二人の従弟 3
話が大分長引いてしまった。
アルフォンス君がキッチンに席を立った隙に、僕はクロードに気になっていた点を尋ねてみた。
「クロードさんは、十五年前の事件について、どう考えていますか? あなたのお父さんを殺したというマリオンさんを、憎いとは思わないんですか?」
「それなあ……」
クロードは少し考えてから、真面目な表情になって、マリオンの顔をした僕を真っ直ぐに見つめる。
「正直、分かんねえんだよ」
「分からないとは?」
「俺、親父の死体、じかに見てんだよ。かくれんぼで忍び込んだ図書室で、血だらけで倒れてる親父を見つけて…………ゆすってもピクリとも動かなかった。とにかくパニックで、思わずトイレに逃げ込んで吐いてた。その最中で、いきなり屋敷の外に放り出されたんだよ。瞬間移動で。正直、何が何だか分からなかった」
そう、トイレの最中、衆人環視の中に放り出されたのは、このクロードなのだ。
しかし上だったのがせめてもの……といったところか。下の方だったら、子供心にも拭いきれない傷が残っていたに違いない。ただでさえたった一人で、父親の遺体の第一発見者になるという災難に見舞われた直後なのに。
慎重に観察していたが、その話になってもトラウマらしき陰は見受けられなかった。問題があるようなら話題を変えようと思っっていたが、彼の方から更に踏み込んでいく。
「ラウルを殺した記録は、証拠映像ではっきり観た。――けど、正直何もかもが不自然で、納得はできなかった」
「――そうですね。僕も観ました」
また、記憶から引き出した証拠映像か――。思わず閉口する。
マリオンが殺したとされるのは四人。
父親のセヴラン、双子の弟のルシアン、叔父のクロヴィス、従兄のラウル。
マリオンにかけられた嫌疑の中で、記録できた唯一の揺るぎない証拠が、ラウルの殺害シーンだ。
マリオンの目線で、一人の青年を確かに殺害する経過が確認できた。
ネットで公開されている裁判記録で、僕も閲覧している。
しかしバラバラ殺人事件の例もある。記憶の映像に関して、もはや絶対の信頼は置くべきではないのだ。
その動画にあったのは、視界に映る自らの手が、飾られていた骨董品の剣を手に取り、目の前の男を力任せに切りつけた衝撃映像。音声までは録れず、無声映画のようだった。
その刃は頸動脈を断ち切り、首の半ばで止まった。医師の診断はないものの、即座に治療できなかった隔離空間でのあの状況――疑う余地もなく死亡が断定された。
マリオンの死刑を決定付けた証拠だ。
そしてその映像の後ろには、マリオンの二人の家族である父親と弟が血だらけで横たわっている様子も映り込んでいた。
そして、マリオンがその三人を殺したという目撃者の証言は、嘘発見器でも認められた。
一方、クロードの父親であるクロヴィスの遺体は、別の場所である図書室で発見された。息子のクロードの証言のみとなる。
こちらは当時、少しでも手掛かりになればとクロード本人の強い希望で、目撃証言に該当する部分の記憶を映像化している。その結果、鮮明に取れた映像から、クロヴィスの死亡もほぼ確実となった。
遺体の第一発見者が大慌てで現場を離れたため、きちんと確認できなかっただけで、実は死んでいなかった――というのは推理物ではお約束だが、こちらの技術なら、映像だけでも問題なく判別できるのだ。むしろラウルの次に、死亡が確実視されている人物だ。
結局、屋敷から帰らなかった四人は全員死亡とされ、少なくとも同じ室内での三件に関してはマリオンの犯行と断定された。
「俺の親父の死に関しては、推定の有罪だったしなあ」
クロードさんは、腑に落ちない表情で話を続ける。
「確かにマリオンの記憶に残ってた以上、少なくともラウル殺しは、実際にあったことなんだとは思う。だけど、マリオンは遺産なんかのために、人を殺す奴じゃねえ。時々突拍子もないいたずらで俺らをからかったり、頓珍漢な勘違いで見当違いな方向に大暴走する天然なねーちゃんだったけど、こりなくて明るくて大らかでさ。俺から見たら羨ましいくらい、家族もすげえ仲良くて――セヴラン伯父さんとルシアンを手にかけるなんて、考えられねえよ」
確信を持った断言だった。クロードも、アルフォンス君に近い見解を持っているようだ。
そして彼の中では、マリオンはなかなかの粗忽者という評価のようだ。
当時十一歳の少年に天然と言われててしまう十七歳――今は別人であると理解してもらってはいても、どうにも残念な気がしてきた。
まあ、今はその追及は後回しだ。彼はアルフォンス君と一緒だとふざけだしてしまうから、今のうちに話を進めておきたい。
「すると、あなたが問題にしているのは、動機の点ということですか?」
「それは、一番の疑問だな。マリオンがああしなきゃならなかった何かが、あったはずなんだ。もしかしたら、誰かに薬を盛られてトンでた可能性だってあるかもしれねえし……ぶっちゃけ、俺の親父は金に困ったろくでなしなとこあったし、子供心にも、親父の方が犯人と言われた方がよっぽど納得できると思ったくらいだ」
「…………」
彼も、僕と同じ疑いを持っている。
編集し得る証拠。思考までは映像化できない。バラバラ事件の例にもある通り、手を下した本人の意志かどうかまでは、映像では判別できないのだ。
だからこそ、前後の要素がより重要になる。しかし、そこまでの記録は録れてはいない。まさにバラバラ事件でも感じた、作り上げられたかような都合のよさだ。
確認されているのは、マリオンが従兄のラウルを殺した事実のみ。他三件については、証言と状況証拠に過ぎない。
しかしアルフォンス君同様、家族を殺されながらも、その後のクロードの選択はまったく別だったようだ。
感心するくらいさばさばとした態度が、僕にとってはひどく印象的に感じた。
「でも俺は、事件の真相を追求する気満々のアルみてえに、もう終わったことにこだわるつもりはねえ」
いっそ気持ちがいいくらいきっぱりと断言する。
「真相は知りてえが、大事なのは過去よりも今とこれからだ。機動城に行ったら、何をおいてもまずは自衛。遺産はその次だ。執着が捨てられねえアルは馬鹿だぜ。それでもまあ、俺に不利益のない範囲でなら、少しは協力してもいいか、くらいは思ってるんだぜ」
「率直ですね。賢明だと思います」
素直にそう思う。
二度と帰ってこない家族を過去に留めて潔く諦め、前だけに目を向けられる強さには、羨望を覚えるほどだ。
僕やアルフォンス君にもこんな賢い生き方ができたなら、人生はずっと楽になっていただろうに。
分かっていても、改めるつもりがないのが我ながら末期的だ。