過保護
おやすみを言って部屋に戻ってから、就寝をもう少しだけ遅らせて、ちょっとした調べ物を始める。
あの場では追究しなかったが、別に誤魔化されたわけではない。
僕が外に様子を見に行った時のアルフォンス君の焦り方は不自然だった。
まずは先程の事件を検索してみよう。
ご町内で起こった逮捕案件や不審者情報など、簡単にアクセスできるようになっているのだ。
「おやおや、これは……」
一通り調べてみて、思わず苦笑してしまった。
最近この近隣で、夜中に不審者が連行された件は、今日が初めてではなかった。
それどころか、ここひと月ばかり、ほぼ連日のように、誰かしらが警察の網に引っかかって連行されたり職質を受けているのだ。
それも我が家を中心に。そして注目すべきは、その全員の職種がマスコミ関係者ときている。
「ふふふふ。やるじゃないか」
抑えきれずに、つい笑い声が漏れてしまった。意気込みだけが先走った口先の言葉ではなかったことを、褒めてあげたい気分になる。
どうやら僕は、すでに知らない間にアルフォンス君に守られていたらしい。
僕が彼のメンタルを陰ながら支えていたように、彼も僕の平穏な生活を裏から物理的に守ってくれていたのだ。
護衛対象には気付かせず、余計な不安を与えもせず、新しい環境への順応に専念できるように。
アルフォンス君は、マスコミなど特に問題もないように言っていたが、やはり僕にはパパラッチ張りの張り付きがあったのだなと、今更ながら実感する。まったく、これでは世間知らずの天然扱いされても反論できないではないか。
【チェンジリングの王】の遺産を受け継ぐ権利を持つ相続人候補もまた、まさにその相続問題で殺人を犯して死刑となったという因縁の存在に顕現した【チェンジリング】。
社会的にだけでなく、ゴシップ的にもかなりのインパクトだ。週刊誌ならトップ記事を飾れるネタだろう。注目されるのが当然だった。
なのにこれまでの生活で、不審人物からの接触は皆無だった。直接的な取材は協定で禁止されていても、偶然を装ったり遠距離から盗撮したり、やりようはいくらでもあったろう。
そういったものから、僕を完全にガードしてくれていたのだ。
出会いから弟のイメージを持ってしまって、頼りない様子ばかり見てきたせいで、少し誤解していたのかもしれない。伊達にエリートなわけではないということか。
若造などと侮ってしまって、少し反省したい。その行動力と気骨は見直してやらなければ。
彼の持てる情報網と権力とコネを総動員して、僕のプライバシーと安全――何事もない日常を確保してくれていたのだから。
たまたま今夜は僕にバレてしまったが、きっと明日以降も同じようにこの警備態勢は続けていくのだろう。素知らぬ顔でご近所さんのストーカーだなどと、僕には誤魔化して。
こういう騙され方なら、悪くはない。
しかし知った以上、何も知らないお姫様のように、ただ一方的に守られ、甘やかされた現状を良しとはできない。
確か彼は、同僚に対して「手続きは明日俺がやる」と言っていたか。
狙われた家の家主として、今までも彼がすべての聴取等に対応してくれていたのだろう。
「僕に、気を使いすぎだな」
頑なさすら感じる過保護ぶりに、苦笑が失笑に変わる。
チェンジリング局の方でも、個人情報の管理はかなり厳格にしてくれているから、同居中のアルフォンス君が言わない限り、僕の所在地等の情報は洩れない。
不必要に注目を浴びやすい僕のプライバシーを、徹底して守ってくれているわけだ。通報先の職場の仲間にすら。
同僚の皆さんが、“ストーカー”のターゲットである僕の存在を把握していなかったのは、そのためだろう。
逆に警察の把握していない情報を嗅ぎつけるマスコミのハイエナぶりには脱帽するばかりだ。
それにしても、どうもアルフォンス君の中では、十五年前の未成年のままのマリオンのイメージが払拭できないようだ。
姿が同じだから、それも仕方ないぶぶんはあるが。だったら行動で、別人であることを示し続けるとしよう。
何事も継続と反復は重要なのだ。
まずは明日警察署へ出向いて、一連の問題についての正確な情報取集と、今後の相談などをしようか。
本来は僕個人の問題を、これ以上全部アルフォンス君に、保護者のように背負わせるわけにはいかない。曲がりなりにも、公的には三十二歳のいい大人である以上は。
看護師ストーカーなる言葉を聞くくらい、僕の元職場ではストーカーは割と身近なものだった。それなりの心構えは持っている。法治国家である以上、僕は僕の権利を行使するのだ。
もちろんアルフォンス君には内緒で行ってやろう。騙されていたことへの意趣返しというわけではないが、少しくらいは驚かせてやってもいいだろう。
さっき顔を出した時のように、驚いてくれるだろうか? どんな反応が見られるのか、少し楽しみだ。
いたずら心を抱きながら、ようやく遅い眠りについた。