解決
「本当に助かりました。コーキさんのおかげで、取り返しのつかない事態になる前に対処できました」
アルフォンス君は、溜め息とも感嘆ともつかない口調で、改めて礼を言った。
「コーキさんが帰ってから、署内は大騒ぎでしたよ。まずは嘘発見器で、容疑者が虚偽を述べていないことを証明してから、被害者のプライバシー部分を精査する許可を取って、手分けして該当箇所を探して……」
ほぼ習慣化した食後の家族団欒の時間、僕達はお茶を飲みながら語らうにはいかがなものかと思わないでもない血生臭い話題に花を咲かせていた。
「アルフォンス君、映像の確認作業中、残酷な箇所などで泣きませんでしたか? それが心配だったんです。僕も職業柄血には慣れてますし、ある意味切り刻む側だったくらいですが、バラバラはさすがに遭遇した経験がありません」
「――コーキさん……いくらなんでも俺を馬鹿にしすぎです。俺だって慣れてますから。仕事はしっかりやってますから。ご心配なく!」
幾分ムキになったように否定された。
そういうところなのだよ、アルフォンス君。
内心で微笑ましく思う。
そして前回僕が警察署を後にしてからの話には、まだ続きがあったそうだ。
「あの後、あなたとどういう関係なのかもしつこく追及を受ける羽目になって、そっちはそっちで面倒でした」
そうそう、そこも興味があったのだ。お友達の皆さんからの吊るし上げは無事切り抜けたのだろうか。
「何と答えたんです?」
「同棲中の恋人だから手を出すんじゃねえと脅しておきました。これでもう余計な干渉は受けないでしょう」
「警察官がまた随分堂々と嘘をついたものです」
「プライベートに関しては業務外です」
僕のクレームに、しれっと答えるアルフォンス君。なんと誤解を解くどころか上乗せして開き直っていた。意外といい性格をしている。
彼は割と気を使う方だから、僕の存在もその中身などについても、個人情報として極力伏せるよう心掛けてくれているようだ。だからといって、嘘の情報を流すのもどうかと思うが。
まあ、手っ取り早いなら僕はどちらでも構わない。
「それにしても、殺人事件のトリックが超能力だなどと――前の世界の推理小説だったら、ネットで大炎上する案件ですよ。双子トリックどころじゃありません」
事件についての感想を漏らす。
本当にこの世界は、推理のやりようがない。
――そう。バラバラ殺人の主犯は、やはり被害者シビル・エマリー本人だったのだ。
別れ話にキレた女の自作自演。復讐を兼ねた、ある種の無理心中と言える。
世間はしばらくの間、その話題で持ち切りだった。
魔法関連で、シビルの記憶データに徹底的に検索をかけたところ、自宅で癇癪を起こしている最中、目の前のカップが勝手にはじけ飛んだ映像が確認された。
半年前、別れ話が出た日の夜のことだ。
いわゆるサイコキネシスに予期せず目覚めた瞬間だけは、さすがに隠蔽しようのない体験として残っていた。
ちなみに科学重視のアルグランジュでは、念じただけで物理現象を起こすものとして、魔法も超能力も理論的には同一のものと考えられている。僕も違いがよく分からないが、数学の解にどの公式を使うか程度の差異といったところだろうか。
自身の能力に気付いた時に、計画は始まったのだろう。それ以後の映像から、ブラックアウトの箇所が急速に増えだした。
僕のクラシック音楽の記憶データでも、ホールでオーケストラの生演奏の映像などを通しで確認すると、まばたきや何かで黒い画面が時折差し込まれるのとよく似ている。
彼女は、死後引き出されるであろう記憶データに残らないよう、目を瞑った状態で魔法を磨いたのだと思われる。
魔法の種類の中には、透視がある。
おそらくは直接の視覚情報でない記憶は、脳には映像とは違う形で保存されているのだろう。空想や思考などの脳内だけで処理される記憶などは、脳に残っていてもデータ化する技術はまだない。
これは僕もクラッシックの演奏を記録する際、実際にやってみたので間違いない。
演奏で僕好みでない表現など、こうだったらいいのになあと思っても、現実に視聴した通りにしか記録できないのだ。
脳内での改竄ができれば手っ取り早いのだが、いったんありのままの情報をデータに起こして形にしたものを、後から調整するしかない。
だからこそ、記憶の記録は現実にあったものとして絶対視されるわけだ。
ともかく薬物や凶器の入手など、見られて都合の悪い部分は、すべて透視とサイコキネシスの合わせ技で、クリアしたものと推定された。データ化された時の記憶映像に残らないよう、細心の注意を払いながら。
たとえば三か月ほど前、シビルがショッピングへ行った。
その際、今まで一度も立ち寄ったことのないビル内のカフェでお茶を飲みながら、居眠りでもなく異様に長い時間目を閉じている行動が監視カメラで確認された。
その時間帯に絞って調べを進めると、ビルの隣の病院付きの薬局――まさに壁数枚枚隔てた向こう側の一室で、ちょうど薬物の紛失騒ぎが起こっていた事実が判明した。
まさに犯行に使われた件の薬物だ。
そんなもの、最初から狙い撃ちで関連付けて調べない限り、絶対に点と点が繋がるわけがない。
凶器の入手も同様に。
そうやって、少しずつ犯行の準備を重ねていったのだ。