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別視点

「――はあ?」


 僕の思いもよらない一言に、アルフォンス君がぽかんとする。それから困ったような表情を浮かべた。


「コーキさん。事件に関しての口出しは……」

「僕は、冤罪は嫌いです。君と同じく」


 反論の言葉に被せて、まっすぐ見上げて言い切った。

 アルフォンス君には、何より痛い言葉だと知っている。


 険しい顔つきで黙り込み、お互いに無言で見つめ返す時間が、数秒続く。


「そう思う根拠は?」


 考えを切り替えたように、淡々とした口調で問い返される。素人の僕の意見を、真剣に聞いてくれるようだ。僕も心して発言しなければ。


「こちらの捜査ではあまり重視されませんが、まず動機の点からいきましょうか。別れ話でこじれていたということですが、別れを切り出していたのは容疑者の方で、被害者は断固拒否して付きまとってすらいたんですよね。通常なら、殺す側の執着の方が、大きいものではありませんか?」


 この世界とはまったく違う事件へのアプローチの仕方を提示してみる。まずは一つ一つ、細かい検証の積み重ねだ。


「――それは傾向の問題で、パターンから外れる場合だって普通にあるでしょう」


 僕の最初の意見に、アルフォンス君は考える間すら置かずに答える。

 しかし頭から否定するような態度ではなく、公正さに努めてくれているようだ。反論自体も冷静で、至極ごもっとも。


「そうですね。特に被害者のシビルさんは、情熱的な分、非常にヒステリックなところがあったととか。エスカレートしていく彼女のエキセントリックな行動に、カンテ氏も追い詰められていたとしたら、通常のパターンには当てはまらない場合もあるかもしれませんね」


 そこは受け入れて頷き、それから引き続き別の切り口からの疑問点に移る。


「では、次です。被害者と容疑者は、同一の薬物を摂取していたそうですが、実際に死ねるほどの効果はないものだそうですね。なぜカンテ氏は、死ねない薬を自分も飲んだのでしょう? 正確な効果を知らなかったのか、それとも薬で死ぬつもりはなかったのか。シビルさんの自由を奪うのが目的だったら、そもそも自分の分まで取っておいて飲む必要はないでしょう。服毒したタイミングすら、分かっていませんよね?」

「その辺りの証言は、全部知らない、覚えがないの一点張りですが、たまたま残った薬を衝動的に飲んでしまったとしてもおかしくはないでしょう。殺害直後までの記録しか取れていませんが、服毒はその後すぐと推定されています」


 僕としては、そこも追及したい部分だ。確かに殺害の瞬間は間違いなく録れている。

 その時点で証拠能力としては、100か0かで言えば100となるわけだが、殺害の瞬間まできっちり捉えた直後のタイミングで記録が消えた点に、作為を感じたのだ。


 なぜ僕が知っているのかと言えば、モザイク入り・年齢制限付きとはいえ、犯行の映像もなんと公開されている情報なのだ。そのため一般人の僕でも閲覧できてしまった。

 利用した僕が言うのもなんだが、情報化社会が過ぎると思う。


「そもそも、被害者と加害者の記憶が、ほぼ同時に暗転しているなんて、都合がよすぎではありませんか?」


 これには一応しっかりとした理由がある――とされている。


 被害者が首を刎ねられる直前、「やめて」と叫んだせいで、スマートハウスさんが完全消灯してしまったのだ。

 後で調べたところ、シビルさんの家は、「消して」のキーワードで、1秒後に部屋の照明が消えるように設定されていた。


 アルグランジュ語では、「やめて」と「消して」が非常に近い発音の単語であるため、不明瞭な叫び声に反応し、誤作動したものとみなされた。

 ちなみに、キーワードから数秒後に消灯、という設定の仕方自体は、ごく一般的なものだ。

 せっかちな僕などは自室の照明を0.5秒の時間差で設定している。歩きながら「消灯」と言うと、ちょうどドアを出るタイミングで消えてくれるのだ。


 おっと、少し逸れた。


 要するに容疑者のカンテ氏の記憶データが途中までなのは、物理的に暗くなったせい、という結論だ。見えなくなれば、暗闇の記憶が残るだけなのだから。


「とすると、カンテ氏は、真っ暗闇の中で毒を飲んだんですかねえ?」


 ここはまあなくもない行動なので、あくまでも感想のように呟く。


「ともかく、本人の言う通り本当に知らないのかもしれませんよ? なにしろ薬物に関しては、市内の病院から盗まれた物だと断定された以外、入手方法もいまだ判明してないんですよね? 記憶の映像から明確な証拠が出た場合、それより格が落ちる嘘発見器などは通常使用されないそうですが、せめてそれくらいは試してみることはできませんか?」

「――そうですね。検討は可能ですが、申請するだけの根拠が欲しいところです」


 話が立て込んできたため、アルフォンス君は僕の隣の席に腰を下ろした。一応疑いつつもじっくりと耳を傾けてくれる姿勢に、いい警察官だなと素直に思う。

 内心で感心しながらも、表情を変えずに続ける。


「事件の発端は、別れを受け入れず付きまとってくるシビルさんに、最後の話し合いを求められ、カンテ氏が彼女の自宅を訪ねた、ということでしたね? シビルさんは、いつになくしつこいくらい訪問の時間をきっちりと指定してきたとか。カンテ氏だけでなく、その後の時間に約束を取り付けた友人にも。その指定時間の差が、わずか三十分。つまりシビルさんは恋人との最後の別れの話し合いを、たった三十分足らずで終わらせると、初めから決めていたわけでしょうか?」

「それこそ、人と状況によって変わることでしょう」


 その指摘もごもっともだ。

 一発殴ってすっきりと終わらせて、その後友人に慰めてもらうつもりだった、ということだって十分考えられる。


 ただ、これまで調べた限り、被害者のシビルさんという人は、まったくそういうキャラクターではないのだ。それこそ根拠の弱い印象になってしまうが、人物像が合わないというのか……。


 半年間粘着した行動でもうかがえる通り、区切りをつけるためというより、繋ぎ止めるためと言われた方がまだ納得できる。

 すると、たった三十分後に友人と約束していた理由が分からない。応援要員なら、最初から同席させるだろう。本人は、恋人のことで相談したいと言ったそうだが。


「あまりにらしくない、普段と違った行動を立て続けにとるなら、そうするだけの意味や目的があるのだと思うんです」


 ここは警察署内にあるのカフェだ。

 いつの間にか、僕たちの会話に興味を持った人達で、周囲には人の輪ができていた。

 事件への関心以上に、チェンジリングの僕の異世界知識や異能を期待しているのかもしれない。特にご期待に添えるようなチートがなくて申し訳ない。


 固定観念のない子供が思いもつかない自由な発想を出すように、素人ゆえの別視点とでも思ってくれれば十分だ。

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