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訪問者

「いやあ、まさか、十五年も続くとは思っていませんでしたよ。仕事としてはありがたいですが、一族の皆様としては今度こそ無事にすべてが終わってほしいところでしょうね。私もそろそろ満期終了としたいところです」


 三日後に訪問した弁護士のペロワさんが、我が家の応接間でしみじみと共感するように言った。初老の誠実そうな人物だ。

 向かい合った席から僕も相槌を打つ。


「まったくです。私はチェンジリングでして内面的には他人なもので面識がないのですが、他の一族の方達もそんな感じでしたか?」

「そうですね。やはり、積極的か消極的のどちらか両極端といった様子ですかねえ」

「ああ、分かります。確かに遺産は魅力的でしょうが、私としては身に過ぎた財産よりは、とにかく何事もなく家に帰れるのが一番だと思いますしね」

「おっしゃる通りです」


 さっきから、僕とペロワさんの二人の間で話に花が咲く。


 ペロワさんが招待状を携えて、形式上の説明をするというやり取りは、アルフォンス君にとっては、子供の頃からすでに十六回目となる。そのためだろうか。根掘り葉掘り尋ねる僕の隣で、閉口気味に見守るだけだ。


 せっかく開始当時からの関係者とこうして直接会えたのだから、やはり気になる情報はどんどん訊いておくべきだ。


 おかげで興味深い話を、いくつか仕入れることができた。


「それにしても、ジェイソン・ヒギンズ氏は遺言書作成の時点で、こんな風に長引くことを予測していたんでしょうか」

「どうでしょうか。結果だけ見ればまさにそのための契約のようにすら見えますがね。さすがにチェンジリングの王といったところですか。凡人には計り知れない慧眼です」


 真面目で人当たりのいいペロワさんは、僕の世間話に逐一付き合って、問題のない範囲での情報を答えてくれた。


 大きな収穫の一つは、遺産相続の依頼がいまだにペロワ弁護士事務所で続行されていた件についてだ。

 どうして依頼人の死後も、契約者不在のまま仕事を続けていけるのかと疑問に思っていたのだが、その謎もあっさり解けた。


 なんでも「既定の日時に前払いで甲名義の依頼と支払いが続く限り、以下の内容の契約を必ず実行する」という契約を生前のジェイソンはきちんと結んでいたのだという。

 それは法的にまったく穴のないもので、毎年支払いがあり、実際に同じ内容の依頼書と一族への招待状が送り付けられている以上、今もなお有効なのだそうだ。

 そもそも遺言書とは死後初めて効力を発揮するものであるだろうに、まるで死後の更にその後にまで備えているかのようだ。


 毎年この時期になると、事務所の机に必要書類一式が忽然と現れるのだというから、ある意味怪奇現象だ。どうやらそれも、ジェイソンの遺産の物質転送技術の一端らしい。

 二年目からは、国の研究機関が毎年事務所に張り込むのが、季節の風物詩となっているのだとか。事務所としてはいい迷惑だろうに。


 最初は意気込んでいた研究者ご一行も、結局いまだに大した成果を上げられないまま。ただ「転送される書類一式」の映像だけを持って引き揚げていくまでが、恒例行事なのだという。


「ヒギンズ氏はどんな人物だったんですか?」


 これは、僕が出会った関係者には必ず投げかけている問いだ。


 二十八歳で引きこもって以降の軍曹と面識のある人物は、驚くほどに見つからない。親戚のはずのアルフォンス君も、その家族ですらも面識はない。

 もしいるとすれば、失踪した夫の兄、ジェラールくらいではないだろうか。


 軍曹の自殺の前日に、数十年ぶりに自宅に呼び付けられて、訪ねたところまでの足取りは間違いなく確認されている。そしてそのまま姿を消した。

 その痕跡のあまりの掴めなさから、転移技術が使われたことはほぼ断定されているが、一体軍曹の死とはどう関わっているのか。


 軍曹を殺してしまったために、自殺に見せかける工作を行ってから、そこで見つけた軍曹の転移技術を利用して外国にでも逃亡したのか。あるいは逆に軍曹に殺されて遺体が隠され、その後軍曹も自殺したのか――それすらも依然として不明のままだ。

 いずれにしろ存命なら九十歳は越えているだけに、現時点での生存は微妙なところだ。


「ご本人とのやり取りはすべて通話だけでして、しかもモニターは落とした状態だったものですから、なんとも……。会話からの印象は、論理的で冷静な感じの方でしたが」


 ペロワさんの返答も、やはり予想通りのものだった。

 軍曹と関わった人物は大体こんな感じだ。直接会ってはいないし、受けた印象も似たり寄ったり。よく言えば落ち着きがある。悪く言えば冷淡。そしてビジュアルは不明。まあ、いくらでも変えられるから、参考にはならないが。


