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バラバラ

 ひとまず帰宅を先に延ばすことにして、クレマンさんに告げた。


「私はしばらく喫茶室で時間を潰しています。ああ、一人で結構です。お時間を取っていただいてありがとうございました」

「ではお気をつけて」


 クレマンさんと別れて回れ右をした。


 足を進め始めたところで、正面玄関の方角がにわかに騒がしくなった。

 強面に囲まれて歩いてくる一人の男、という日本時代もニュースやドラマでしばしば見た光景が目の前で展開される。


 なるほど、あれがブレーズ・カンテかと、足を止め、中央を歩く男を興味深く眺めやった。


 テレビを付けっぱなしにして、ひたすら世情を漁っていたので、最近の目立つニュースは大体把握している。


 なんでも恋人の家に乗り込み、別れ話のこじれから相手を生きたままバラバラにして殺した後、その場で薬物による自殺を図ったが自らは死にきれなかった、といった人物だったはずだ。

 回復して、ちょうど本日警察署に身柄を移すところに遭遇してしまった。


 バラバラ殺人といえば、こちらに来る前に読みかけだった『ベルサイユのバラバラ殺人事件』の犯人は一体誰だったのだろうか。それが判明する日が永遠に来ないのがなんとも心残りだ。

 こんなことになるのなら、徹夜をしてでも最後まで読んでおくのだった。どうせ明日から長期休暇だからと、ちょうど面白くなるところで明日のお楽しみに回してしまったのは痛恨のミスだ。まさか翌朝チェンジリング現象に見舞われてしまうとは。

 物語的には、「真犯人は探偵役の身近な人物」の法則から、いつも一緒にいる幼馴染みの安藤に一章のうちから当たりをつけていたが、まさか途中で殺されてしまうとは。

 やはりヒロインの大須賀が実は……という、「主人公が真犯人」パターンだろうか。僕としてはその様式を初めて読んだとき、『オリエント急行の殺人』の「探偵以外全員犯人」パターンと匹敵するほど度肝を抜かれたものだが。

 巧みな文章と展開に誘導されて騙されるほど、結末を知った時の「やられた」感が爽快で結構好きなのだ。

 だとするとあそこは、アリバイ作りに男装をしていた可能性が高いと思うのだが、それももはや永遠の謎だ。近いうちに推理小説マニアの日本人チェンジリングでも誕生してくれない限りは、答え合わせはできない。それこそ天文学的な確率というものだ。実に残念でならない。


「俺はやってない! 何かの陰謀だ! 何も覚えてないんだ!!」


 憔悴しきった様子のブレーズ・カンテが、取り乱して叫び出したことで、現実に引き戻された。


 ――容疑者の「俺は無実だ」発言を、人生で初めて生で目撃してしまった。


 少々どきどきしながら、連行されていく男を見送った。


    *     *     *     *


 警察署内のカフェで一人落ち着いてから、先程の出来事をじっくりと思い返してみた。


 この世界ほど、トリックや陰謀といったものの謎解きが成立しない世界もないのではないだろうか。


 推理のし甲斐がないというより、推理する余地がない。

 推理小説など、ジャンル自体が存在もしていない。


 似たようなものがないかと改めて探してみたが、実際に起こった犯罪事件簿的なものがせいぜいだった。

 アルフォンス君が推理小説に対して微妙そうな反応をしたのも頷ける。


 そしてその事件簿を読んだ限りでは、昔の推理物おなじみのトリック「犯人が実は双子だった」どころの話ではないとんでも事例が目白押しなのだ。


 たとえば、当然違法だが、自分の細胞からクローンを作った上でのアリバイトリックなんて例が現実にあった。

 あるいは、鳥に偽装したロボットによる上空の遠距離からの超精密射撃をしたり、はたまたターゲットが通勤で通る道に、三年後に作動する生体認証機能付きの爆発物を仕掛けてターゲットが引っかかるのを気長に待ち、犯人の特定を著しく困難にしたり――なんて事件まで本当に起こっていた。


 とはいえこの辺りなら、理屈にもあっているのでまだ納得できないこともない。


 ひどいのになると、遠い魔法王国――その中でも一番強大なアルテアン魔法王国の例になるが、幽体離脱して殺害対象に乗り移って自殺させたり、不幸の手紙を受け取ってうっかり読んだら本当に呪い殺されたりなどの実例が確認されているという。


 はっきり言ってもう何でもありではないか。

 せめてSFなのかファンタジーなのか世界観を統一してくれと言いたいところだ。


 アルグランジュでは科学偏重でSF寄りの社会と考えていいが、魔法王国では、テレビで時折やっていたFBI超能力捜査官みたいな方々が公的機関でリアルに活躍中なのだ。あちらではむしろ、非現実的な謎の力が働いて、科学捜査では対応できないらしい。

 捜査手法がまったく違うため、我が国での犯行から魔法が疑われた場合は、国際協定に則り、その超能力捜査官もどきを出向願うのだ。逆の場合も当然ある。


 いずれにしろ日本での手法に馴染んでいる僕からしたら、超科学技術による犯行の手口だけでも厄介なのに、人知の及び難い魔法や超能力や呪いまでもがしっかり存在するものだから、とにかく推理する以前の問題になってしまう。


 警察署内のカフェで時間を持て余し、ゆったりとお茶を飲みながら、僕は先程のブレーズ・カンテの事件の情報を集め始めた。


 報道の自由度の高さは日本の比ではない。事件に関して、調書かというくらい詳細な情報をネット情報だけで知ることができるのだ。それがいいのか悪いのかは判断が分かれる気がするが。


 まずはすでに確認されている事実を基に、大まかな流れをまとめてみよう。

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