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警察署

 翌朝は、何事もなかったように一緒に朝食を食べた。

 それから素知らぬ顔でいつも通りにアルフォンス君を送り出す。


 そしてほとんど間を置かず、タクシーで同じ目的地へと向かった。彼の職場へと。


 警察署の受付は、チェンジリング局と違ってさすがに無人ではなかった。

 窓口の係の女性に、昨夜のストーカー連行案件の担当者の呼び出しをお願いする。


 すると何故か、少し前に別れたばかりのアルフォンス君が真っ先に駆けつけてきた。一体どういったネットワークになっているのだろう。


「アルフォンス君、来ちゃった」


 とりあえずアルフォンス君に、開口一番笑顔で告げる。


 おませな安奈ちゃんから聞いたのだが、こう言うと喜ばれるらしい。しかし使い方はこれで正しいのだろうか? 警察署に「来ちゃった」は、用法としては不適切な気がしないでもない。

 アルフォンス君も、どちらかというと慌てているように見える。


「な、なんでいるんですかっ?」

「もちろん一市民としてプライバシーの侵害の件についての相談をしにですよ?」

「ああ、もう~……」


 僕の返答で、昨夜の件から芋づる式に全部露見してしまったことに気が付いて、溜め息を吐くアルフォンス君。

 しかしいつまでも、未成年の女の子を保護している気分でいられてはこちらも困るのだ。僕への度を越した心配は必要ないのだと、しっかり行動で示していかなければ。


「もうこちらの生活にも慣れたので、これ以上の気遣いは無用です。自分のことは自分で対応します。気兼ねなく君の仕事に戻ってください」

「いや、しかしですねえ、世間知らずのコーキさんを、一人で放り出すわけには……」

「ここの世間に疎いことは否定しませんが、自分で動かなければ知らないままですからね」

「それじゃ、俺も同席して」

「暇人なんですか。子供ではないのだから保護者なんていりませんよ。ああ、昨日の人が来たようですね。それではまた」


 説得が続きそうなアルフォンス君との会話をスパッと切り上げて、昨夜見た覚えのある顔の青年の下へと歩き出した。なんだか心配性の父親と反抗期の娘のようだ。


「あ、昨日の美少女!」


 その一言で、僕をパジャマの美少女と評した人物だと思い出す。


 それから「あ……」と、彼は何かに気が付いたような気配をうかがわせた。

 さすがに警察官だけあって、明るい場所で間近に見れば、以前の公開映像と髪型や印象が違っていても、僕が誰かが分かったのだろう。

 なにしろマリオン・ベアトリクスの名前だけなら、国民のほとんどが知っているくらいの有名人だ。そして現在は、国内で一番新しいチェンジリングとしても、更に話題となった身。

 加えてアルフォンス君繋がりともなれば、連想も働くというものだ。


 なるほどと、青年はどこか納得したような表情を見せた。


「昨夜はどうも。私が担当者のクレマンです」


 態度をビジネスライクに改めたクレマンさんに、僕も挨拶を返す。


「その節はお世話になりました。クルス・コーキと申します。昨夜の件での手続きと、今後の相談に参りました。彼らの目的は、私だと思いますので」

「――まあ、そうなんでしょうね」


 僕の用件を聞いて、チラッとアルフォンス君へと視線を移すクレマンさん。別に未成年ではないのだから、同居人の意向などうかがう必要はない。

 その意思を込めて、促すよう言葉をかける。


「こちらでの生活も落ち着いてきましたので、今まで彼に任せきりにしてしまっていた部分をそろそろ自分で対処しようと思いまして。ああ、私一人で問題ありません。公私を分けないと、税金泥棒呼ばわりされてしまいますからね」


 口を挟まれる前に、聞えよがしの釘を刺す。アルフォンス君が渋い顔になり、クレマンさんがぶっと噴き出した。どちらも思い当たる節があったようだ。


「分かりました。ではクルスさんはこちらへ」

「おい、クレマン。分かってるだろうな!?」


 ちょっと睨みつけるように、アルフォンス君が威圧している。パワハラにならないかちょっと心配だ。


「彼のことは気にしないでください」

「もちろんです」


 僕とクレマンさんは、素知らぬ顔でその場を後にした。


 通された個室で向かい合ってから、これまでの経緯をクレマンさんに聞かせてもらう。


 それによるとアルフォンス君は、自宅周りが不審者で溢れているからということで、警備強化の指示を出していたそうだ。

 私事で動かして大丈夫なのかと思ったら、きちんと規定に則った手続きを経た上でのものだそうだ。チェンジリング初日で僕を見つけ出した前例があったから、つい杞憂してしまった。


