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空想

 人が集まりだした周囲を気にせず、僕は話を続ける。


「犯罪を行う異常な精神状態だったから――では収まらないほどに、作為的な点をいくつも感じます」

「作為的、ですか?」


 率直な感想で話を区切り、次の疑問点に移る。


「一番気になるのが、公開されていたシビルさんの記憶には、不自然なほどブラックアウトの状態が散見されたことです。まるで虫食いのようでした」

「――確かに、通常よりは多かったですが、遺体からの読み取りですし、個人差もあります。装置も複雑でデリケートなものなので、対象の状態次第で記録できない場合も珍しくはありません」


 アルフォンス君は僕の思いつきのような話を慎重に検討しながらも、常識に沿ってずっと丁寧な反論をしてくれる。意地になっているわけではなく、真実に対して誠意のある重要な姿勢だと思う。

 おかげで僕も穴がないかを振り返りながら、話を進められる。


 ここでの彼の意見に対して、僕は推論というよりは率直な印象を口にした。


「全体を通して観た犯行前後の映像は、まるで切り張りした編集によって、インタビュー対象者の発言を正反対の意味に作り上げてしまうマスコミの手法のようだと思いました。肝心な場面は削除して、都合のいい部分だけを残して、狙う方向の結論に誘導するような……」


 ここは本当に僕の個人的な感想になってしまう。

 ただ、記憶読み取り装置を、自分でも被験者側として利用した身としては、あの映像の仕上がりには、どうしても違和感が拭えないのだ。

 これは経験者でなければ、実感できない類の感覚的なものだ。


 やはりアルフォンス君にもピンとこない様子だった。


「丸ごと吸い取られた記憶で、そんなことは不可能です」


 この場にいる誰にとっても、それが常識なのだろう。頷いている職員も複数いる。

 しかしその反論には、僕ははっきりと答えられる。

 なにしろ自ら実際に試しているのだから。


「簡単なことですよ。記憶装置を利用した側の経験から言わせてもらえば、実際に目に写していないものは、映像として記録されません。カメラのレンズにカバーをかぶせたようなものです。隠したい部分は、初めから目を瞑っておくだけで映像に残すのを防げます。あえて無理やりデータ化すれば、真っ暗な映像にはなりますけどね」

「しかしそれでは何もできないでしょう?」


 困惑するアルフォンス君に、僕は至って真面目に問い返す。


「本当にそうでしょうか? この国では馴染みが薄いですが、それを可能にする人種がこの世界にはいるのではありませんか? 彼女の高祖母は、アルテアン魔法王国からの移住者だそうですが」


 周囲がざわりとした。


 僕の頭にあったのは、手を使わずにお茶を入れてくれたボーカロイド秘書の姿だ。前の世界ならあまりに馬鹿げている不可能な手段も、ここでならできる人間はいる。


「アルグランジュでも、魔法による犯罪には魔法王国への応援要請をする場合があるそうですが、逆にその気配がなければ、通常捜査で終わりますよね」


 アルフォンス君は戸惑いながらも、反論を続ける。


「超常能力による犯罪を防ぐため、国内の能力者は全て登録されています。ですが、もちろん被害者は違います。生まれも育ちもこの国ですし、これまで魔法を使った記録や情報は、どこからも出ていないごく普通の一般人です。その高祖母含め、能力者との関わりもありません」

「直近のことまで調べましたか? 素質のある人間は、精神的な衝撃で突然力に目覚める場合があるそうですが、恋人から別れを告げられたショックは、引き金にはなりえませんか?」

「――それは……」


 アルフォンス君はとうとう反論の言葉を止める。

 大事なのは、きちんと調べて、可能性を潰しておくことだ。それをしていないなら、完全な否定などできない。


「この国の捜査手法の裏を衝いて魔法の匂いを徹底して消すことは、僕は可能だと思います」


 僕の話の流れから、導き出したい結論を察し始めた周囲のざわめきを聞きながら、そこでまた話題を変える。


「前にいた世界で、実際にこんな事例がありました」


 この事件を調べていて、この結論を得た時に自然と思い出した話だ。


「ある宗教の敬虔な信者の死体が、自室で発見されたんですけどね。銃で頭を撃ち抜かれ、その凶器も見当たらないことから、すぐに他殺と断定されました。しかし結論から言うと、自殺だったんです。銃をゴムで繋いでおいて、自殺の実行後、手から離れた瞬間に、開け放たれた窓の外の高い木の枝まで引っ張られて飛んでいく仕掛けだったわけです。単純な凶器消失トリックですね。自殺を罪と定める宗教だったので、他殺に見せかける必要があったからです」

「ま、待ってください……さっきからあなたの言っていることは、まるで……」


 僕の出した例え話の真意をはっきりと理解し、アルフォンス君も周囲の人垣も、言葉を失う。


「被害者の性格は……客観的に証言するだけで、悪口の羅列になってしまうような方だったようですね」


 もしそうなら、加害者と被害者がひっくり返ってしまう。


「と、まあこれも可能性の一つに過ぎません。だから、これ以上僕が推理にもならない空想を長々と並べ立てるより、まずは調べるべきなんです。必要ないと見向きもしなかった別の部分を」


 伝えたいことは伝えられたので、そこで席を立った。

 別に間違っているならいるで構わないのだ。冤罪の疑念を一つ消せるのなら十分だ。


「それじゃ、これで帰ります」

「――あ、送っていきます!」

「大丈夫ですよ。タクシーで帰りますから」


 あとに続こうとしたアルフォンス君を手で制する。


「君はお仕事を頑張ってください」


 決して冤罪など許さないように。


 僕の淡々とした激励に、アルフォンス君は真剣な顔つきで、「はい」と気合を入れ直して頷いた。

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