二人の従弟 2
性格の方向性は全く違うが、なかなか息が合っている。ケンカをしていても、決して悪い関係性ではないのがよく分かる。
それにしても今の僕達は、二人の青年に挟まれた少女の構図になっているのだろうか。
少女の中身が六十五歳までの人生を全うしたおじさんの過去を持っていなければ、なかなかドラマチックなのだろうが、実態はコメディーとしか思えない。
いや、そういえば日本では近年おじさん同士の恋愛を描いたドラマのヒットもあったし、今のご時世なら、それはそれで需要があるのか。BLもいまなお大人気らしいし、アルグランジュでもオタクのカリスマ、ケルットゥリさんの活躍のおかげで人気が急上昇中だという。
しかし今の僕は正真正銘の女性なので、見せかけだけなら逆にありきたりな状況とも言えるのだろうか。
まあいずれにしても、以前アルフォンス君も言っていた通り、アルグランジュはLGBTにも寛容な社会だし、結局は僕の心持ち一つの話になってくるのだ。
ならば、少なくとも僕の答えは「否」の一択なので、悩む必要すらない。
なので二人のやり取りも実に無益なのだが、「僕のために争わないで~」とでも言っておけばいいのだろうか? 面白いので観覧しているが。というか、この三人の中で面白がっていないのは多分アルフォンス君だけだ。申し訳ない。
「クロードさんは従弟思いですね。アルフォンス君の様子をうかがいにわざわざ訪ねてくれたんでしょう?」
一息ついたタイミングで、僕は素直に感心する。いくら親戚だからって、ご両親の命日まで気にかけていてくれるなんて、なかなかない。そもそもマリオンの処刑があった頃、しばしば飲みに誘ってくれていたのも、気遣ってのことなのだろう。
そこでクロードが反応する前に、アルフォンス君の方が噛み付いてきた。
「ちょっと待ってください! なんでこいつがクロード“さん”なんですか!?」
しかも論点がまったくずれたところに。
「いや、“ヴェルヌ”さんは複数いるので、名前で呼ばないとややこしいでしょう」
「そうじゃなくて、俺は最初からアルフォンス“君”だったじゃないですか! なんでこいつが“さん”なんです!?」
アルフォンス君が不公平だと言わんばかりに、なんだか頓珍漢な抗議をしてくる。
一歳しか違わないのに、自分だけ“君”という年下なニュアンスの敬称に納得がいかないようだ。
「やはり第一印象でしょうか。泣きべそをかいていたのが最初だったもので」
「泣きべそなんかかいてませんよ!」
最近は非常にしっかりとした彼本来の振る舞いを見せるが、断固言い張るその姿はちょっと不貞腐れていて可愛く見えてくる。やはり“君”でいいだろう。もう定着してしまっていることだし。
場の空気が和やかに盛り上がったところで、質問を投げかけてみる。せっかく事件の関係者が来てくれたのだから、事情聴取だ。
「クロードさんは、どういうスタンスで今回の選定会に臨むおつもりですか?」
念のための確認をしてみる。
基本的に僕はアルフォンス君以外信じないくらいでちょうどいいとは思っているが、当時の彼は十一歳。しかも被害者の一人が父親だ。
犯人の可能性は、下から数えた方が早い存在といえる。
その意味では、信用できる仲間とまではいかなくとも、機動城内である程度の協力体制は可能なのではないだろうか。
「まあ、行くからには、当然遺産は欲しいとこだよな」
クロードは特に悩む様子もなく、あっさりと答える。
「だけど、あんまり無理する気もねえんだよ。今までの機動城は、ずっと俺らを門前払いだったから、逆におふくろも安心してたんだけどさ。今回は多分一人もキャンセルなしで、実際のご招待になるだろ? うちも片親になって、お袋を苦労させてきてるしよ。俺まで胡散臭え屋敷に行ったきり、帰ってこないってわけにはいかねえ」
確かに招待されるのは、厳密にジェラール・ヴェルヌの血縁者のみ。置いていかれる親御さんや配偶者は、さぞ心配なことだろう。