 チェンジリングに課される定期的な会議参加などの義務も、彼は莫大な税金の支払いによってかなり若いうちから免除されていた。

 何らかの手続きや、身の回りの世話等も、通話やロボットの駆使で事足りるため、本当に数十年単位で、会った人物は皆無のようなのだ。


 誰よりも彼を知っているだろう僕でも、ここまで人を徹底排除して孤独を選ぶ心理には理解が及ばなかった。


 ペロワさんからの招待状の受け渡しと諸々の説明は、終始和やかな雰囲気で進み、情報収集も交えた会話も弾んだ。


 彼の業務とは関係ない貴重な話も随分聞かせてもらい、なかなか有意義な時間が過ごせた。

 引退前にはこの依頼の円満な成就を見届けたいとも漏らしていて、我々候補者には随分同情的な様子だった。

 最終的には、頑張ってくださいと個人的に謎の激励をされるまでの間柄になった。


 玄関から送り出した後で、ほとんど口を挟まなかったアルフォンス君が冷ややか視線を向けてきた。


「同世代同士で盛り上がるのやめてほしいんですけど。話長すぎです」


 普段は世間知らず扱いなのに、こんな時だけ年寄り扱いとは。どうやら会話に混ざれなかったことでへそを曲げていたようだ。確かに意気投合する年寄り同士の会話に若者が加わるのは至難の業だろう。


「何を言ってるんですか。おかげで有益な情報収集ができたじゃないですか」


 十五年前の候補者達は、何の情報も与えられないまま、ただ期待と好奇心だけを持って、テーマパーク気分で機動城へと赴いた。

 そこに悲劇が待っているなど、思いもせずに。


 本来なら次は心して臨むところだが、犯人とされたマリオンが死刑になったことで、彼らの警戒心はまたリセットされてしまったのではないだろうか。殺人犯はもういないのだからと。


「みんな、十五年前の事件は、遺産の相続争いにまつわるものだと思ってますよね。遺産狙いのマリオンさんが暴走したと。それは、アルフォンス君。犯人が別にいると考えているだけで、君ですら例外ではない」


 ジェラールの関与も完全に排除するわけではないが、やはり先程聞いた軍曹の事前の準備の良さは、たまたまですまされるものではく、その後の展開を見据えてのこととしか思えない。


「僕はジェイソンの契約続行の話を聞いて、疑念を深めました。十五年前の事件――ジェイソンはただ、事前の情報から何かが起こることを予想していただけなのか。それとも彼女が何らかの仕掛けを意図的に残して仕組んだために、あの結果が引き起こされたのか」


 僕の想像に、アルフォンス君は息を呑み、険しい表情を浮かべた。


「――もし後者なら、俺たちはジェイソンの死後なお、奴の掌で踊らされてるってことじゃないですか」

「少なくともこの世界では、本当にそれがありうるのが恐ろしいところです。世界から高性能のAIが消えても、キングの機動城だけは、当時のまま――いえ、おそらくは当時の水準を遥かに超えた技術を維持していることは想像に難くない。つまりいまだ屋敷内においては、制作者であるジェイソンの意志を受けて事態が動く可能性が高いということです。仮にそうだとしたら、この遺産相続の話自体が、巨大な餌のようにすら思えますね」


 まるで壮大な舞台と課題だけを残して、自らはさっさと舞台から降りてしまったかのような――。


 軍曹については特に入念に資料を読み、考察を重ねてきたつもりだが、引きこもるようになってからの彼は、まったく掴みどころがない。

 いったい何を思い、あのような遺言と、あまりにも仕掛けの過ぎる機動城という相続の場を用意したのか。

 

「まさにあの屋敷は、彼女のテリトリーといえるでしょう」

「――やはり今度もまた、あんな事件が起こると……?」


 抑えても溢れ出す怒りとともに、唸るように呟くアルフォンス君。僕はなだめるように答える。


「ジェイソンの残した仕掛けなのか、それとも単純に一族の誰かの仕業なのか――いずれにしろ僕達は、犯人が他にいることを確信しています。覚悟も心構えも最大にして、そのつもりで事に臨みましょう。真相の究明も重要ですが、僕達が被害者となっては意味がありません」


 しばらく黙り込んで難しい顔をしたアルフォンス君は、不意に僕に向き直って、何かを決意したように申し入れてきた。


「コーキさん。急ですいませんが明後日、ちょっと俺に付き合ってもらえませんか? 少し遠出になりますが」

「いいですよ。初めからスケジュールは空けています」


 あっさりと即答した僕に、アルフォンス君は逆に面食らった様子だ。


「理由を、聞く必要もないということですか……」

「いつ誘ってくれるのかなと、待っていたんですよ。今現在、マリオンさんの情報を世界で最も把握しているのは、きっと僕でしょう」


 この半年、身の回りや事件に関わる情報は、可能な限り徹底的に調べ尽くしてきた。そんな僕の姿勢は、傍で見ていた彼が一番知っている。


「俺以上にですか?」

「もちろんです。――今は自分のことですからね」


 冗談めかして答えた僕に、アルフォンス君は苦笑を返した。

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