 それで配備したところ、実際に撮影機材を隠し持った不審者がうじゃうじゃ出てくるから、ここしばらくは近辺の網を張っていたのだとか。

 虫ほどのサイズの飛行カメラなど、三桁に届く勢いで捕獲したというのだから、そんな場所で何も知らず生活していたのかと思うと恐ろしい話だ。


 しかし明確な犯罪行為を犯してはいないため身柄確保しても拘留まではできず、その都度職質や厳重注意で解放していた。


「筋金入りの奴らばかりでみんな口を割らなくて、何が狙いか分かってなかったんです。ようやく理由が分かりましたよ」


 処刑場でのど派手な登場をしたいわくつきのチェンジリングが、まさか同僚の家にいたとは、といった風情だ。

 大半のチェンジリングは、最初の内は国が用意した施設を選ぶという話だ。

 確かに僕もアルフォンス君との出会いがなかったら、コベール課長の勧めのままそうするつもりだった。


 やはり僕のプライバシーは警察の仲間内にすら完全に黙されていた。ここはアルフォンス君の律儀さに感心すべきなのだろうか。


「チェンジリング局を通さない取材等の接触は基本的に禁じられていますが、隠し撮りまではなかなか防ぎきれるものではないんですよね。でも巡回が抑止力にもなったので、不審者も最初よりは減ってきているんですよ」

「おかげさまで、平穏な生活を送れています。これからもお世話になると思いますが、よろしくお願いします」


 そしてこれまでの状況の説明や要注意人物の情報、今後の相談や注意事項などのやりとりを進めていった。


 ひと段落したところで、話題はプライベートなものへと移る。


「アルの奴、例の日が近付くにつれてピリピリとしていって、正直ハラハラしてたんですよ。なのに、有休を切り上げて職場に戻ってきたあいつはなんだか吹っ切れた様子で。疑問に思いながらも、誰も訊けずにいたんです。身内が処刑されたばかりなのに大丈夫なのか、なんて口にできるわけないですからね。ただ、無理してる感じでもないんで様子を見守ってたんですが――あなたのおかげだったんですね」


 クレマンさんが、腑に落ちたように言った。


「少し前までのあいつは、見ていられないくらいでしたから。一緒にいてくれる人がいてよかったです」


 しみじみとした口調で呟く。


 例の日とは、死刑執行の日のことだろう。

 家族が殺されるカウントダウンが確実に迫ってくる友人を、傍でただ見ているしかない状況というのも、想像するだけでなかなかに胃が痛くなる話だ。


 クレマンさんは同期で気安い間柄だそうだが、階級で言えば警視と巡査くらいの差があるのだとか。それでも、事情を承知していて、こうして変わらずに気にかけてくれる仲間がいるのだからありがたいことだ。


 内心で感謝しつつ、彼の言葉に僕は首を横に振る。


「いえ。彼に同居を提案してもらって、助けられたのはこちらも同じですよ。この世界で寄る辺のない身の上ですが、とてもよくしてもらっています。たとえお互いに()()()()ではなくとも、本当の家族のように感じています」

「――くそう、あの野郎。上手いことやりやがって」


 僕の率直な感想に対して、そんな唸る声が聞こえた。そこに含まれるニュアンスには賛同しかねるので、あえて聞き流す。

 まったく脈のない美少女が傍にいるのは、むしろ下手を打ったというべきではないだろうか。本当の家族、というのはもちろん、“恋人(パートナー)”ではなく“弟”という意味だ。


 やがて用件も世間話も終わり、帰ろうと廊下を連れ立って歩いていたところで、僕とクレマンさんに同時に緊急連絡のメールが入った。アルフォンス君からだ。


 立ち止まってそれぞれ確認してから、その内容に、お互い顔を見合わせる。

 クレマンさんから口を開いた。


「タイミングが悪かったですね。今日はブレーズ・カンテが病院からこちらに移送される日だったようです。担当部署以外は極秘情報なので、私も今知りました。署の周りはすでにマスコミに囲まれてるということですが」

「ええ、アルフォンス君からしばらく外に出ないようにと、警告が来ました」


 相変わらずマスコミの情報収集能力が凄いと感心する。

 凶悪犯の逮捕や護送に報道陣の注目が集まるのは、こちらの世界も同じだ。心配性のアルフォンスパパが、待機のお願いをしてきた。


 一応反抗期中とはいえ、ハイエナが待ち構えている場所にのこのこ出て行きたいとも思わないので、ここは素直に従うとしよう。

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