クルス・コーキ』の仕事を知ってたら、チェンジリング以外ありえないじゃない」


 ルネが呆れたように母親を見てから、再び屈託のない笑顔で僕に話しかけてきた。


「私、ルネよ。音楽が趣味なの。あなたの音楽、すごく好きよ。たくさん買ったし、ここでも聴くつもりで持ち込んでるの。会えて嬉しいわ」

「こちらこそ光栄です、ルネさん。コーキと呼んでください」


 素直に喜びを口にする少女に、僕も笑顔で答える。

 基本的に、必要最低限の人にしか関わっていないので、僕のファンと直接会ったのは初めてだ。それがこんな可愛い女の子なら、いくら僕だって愛想も良くなるというものだ。


 それにしてもやはり、年若い子ほど僕への先入観は薄いようだ。中年以上の世代と違って、昔のマリオンの面影に引きずられる余地がないため、目の前の僕自身を評価して接してくれる。

 大人達の反応など気にせず、ルネは人懐っこく話を続ける。


「こっちに来る前も音楽の仕事をしてたの?」

「いえ、前の世界ではお医者さんでした。今は悠々自適に趣味三昧の生活をしていますよ。向こうの世界で好きだったクラシック音楽と推理小説に埋もれて、実に気ままなものです」


 僕と少女の会話に、今度は双子の兄も楽しそうに参加してきた。


「僕は小説の方のファンなんだ。あなたの作品は全部読んでるよ」

「ふふふ。君はギー君ですね。ありがとうございます」


 僕の作品ではないのだけど、と内心で訂正しつつ、素直にお礼を言う。

 ギーはワクワクが抑えきれない表情で口を開いた。


「ねえ、なんだかこの巨大な密室のシチュエーションって、『オリエント急行の殺人』みたいだよね」


 面白がってすらいる無邪気な問題発言に、実際に殺人事件に遭遇した大人達の表情にさっと苦いものが浮かぶ。


「ギー君。そういうのを僕が前にいた世界では、フラグと言うのですよ。縁起も気分もいいものではないので、気を付けましょう」


 飾らない感想に思わず苦笑しながら、他の大人に怒られる前にたしなめた。


「は~い。ごめんなさい……」


 周囲の穏やかでない顔つきに気付いた彼は、素直に謝った。


 まあ、生まれる前に起こった事件を、子供に気にかけろと言うのも、土台無理な話というものだ。まして世間的にはすでに解決済みともなれば。

 まだ本当に終わってしまったものでは、まったくないのだけれども。


 馬鹿ねえ、うるさい、などとじゃれ合っている兄妹を、穏やかな気分で眺める。僕は子供好きだ。前職も子供相手のものだったくらいには。


 しかし、微笑ましいばかりではいられない。

 この楽しそうな子供達の笑顔も、五日間の間に陰ってしまう時が来るのだろうか。

 十五年前のアルフォンス君のように。


 ふとそんなことを思いついてしまうと、少々胸につかえるものがある。

 事件を本当に解決することは、この場の誰にとっても幸せな結末をもたらすものではない。犯人でも被害者でも家族はいて、ましてやここにいる全員が血縁。

 ジェイソン・ヒギンズの招待を受けた時点で、どんな結果になっても、更なる禍根を残す未来は規定路線なのだ。


 だが、それは真犯人への追及の手を緩める理由にはならない。

 誰が悲しむことになるとしても、事実は事実として、白日の下に晒す以外の選択肢はない。『オリエント~』のように、真犯人が見逃される温い着地などありえないのだ。

 そのために、僕はここに乗り込んだのだから。

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