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対面

「先程は、娘が失礼をしました」


 移動した全員がソファーに落ち着いてから、ベルトランが場を仕切り直すように発言した。僕を弟の仇扱いしたアデライドの暴言を詫びてくる。


「理解はできますよ」


 肝心の当人がいまだ斜め向かいの席から睨んだままなので、安易に構わないとは答えられないが、特に気にしてもいないので軽く応じる。

 ベルトランは現在進行形で態度の悪い娘をもう一度たしなめてから、空気を換えようと話題を転じた。


「ああ、自己紹介がまだでしたね。長兄のベルトランです。あなたのことはニュースで存じてますよ。クルスさん。――実は処刑場でもお見かけはしているのですが」


 改めて挨拶をされた。最後の一言は控えめに付け足して。混乱状況で僕はアルフォンス君しか覚えていなかったが、僕のチェンジリングの際には当然複数の親族が居合わせていた。彼もその一人だ。


「これはご丁寧に。クルス・コーキです。僕も皆さんのことは事前に確認していますので、自己紹介などは省いてもらって結構ですよ」

「あら、事前調査も万全なんて、あなたも遺産を分捕る気満々ってわけ? 」


 そこに口を挟んできたのは次女のイネスだ。


「スケールは小さくたって、まがりなりにもあなただってチェンジリングでしょ。これからいくらでも稼げるでしょうに。キングの遺産はそれだけ魅力があるってことかしらね」


 悪気はないが遠慮する気もない態度で、呆れたように笑った。

 僕は穏やかさは崩さないまま、しかしはっきりと否定する。


「いいえ、ありていに言えば、自衛のためですよ。事件のあった場所に、その関係者が揃うのです。警戒して当然でしょう。本来僕には関係のないことに巻き込まれているわけですからね」


 決して無知でも不用心でもないと初めからアピールしておく。

 僕達の目的は、あくまでも事件の真相の解明。交友関係を深めるつもりもないのだから、関係性はそこそこで十分だ。仲良くなるよりもまずは情報収集に努めたい。


 実はこのイネス、一族の中でマスコミの炎上を食らったトップランカーだったりする。それだけに十分懲りて、外では一言も口を開かないで我慢していたのだろう。

 その分、報道の目から離れて、ようやく封印解禁といったところだ。初対面となる僕にも、特に気にせず歯に衣着せぬ物言いだ。


 とはいえ僕としても、感情が読めない相手より、イネスのように軽率なくらいずけずけと言ってくれる相手の方が遥かに扱いやすいし、安心感すらある。


 というか、昔の僕がこのタイプに近かったのだ。つい言わなくてもいい一言を言ってしまうという意味で。


 思い起こせば、僕には余計な一言での失敗が数多くある。中でも一番に浮かぶのは、ずいぶん昔になるが高校生の時の一幕だろうか。四階の僕のクラスの教室の窓からは、特に目を引く非常に印象的な建造物が遠くに見えていた。「将来はああいうなんかすごい感じのビルで働きたい」と無邪気に語ったのは級友の高山さん。こんなに離れていてもひときわ映える独特の重厚感に勘違いするのも無理はないのだけれど、高山さん。あれは東京拘置所だよ。確かに公務員は立派な職だけれど、君が目指しているのは多分刑務官の類ではないよね。ましてやリアルな意味でのお勤めなど以ての外だ。知らなかった彼女に、親切のつもりで教えただけだったが、周囲から笑いが起こったことでいらぬ恥をかかせてしまったことに気が付いた。事実であっても、言う場所や言い方があった。なんならただ相槌を打つだけで穏便に終わったはずだったのに。どうにも僕には言わなくていいことを口に出してしまう悪癖があると改めて自覚した。

 度々そういったやらかしと反省点を重ねてきて、やがて僕は他愛ない勘違いなどの指摘は控えるスルー力を養っていった。いや結局、頭の中では相変わらずツッコんでいるわけだから、スルー力はあまり成長していないのかもしれないが、ともかく口に出す頻度はかなり抑えてきた。

 しかし自身の性質を把握した上で周囲との摩擦を減らすためには仕方ないとはいえ、やはり教えてやった方がいいのかどうかの判断は今でも迷うところだ。

 たとえば以前、僕の担当患者だったおしゃまな茉莉花ちゃん。オシャレが大好きで、退院したら最前列で東京ガールズコレクションを見るんだと雑誌を手に熱く夢を語っていたのだが、茉莉花ちゃん。正しくはTGCだよ。TKGは卵かけご飯だ。食べる時は漏れなく最前列だ。それ以前に主治医として、卵アレルギーの君にTKGは許可できない。

 はたして僕はあの時、ちょっとした勘違いを指摘してあげた方がよかったのだろうか。その輝く笑顔に訂正を入れて水を差すのが忍びなく、もしかしたらこの場限りの言い間違いかもしれないし、難しいお年頃でもあるしと、不本意ながらもそれは楽しみだねと頷いてやりすごしていしまった。けれど余所でも言って恥をかいたりはしなかっただろうかと、あとで心配でしかたなかった。

 すでに終わったことなのに、いつまでもつい気になり続けてしまうのも、僕の悪い癖だ。


 おっと、脱線してしまったが、ともかく僕から見たイネスは、僕が反省の末の方針転換をしなかった場合の完成形のような印象だ。思ったことをついそのまま口に出してしまうタイプだけに、腹芸や企みは向いていない。向いていたら、あけすけな言動であんなに何度も炎上していないだろう。

 特に悪気もない、良くも悪くも思ったことをはっきりと口にしてしまう、いわゆるオバチャンという生き物なのだろう。ナニワの、とまで限定してしまうと、偏見になるだろうか? ともかくそんな感じだ。


 そしてこのイネスこそが、マリオンの殺人を証言した人物でもある。

 それだけに下調べにも力を入れていたが、資料からは特に怪しい点も見つけられなかった。

 だからこそ、僕は真っ先にここで話を聞くために、交流を求めたわけだ。


「警戒なんて大袈裟じゃない?」


 ここでアデライドの息子のジュリアンが、会話に入ってきた。親戚しかいない場になってようやくリラックスできたのだろう。事件当時三歳だった人物の優先度はかなり低いのだが、目的は君じゃないとも言えないので、自然な会話の流れに任せる。


「何故ですか?」

「確かに殺人現場の館なんていい気はしないけど、犯人はもう捕まって刑に服したわけだし、クルスさんが気にする必要はないよ。僕達はここで大人しく、五日間普通に過ごせばいいだけだよ」


 母の暴言と無礼を気にして、あえて明るい調子で場を和ませようとしてくれているのが分かる。ごくごく普通の善良な青年といった感じだ。

 そして見た目だけは同年代の少女の僕が、ちょっと気になっている様子。自分で言うのもなんだが、こんなに可愛げも愛嬌もないのに、やはり見た目だけで引き付けてしまうのだろうか。

 嘘つきを自認している僕とはいえ、遥か年長者としては、なんだか純朴な青少年を騙しているようで気が引けないでもない。


 まあ、相手が僕なのは少々アレだが、青少年にはつきものの淡い一幕といったところか。

 アルフォンス君もどことなく微妙な表情で静観する構えのようだし、僕の問題ではないので放置でいいだろう。青春時代には黒歴史の一つや二つは避けられないものだ。

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