二人の従弟
墓参りを終えて帰途に就いた。
タクシーから降りると、自宅の門の前に立っていた若い男が大きく手を振って来た。
「おい、おせーぞ、アル!」
「げっ」
アルフォンス君は露骨に嫌そうな顔で、前に立ちはだかるように僕を背中に隠した。
僕と同じ水色の髪が印象的だが、風体は大分軽薄そうに見える青年が歩み寄ってくる。
向こうは親しげだが、堅い職種のアルフォンス君と、あまり合うタイプには見えない。見た目だけで職業を当てろと言われたら、僕は迷わずホストと答えるだろう印象の人物だ。
僕からは一瞬しか見えなかったが、その一瞥で誰かは判別できた。
現在の親族や関係者のプロフィールは、当然すでに僕の頭に入っている。
僕達の従兄弟のクロード・ヴェルヌ、二十六歳。職業は確か建築士だったはずだ。感性が独創的過ぎて、評価が真っ二つに分かれる芸術肌タイプの。
そして十五年前の事件で、父親を殺されている。
あの事件以来、被害者家族、加害者家族の関係性が出来上がってしまったためか、一族の交流はほとんどなくなってしまった。どちらの属性も併せ持つアルフォンス君など、腫れ物に触るような扱いだろう。
しかしこの人物は、少々違っているようだ。同世代ということもあってか、随分と気安い間柄のようだ。普段から個人的にそれなりに会っている雰囲気がある。
僕からしてみれば、アルフォンス君以外の血縁との初遭遇となるわけだ。
「なんだよ、今日墓参りの日だろ? 最近付き合いわりいと思ったら、ついに一緒に連れてく女ができてたのかよ」
無遠慮でざっくばらんだが、その物言いにはあまり不愉快さを覚えない。
しかし、彼の父親もマリオンに殺されたとされる一人だ。
父親の仇とされているマリオンに対して、彼はどんな思いを抱いているのだろう?
アルフォンス君が僕を背中に隠そうと意識しているくらいだから、あまりいい感情はないのかもしれない。
とはいえ、いつまでも引っ込んでいるわけにはいかない。どの道ここでやり過ごしても、数日後には機動城で会うことになるのだから。
挨拶なら早いうちにすませた方がいいと、アルフォンス君の肩に手をかける。
「初めまして。クロード・ヴェルヌさんですね?」
従弟の後ろから現れた僕を見た瞬間、彼の目が驚きに見開かれる。
「マリオンっ!?」
僕の顔をまじまじと見つめ呆気にとられる。家族や親戚を殺して死刑になったはずの従姉がひょっこり出てきたら、当然の反応なのだろう。
それからはっと思い出したように、目の前の事態を飲み込む。
「……そうか。マリオンじゃ、ねえんだよな、あんた。チェンジリングの……名前、なんだっけ?」
信じられないといった、どこか疑うような目で、穴の開くほど僕を凝視してくる。
「クルス・コーキです。コーキで結構ですよ」
「ああ、やっぱマジに別人なんだな……。俺はクロードだ。よろしくな、コーキ」
どこか拍子抜けしたような反応を見せた後、気を取り直して挨拶を返してくれた。
「ええ、よろしくお願いします」
アルフォンス君が、再び間に割って入る。
「おい、お前、図々しいぞ」
アルフォンス君からしたら、コーキ呼ばわりが癇に障るようだ。僕からしたら、若造からクルス呼ばわりよりはマシなのだが。ともかく仏頂面で従兄に文句をつける。
「まあ、せっかくいらしてくださったのだから、ここで立ち話もなんですし、家に上がってもらいましょう」
「こんな奴、ここで返して大丈夫ですから」
歓迎しようとする僕を、アルフォンス君がにべもなく切り捨てる。そんな僕たちのやりとりに、クロードが目を丸くした。
「え、お前ら同棲してんの? マジで!? いつの間に!? だからお前最近付き合い悪くなったのか! くそう、うまいことやりやがったなあっ、アル! お前、マリオン大好きだったもんな!」
「余計なこと言うな。お前だって、マリオンにホストみたいな口説き文句かまして大爆笑されてただろ!」
「少なくとも俺はプロポーズとかしてねーし! 何が大きくなったら結婚してやるだ」
「うるさい、お前こそっ……」
普段は落ち着いているアルフォンス君が、ある意味とても生き生きとしているのが新鮮だ。
子供の頃からの弱みを握り合っている者同士の不毛な暴露合戦が勃発したのを、僕は傍で微笑ましく観戦する。冷たいだけの親族関係ではないことに、逆にほっとした。
ともかくクロードに、僕個人に含むところはなさそうで一安心といったところか。
「楽しそうですが、ご近所迷惑になりますから、とりあえず中に入りましょう」
二人を置き去りに、さっさと門から玄関まで歩いて行った。いがみ合いながらも、片やへらへらとした、片や苦り切った顔で付いてきた。
リビングに案内して、ソファーに落ち着く。
クマ君は指示される前から、三人分のお茶を持ってきてくれた。最近ますます気が利くようになってきた気がする。不思議だが実に有能だ。
「それにしても、ホントに中身違ってるんだなあ……。同じ顔でも、言動が全然違うせいで、確かに別人に見えるわ。反応薄いしテンション低いし、なんか若さがねえよな」
真正面から改めてまじまじと僕を観察して、クロードが感想を漏らす。事実なので反論はしないが、もっと言い方はないだろうか?
