一族
「まさにVIP待遇ですね」
アルフォンス君と一緒に、リムジンのような車に乗り込みながら、思わず失笑した。
一国民のプライベートな遺産相続問題に、国から送迎の車が用意されている。
更には軍からの護衛が出され、群れを成すマスコミや不審者のいかなる妨害をも撥ね退ける。
実に至れり尽くせりと言いたいところだが、実態は見張り付きの護送車に乗せられたようなものだ。
絶対に逃がさない、なんとしてもキングの遺産相続を成立させろと、全面バックアップという名の圧力を受けている。
遺産なんていらないから放っておいてくれとすら、候補者は主張できないのだ。もはや参加は、国家から与えられた義務と言えるだろう。
「この十四回はずっとこうです。毎回空振りで、その都度帰りは護衛なしでしたけどね」
「清々しいほどの掌返しですね」
アルフォンス君が体験談を語る。招待を受けた遺産相続候補者が重要なのは行きの間だけで、相続人選定会が開かれないなら、もはや用なし、また来年に期待しようという実に世知辛い話だ。送ってもらえるだけありがたいくらいだろう。
先程移動中の車内で、持ち物検査を受けた。全ての持ち物は記録されている。
他の一族も同様で、不必要な危険物などが持ち込めないのは、せめてもの安心材料だ。
さて、これから始まる五日間のいわばミステリーツアー。
快適な空の道中、遺産の関係者について最後のおさらいをしてみた。
まずは大元と言ってもいいだろう、エミール・ヴェルヌ。
彼はジェイソン・ヒギンズの夫で、夭逝している。軍曹の研究室で、実験で起こった事故のためだ。
本来はそれで軍曹とヴェルヌ家の縁は切れたはずなのに、なぜかエミールの兄、ジェラール・ヴェルヌの子孫――子、孫、ひ孫を、遺産相続候補者として軍曹は指定した。
それが弟を死なせた償いのためなのか、昔ひとかたならぬ世話になったからなのか、それとも他に何らかの理由があるのかは分かっていない。
ジェラール自身は軍曹の自殺直前に行方不明となっているが、もし生きていれば九十五歳となる。
ジェラールの子供は六人。この国の基準で見ればかなりの子沢山だ。
しかし下三人の弟――マリオン、アルフォンス、クロードそれぞれの父親はすでに他界していて、それだけで半減だ。
事前にまとめておいた一族の表を、改めて思い浮かべた。年齢については、故人は死亡時のものだ。
長男――ベルトラン・ヴェルヌ〈70〉
(孫)長女――アデライド〈44〉
(ひ孫)長男――ジュリアン〈18〉
(孫)長男――ラウル《26》(故人・推定)……十五年前の犠牲者
長女――ベレニス・ヴェルヌ〈68〉
(孫)長男――レオン〈45〉
(ひ孫)長男――ヴィクトール〈24〉
次女――イネス・クーロン〈65〉
(孫)長女――キトリー〈43〉
(ひ孫)長男――ギー〈13〉事件の二年後誕生
長女――ルネ〈13〉事件の二年後誕生
次男――セヴラン・ベアトリクス《40》(故人・推定)……十五年前の犠牲者
(孫)長女――マリオン《32》(故人・チェンジリング)……半年前に刑死
長男――ルシアン《17》(故人・推定)……十五年前の犠牲者
三男――ファビウス・デュラン《37》(故人)……十七年前に事故死
(孫)長男――アルフォンス〈25〉
四男――クロヴィス・ヴェルヌ《37》(故人・推定)……十五年前の犠牲者
(孫)長男――クロード〈26〉
ややこしいが当然、顔、名前、関係性など、入手できた情報は全て把握している。
子供六人、孫八人、ひ孫四人で計十八人。そのうち六人――実に三分の一が故人という、恐ろしい死亡率の高さだ。
しかもただの事故死は一人だけ。
ちなみに結婚後の名字に関しては、夫婦別姓だったり、日本のように男性側の姓に偏るという傾向も特にないため、六人兄弟のちょうど半分がヴェルヌ姓ではない。
これから五日間、この生き残っている一族十二人と、僕は機動城でともに過ごすことになる。
全員で十三人。実に皮肉の効いた数字だと内心で笑う。
そのうち今回は何人が無事戻ってこられるのか――などと今から考えるのは、気が早いだろうか。
だがいずれにしろ僕とアルフォンス君は、必ず生還組となる。
「見えてきましたよ」
アルフォンス君の声で、意識を現実に戻した。
眼下に広がる緑豊かな光景。その中に、ぽっかりと穴の開いたような色彩の変化がある。
城のように巨大な館の全貌が現れた。
車の窓から実際に見下ろした屋敷の外観は、明らかにこちらの国の建築様式とはかけ離れたものだ。アルグランジュに来てまだ半年だが、なんとなく懐かしさを覚える。
遠目ながら、欧米風の大豪邸に見えた。
あの屋敷は、建築やインテリアや文化など、全てがアメリカンスタイルになっているらしい。
らしい、というのは、外観はともかく、内部の記録がまったくないためだ。
機動城内での連絡のやり取りは一切できない。外部へ向けてはもちろん、屋敷内であっても。
そして十五年前に一族に委託されて持ち込まれた記録メディアには、大量に撮ったはずの映像が何故かまったく残されてはいなかった。内部情報に関するデータは、屋敷の外に出た直後には、いかなる媒体であってもきれいさっぱり消去されてしまっていたのだ。
だから機動城内部の構造や間取りなどの情報は、生還した一族からの証言だよりになる。
ジェイソンの故郷のものと思われる物珍しいものばかりで、いろいろな点で非常に不便だったと皆が口を揃えている。
ただ、一部例外として、記憶の映像を自主的に提供したクロード少年の視覚情報から、遺体発見現場である図書室や近辺の箇所だけは確認されている。
マリオンなら分からなかっただろうが、僕はその資料を一目見て、なるほど確かにアメリカンなのかなと、頷いた。
ずらりと並んだ本の背表紙は、漏れなく英語だった。なんならアメコミらしきものまで確認できた。
まさに僕が今ライフワークにしているものの走りと言えるだろう。なにしろ屋敷の主は、記憶読み取り装置の開発者なのだから。
ちなみに現代のアルグランジュには、図書館の類自体がほぼ存在しない。あったとしても博物館的な扱いだ。紙の本がすでに珍しいものなのだから。
ぽつんと見えていた屋敷が、あっという間に迫り、高度を下げた車が臨時のカーポートに滑り降りる。
そしてとうとう、アルフォンス君と並んで目的の地へ足を踏み入れた。
周囲を見回せば、マスコミや野次馬の人だかりが、規制線の向こう側にひしめいている。まさに空港に降り立ったスターのようだ。まあ、はっきり言えばただの見せものだが。
僕達は武装した軍人に守られながら、招待状に記された集合場所へと誘導される。
歩きながら眺めやった長い柵の向こう側に、巨大な屋敷が聳え立っている。
どこか『アッシャー家の崩壊』を思わせる言い知れない不気味さを覚えてしまうのは、先入観のせいだろうか。
十五年ぶりの遺産相続人選定会が、これから始まる。