二人の従弟 4
今度は、クロードの方が質問を返してきた。
「あんたこそ、どうするつもりなんだよ。ぶっちゃけ遺産なんて棚から落ちてきたらラッキーくらいの他人事だろ? チェンジリングが金に困ることはないだろうし」
その質問から察するに、僕が文化事業に力を入れていることは知らないようだ。確かに音楽も小説も、興味がなければ視界には入ってこないものだ。
僕もまだまだ頑張らなければと思いながら、当たり障りのない答えを探す。
「僕の立ち位置は、アルフォンス君のお守といったところですね」
無関係だが、同居人のよしみで付き合ってあげる、くらいのニュアンスに留めておく。まさか僕の方こそやる気満々だなどと、あえて知らせる必要もない。
一族の中には遺産相続に意欲的な者もいるようだし、部外者に近い姿勢のアピールは警戒を薄めさせるためには重要だ。
そんな僕の返答に、何故かにやにやとした顔つきに切り替わるクロード。
「なあ、あんた、本気で脈ねえの?」
唐突に距離を詰め、小声で僕の耳元に囁いてくる。
「まったくありませんね」
また口説いてきたのかと即答してから、おや、と思う。どうも表情から、そうではなかったようだ。
僕の迷いのない拒絶に、クロードはおかしそうに噴き出した。
「コーキ、やっぱマリオンに似てるわ」
まったく脈絡のない話題転換に、首を捻る。
「それは、もちろん体が本人ですから」
「そうじゃなくてさ、なんか、変にとぼけたとことか、アルへの接し方とか? 何かってえと保護者面で、すげー可愛がってるくせに、塩対応でからかったりさ。ルシアンがかまいすぎだって呆れるくれえだったんだぜ」
「まあ、僕にも弟がいたので、重なってしまう部分はあるかもしれません」
弟を可愛がりすぎだと、周りに呆れられた遠い過去を思い出す。ここは、分かっていてやめられなかった部分だろうか。
あの頃と同じであっては、もういけないのに。
内心で少々反省する僕にかまわず、クロードはむしろ煽るように続ける。
「あいつさあ、ホントにマリオン、大好きだったんだよなあ。まあ、あの時はガキだったから、母親代わりなとこはあったけどさ。だけど、今のあいつがどういうつもりなのかなんて、見てりゃ分かるぜ。無理にとは言わねえけどさ、初めからバリア張ってロックかけてねえで、少しでも真剣に考えてみてくんねえか? それでもダメだったらしょうがねえけどよ」
アルフォンス君の前ではわざとらしく僕を口説いていたのに、彼がいなくなった途端、従弟思いの顔を見せてそんなことを言い出す。人としては、少々癖はあるものの、好ましい人物なのだろう。
しかし僕もそうですねとは素直に応えられない。色恋云々の話ではない。
僕にはやることがある。
十五年前の事件の真相の究明までなら、アルフォンス君と協力し合うこともできる。
しかしもう一つ――死の間際まで願った妄執ともいうべき僕の目的は、僕だけのもの。たとえアルフォンス君でも、立ち入らせるつもりはないのだ。
だから僕はこれからの人生でも、男であれ女であれ、誰とも寄り添うことはない。
今はほんのひと時、冷え切った道中で暖を取っているだけにすぎない。
いずれ事件を解決させ、マリオンの無実を晴らし、相続の問題も片付く日は来る。必ず。
アルフォンス君はそこからが始まりだと思っているのかもしれないが、僕にとっては、そこが終点なのだ。
すべてのしがらみから解放されるまでの期限付き、という割り切りが必要だ。
何もかもが終わったら、この先も僕は一人で生きていく。
アルフォンス君との出会いが、イレギュラーだったのだ。元から同居の予定などなかった。本来の予定に戻るだけだ。
頑固で融通が利かないのは承知の上。きっとこの家を出ていく時は、僕でも少し泣くかもしれない。
それでも、最初からずっと決めていたことだ。今の生活が、どれほど穏やかで幸せであろうとも。
だから、残念だがクロードの要望には応えられない。本心を語ることもない。
――ああ、僕は本当に嘘つきだ。
諦念に近い心持ちで、すでに言い慣れてしまった一言を告げる。
「僕は、マリオンさんではありませんよ?」
「関係ねえよ」
驚くほど躊躇いなく、間髪容れない反応が返ってきた。
「あいつが今一緒にいるのは、コーキだ。今が幸せならどうでもいいんだよ。たとえ中身が別人でもおっさんでも」
僕の決め台詞を笑い飛ばして、あっけらかんと言い切った。
本当に、羨ましいほどに潔い人物だ。
迷いなく迷い道へ押し込もうとしてくるクロードに、胸を掠めた寂寥感も吹き飛ばされ、思わず失笑する。
「従弟思いなのか、意地が悪いのか、分からない人ですね」
「そりゃあもちろん、意地と性格が悪いのさ。あいつを困らせるのが好きなのは、マリオンと同じなんでな」
クロードも陽気に笑った。
相続人選定会の場において、アルフォンス君以外は信用しない。それは、すでに僕の中では揺るがない決定事項だ。
少しくらい良い面を見たからと油断しないよう、クロードを前にして改めて自分を戒めた。
かかっているのは僕達の命。用心しすぎるということはない。
一族の中には、事件後生まれた子供もいるが、彼らとて例外にはしない。細心の注意を払って事に臨むべきだ。
心情的には信用したい人物だと思えても、何があろうと、この方針を緩めてはいけない。そこはシビアに行くべきところだ。
善人面の親切な協力者が実は真犯人だったなんて、推理ものの常道だ。
悪党が、分かりやすく悪人の素顔をさらしてくれるようなら、こんな簡単なことはないのだから。
無理に敵対する必要はないが、全面的な信頼もしない。
心の中の疑いを決して絶やさないように心掛けながら、クロードと和気あいあいと笑い合った。
「おい、お前、おかしなこと吹き込んでないだろうな!」
できる限り最短で用事をすませたアルフォンス君が、慌てて戻って来た。
途端にクロードは、気のいい意地悪兄ちゃんモードに戻る。
「そりゃ、お前がこの家に来たばっかの頃、マリオンに抱き着いて胸に顔をうずめてないと眠れなかったこととか、他にもいろいろ話してたのさ。これルシアン情報な」
「お前、本当にいい加減にしろよ!?」
キレるアルフォンス君。しかし否定しないのは、正直でよろしい。
僕も医療の現場で子供相手が長かった年長者として、なだめにかかる。
「突然家族を亡くした子供にとって、新しい環境下での幼児返りや試し行為は、おかしなことではありませんよ。七歳当時なら甘えん坊が度を越しても、恥ずかしがる必要はありません」
「――できれば、記憶から消去してください」
フォローしたつもりだったが、彼にとっては触れられたくない黒歴史のようだった。




