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捕り物

 僕は普段は生活リズムが規則正しい方だが、今夜はたまたま興に乗って、夜更かししてしまった。


 いつもならぐっすり眠っている時間だが、まだ眠くならない。

 なんとなく息抜きをしようと、窓を開ける。もちろん窓も自動だ。僕もすでに立派な怠け者となった。

 日本で住んでいたマンションと違って、こちらの家は星空がよく見える。

 星空はどこの世界も同じだ。星座は違うが。

 この家に住み始めてから、時々見上げるようになったが、こんなにゆったりとした生活が待っているなど、忙しかった幸喜時代には考えたこともなかった。


 完全防音の窓が開いた瞬間、何やら人が争うような音が聞こえた。


 少し様子をうかがっていたが、どうやら捕り物のような騒動らしい。泥棒でも出たのだろうか?

 護送車を思わせる警察車両と、数人の警察官や見物人などが見える。


 推理物好きとしては、当然警察物も押さえている。これから推理小説を発表する予定の身としては、ぜひ取材しておきたいところだ。と、大義名分を立てつつ、早速野次馬に加わるべく、部屋を後にして玄関から出て行く。


「後は頼む。手続きは明日俺がやる」

「了解。朝イチで来いよ」

「ああ」


 アルフォンス君の声が聞こえた。犯人を確保した警察官に声をかけている。それにフランクに応じる声。

 そのやりとりから察するに、職場での知り合いのようだ。僕への丁重な言動と違って、警察官モードの彼はやはり、ザ・捜査官な感じらしい。


 柵の外にいるアルフォンス君に、声をかけてみる。


「アルフォンス君、何があったんですか?」

「コ、コーキさん!?」


 突然顔を出した僕に、思った以上の驚きの反応が返ってきた。なにやら焦っているように見える。まるで後ろめたい秘密がバレた浮気亭主のようだ。


 そして更に、周りにいる同僚らしき警察官の皆さんも何故かざわつき始めた様子だ。


「アルの家から、パジャマの美少女が出てきた!」

「てめ! 最近帰りが早いと思ったらそういうことか!?」

「いつの間に抜け駆けしてたんすか!? 仲間だと思ってたのに!」

「うるせー、とっとと仕事に戻れ!!」


 何やらにぎやかな応酬が始まる。仲間が相手だと、アルフォンス君の口がなかなかに悪いのは新発見だ。


 僕の存在が注目されてしまったようだが、とりあえず以前心配したような猥褻警官扱いではないようで一安心といったところか。

 代わりに抜け駆けで責められているが、そこは仲間内で解決する問題だろう。

 しかしむさい男同士のやり取りとは、どこの世界も変わらないようだ。若い時分から僕はああいったノリには加われないタイプだったから、少々羨ましい。


 それからすぐ、警察の皆さんは追い立てられるように引き上げていった。


 とりあえず手短に切り上げられた仲間内のひと悶着は、後日に先延ばしとなった。どうやらアルフォンス君は、後で吊るし上げられるらしい。彼のポジションは寂しい独り身から、一瞬にして美少女と同棲中の勝ち組に確変したようだ。

 美少女と言っていただいて恐縮だが、中身が僕なので、どういった説明になるのかは大変興味深いところだ。


「終わったんで、戻りましょう」


 アルフォンス君に背中を押されながら、家に引き返す。


「それで、結局何があったんですか?」

「近所でストーカー騒ぎがあったみたいですよ。うちの監視装置にも引っかかったんで、通報して無事解決です」

「さっきのは職場のお仲間ですか?」

「ええ。課は違いますが、先輩や同期がいたので」

「そうですか」


 エリートだからと職場で煙たがられている様子もないようで何よりだと胸を撫で下ろしながら、二人でリビングに向かった。


「そういえば、コーキさん。その言葉……」


 話している途中で、アルフォンス君が気が付いた。


「ああ、そうですね。もう、大丈夫そうです」


 僕も、自然にアルグランジュ語で答える。夜中に咄嗟に出てきたから、万能ブレスレットを着け忘れていたのだ。

 今の僕は自力でしゃべっている。日々の練習が実ってきて、それなりに不自由なく会話できていると思う。

 明日からは日常生活でも、翻訳機能を完全に切ってもいいだろう。


「今日は遅くまで起きてたんですね」


 普段ならとっくに寝ているはずの僕が出てきた件に話題が移るが、それを言ったらアルフォンス君は、まだ入浴もしていないようだ。


「君こそ、明日も仕事があるのに、随分遅いじゃないですか」

「俺はいつもこんなもんなんで」

「いくら若いとはいえ、連日の夜更かしはあまり感心しませんよ」

「いやいや、今は実質コーキさんの方が若いですから」


 雑談をしながら、ダイニングに移動する。何か飲んでから、そろそろ寝ることにしようとなった。


「何を飲みます?」


 アルフォンス君は自分用にアルコールを用意しながら、僕に尋ねる。

 健康上のデメリットが多いから、僕は寝酒はやらない。それ以前に、一応公的な年齢が三十二歳なので法には触れないとはいえ、飲酒が認可される法的年齢に身体年齢が達するまでは待った方がいいだろう。こちらではアメリカと同じく二十一歳から解禁となる。ちなみに成人は二十歳だ。

 それはそうと、アルフォンス君の飲み方についても、同居する以上その体調は、元医師として注意を払っておこう。医療技術が進んでいるからと、体を壊しても治せばいいという問題ではないのだ。


 とりあえずクマ君を呼び寄せた僕に、アルフォンス君がどこか懐かしむような表情で苦笑した。


「コーキさん、それ、好きですよねえ」


 他に最新型の家事ロボットがあるのに、旧型のテディベアばかり贔屓していたことに気が付かれていたようだ。


「マリオンさんじゃありませんからね」


 続きの言葉が出る前に、先回りして否定する。

 クマ君はマリオンのお気に入りだったから、重なるものがあったのだろう。

 彼女とイメージがかぶらないようにできる限り気を付けてはいても、やはりいろいろと意図しない不都合は出てくるものだ。


「僕の家にも、まったく同じメイドさんタイプのクマ君がいたんですよ。ただのぬいぐるみですけどね」

「男の一人暮らしでですか?」


 ごもっともなツッコミを食らい、思わずしまったと思う。確かに一人暮らしの男がぬいぐるみを大切にしているというのも、個人の勝手とはいえ、言われてみれば世間的には当たり前の図ではないかもしれない。


 仕方がない。これは言いたくはなかったのだが……。


「――クマ君は、子供の頃、弟が選んでプレゼントしてくれたものだったんですよ。正直、性別的にこれは違うだろうとは思いましたが、もちろん喜んで受け取って……それからずっと大切にしてましたよ」

「――そう、ですか……」


 ああ、予想通り、なんだかしんみりとさせてしまった。この話はここで切り上げよう。


 さて、何を飲むかの話だったな。

 僕は基本的に甘党で、頭脳労働の前後はココアをよく飲んでいた。これも寝る前には控えているが、たまにはいいだろう。


 と、答えようとして、言葉に詰まってしまった。

 日常会話はそれなりにできるようになったはずだが、まだ時折固有名詞がすんなりと出てこない。これは以前のような加齢のせいではなく、単純に普段使わない単語が咄嗟に思い出せないだけだ。

 ココアは、こちらの言葉で何だったか。


「アレ、アレが欲しいんですが、なんでしたか……『ココア』が欲しいんです」

「……はっ!???」


 日本語混じりのもどかしいリクエストに、アルフォンス君は驚いたように固まり、グラスをまたもや落とす。


 確か以前にもこんなことがあった。今度は何なんだろう?

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