「それより、親父の死の真相は知りてえ」
ぼそりと、独り言のような呟きが続いた。そちらの方が、本音に聞こえた。
彼も根っこに同じものを抱えているから、アルフォンス君と合うのかもしれない。
「まあ無理するも何も、そもそも相続人を選ぶ基準が分かってないからな」
そこでアルフォンス君も、話に入ってくる。クロードが思い返したように頷いた。
「そうそう、あの時は、大人達も相当困惑してたよな。俺らは城みてえに広い屋敷を喜んで走り回ってたけど」
当時アルフォンス君十歳、クロードが十一歳。親に連れられて、わけも分からず参加させられた血族しかいない相続人選定会。
世間を騒然とさせている真っ最中の機動城に特別招待されて、子供組は大はしゃぎだったというのは頷ける話だ。僕だって、この年であっても真っ先に探検に乗り出すところだ。
「僕も当時の資料を片っ端から読み込みましたが、屋敷内に招待しただけで後は放置というのも解せない話ですね」
「そうそう。俺らからしたら、「で、ここで何すりゃいいの?」って話だからな。完全に閉じ込められて、窓も玄関も開かねえし、庭にも出れなかったんだぜ」
「それに、通信環境もまったく外に繋がらなくて、ネットもテレビも見られなくて退屈だったんですよね。もちろん外部との連絡手段もなくて」
「結局子供組は、ほとんど探検して遊んでたな。オーディオルームに、映画とかドラマがあっても、異常に古臭い感じだし、言葉も分からなくて結局見なかったんだよ。まあ娯楽は少なかったけど、屋敷にいるたくさんのロボットが何不自由なく生活の面倒見てくれるし、子供には普通にホテル内のレジャー感覚だったな」
二人は当時の記憶をたどって、思い出を語り合う。体験談を客観的に聞くというのは、資料とはまた違った新鮮さがある。
「当時は気が付かなかっただけで、どこかにまた別の遺言なり指示なりが用意されていたのではないかと、言われてるそうですね?」
僕の問いに、アルフォンス君が頷く。
「まあ、後からの考察ではその可能性が高いだろうと。当時大人達も手掛かりを求めてかなり家探ししてたんですが、結局それらしいものは何も発見できないままでした。きっとキングのことだから、どこかに奇想天外な仕掛けが用意されているに違いない、なんてみんなで言い合っていて。そのうち、誰かが見つけたものを隠したんじゃないかってなって、どんどん空気が悪くなっていったんですよね」
そして無為に時間は過ぎ、招待されたはいいが、一体どうやって相続人が決まるのかは判明しないままで、とうとう最終日にあの事件が起こった。
今回も、僕達相続人候補者は、機動城の中で一体何をすればいいのかは重要な課題だ。
別に相続人に選ばれるつもりもないのだが、純粋に興味がある。軍曹は何の指針も示さずに、一体何を基準にどうやって選ぶつもりだったのだろうか。
屋敷のロボットなりプログラムなりが不具合を起こして、予定通りの進行ができなかったのではないかという推察もあったが、可能性は低いと否定されている。あのジェイソンがそんな不完全なことはしないだろうと。
僕としてはむしろ、進行通りいった結果があれなのではないのか――と言われた方が納得できるくらいだ。
僕は軍曹という過去の遺物となったはずの人物を、かなり意識している。この世界は、死者ですら容疑者から外しきれないところがあるから質が悪い。
正直もう何を疑えばいいのかも分からない。
軍曹の遺体が実はクローンで、それを誤魔化すためにまっさらな脳を損壊させるべく拳銃自殺を演出したのではないかとすら思える。
そして実はジェイソン本人はまだ生きて暗躍している――なんて妄想まで考え始めたら、それこそもう何でもありになってきりがない。
この世界では、技術的には十分可能なのだ。
ましてキングならなおさら。
その他、行方不明者やら遺体のない被害者やら、生者死者入り乱れてもはや誰も彼もがみんな容疑者の勢いだ。
もう推理なんてしようがない。