ちなみにアルフォンス君は僕の隣に座って、威嚇するように対面の従兄を睨んでいる。これも仲良しの形の一つというべきなのだろう。彼は本当に嫌う相手には、感情を見せないタイプだから。
それを熟知してるだろうクロードは、気にも留めずに話を続ける。
「マリオンはまあ天然というか、考えるよりまず行動というか……子供だった俺から見ても落ち着きのないガキっぽい奴でなあ。時々突拍子もない思いつきで俺らを振り回したりしてさ。俺らにはやたらお姉さんぶってたけど、実際にしっかりまとめてくれたのはルシアンの方だったんだ。どっちかって言ったらあんたはルシアン似だな」
マリオンとルシアン。双子の姉弟と仲良くしていた子供時代を思い出すように語りだした。
その懐かしそうな口調からは、マリオン自身に対しても悪感情はうかがえなかった。
「それはまあ、当時十七、八のお嬢さんと似ていると言われたら困りますが」
「え、元のあんたは違うの? ああ、マリオン俺より六コ上だったもんな。実年齢の三十代ってこと?」
「いえ、前は六十五歳の男性でした」
「はあ!?」
常識から外れるレベルのレアケースに、やはりクロードもぽかんとした。
アルフォンス君に対してもそうだったが、無用の混同を避けるためにも、かつてのマリオンと身近だった相手には、僕の以前の個人情報も必要に応じて開示していこうと思っている。
そうでなくても見た目通りの軽さで、先ほどからクロードはちょいちょい口説くような言動を匂わせてくる。今後の付き合いもあるので、最初から明確にしておいた方がいいだろう。
クロードは面白そうに目を丸くする。
「ええ、マジでえ? 俺のお袋より年上じゃん!」
「そうですよ。ですから年長者にはしっかり敬意を払ってください」
十八歳の姿でしれっと要求した僕に、大笑いする。僕の冗談はなかなか通じにくいのだが、彼とは意外と話が合うのかもしれない。そしてアルフォンス君の機嫌はますます悪くなるが、当然気にしていない。
むしろ笑いが収まらないまま、アルフォンス君に感嘆の声をかける。
「それにしても、お前も思い切ったなあ。よく口説き落としたもんだぜ」
どうもさっきから、僕達の関係性を誤解している。僕に関わりのないアルフォンス君の職場関係者ならともかく、親戚相手となると、ここは否定しておきたい。
「別に交際しているわけではありません。同居しているだけですよ。一応僕の家でもあるそうなので」
「あ、そうなの? じゃあ、俺がマジで口説いちゃおうかな」
「おい、クロード! 調子に乗りすぎだろ!」
アルフォンス君が噛みつけば、余計に面白がって悪ノリの応酬が始まる。
それにしても僕の中身を申告しても、動じずに迫られるとは思わなかった。なかなかのつわものだ。
「クロードさんは、そういった趣味の方なんでしょうか?」
「ああ、俺、見た目がタイプなら、細かいことは全然気にしないから。マリオン可愛いしな。むしろ複雑な方が燃えるってもんだろ。ってか、子供の頃からずっと年上のお姉さんだと思ってたマリオンが、あの時のままの姿で年下になってるんだぜ。これは燃えるだろ? こんな面白い合法ロリータ、手を出さない方が馬鹿だっての。コーキも前が男だったとかこだわらずに、とりあえず一回は男相手も挑戦してみようぜ! ヤってみないと分からねえからな!」
「お前もう帰れ!!」
だから会わせたくなかったんだと、頭を抱えるアルフォンス君。彼が最初から僕をガードしていた理由はこれらしい。
以前憎まれ口を叩いていた飲みに誘ってくる相手というのも、彼だったのだろう。家にというより、僕に近付けたくなかったようだ。
どうせ数日後には、機動城で五日間を共に過ごすことになるのに、アルフォンス君の過保護と心配症にも困ったものだ。
それにしても、お互い遠慮なく楽しそうで何より。
兄弟の漫才師はよく聞くが、従兄弟同士のコンビというのはいただろうかなどと関係ないことを考えながら、二人のコントをしばらく鑑賞してみた。
弟が仲良しの相手とじゃれ合っている様子は、やはり癒されるものだ。