作品1
そうそう、文化事業についてだった。なぜこんなに本題から離れてしまったのか。
現状仕事の当てもないし、趣味が収入に繋がるのなら、まずは試してみてもいいかもしれない。何より、楽しそうだ。
もしもピアノでも弾けたなら、華麗に演奏してやれるところなのだが、鑑賞専門の僕のような者でも、再びお気に入りの娯楽作品を楽しむことができるようになるのなら、実にありがたいことだ。
“もしもピアノが~”といえば、そういえば僕が若いころ、そんなヒット曲があった。
初めて聴いた時は、だったら一刻も早く練習しなさいと思ったものだ。グダグダ言ってないで、さっさとスクールを探したらどうかねと。
“もしも大統領だったなら”とか、“忍者だったなら”だとハードルも高いが、たかがピアノじゃないか。練習次第でどうとでもなるだろう。それともプロの演奏家レベルの技量を自らに課しているのだろうか? だとしたらあまりにおこがましい話だ。素人がプライベートな席で想い人に披露するだけなら、子供の発表会レベルもあれば十分だろう。ああいうのは下手くそが一生懸命弾く姿にこそ心打たれるのだ。むしろうますぎる方がドン引きされるのではないだろうか。そういうシチュエーションでプロ並みに華麗に弾きこなされでもしたら、僕なら思わずツッコんでしまいそうだ。一体どこ目指してるの、他にやることなかったのと。
まあ何事も、まずは動き出すことが重要なのだ。動かすのが口だけの時点で、実は大して望んでいるわけでもないのだろう。
そう言う意味では、もしも超能力者だったらあいつをボコボコにしてやるのにといった類の愚にもつかない妄想と大差ない。努力で超能力者にはなれないが、ピアノを弾く人にはいくらでもなれるのだから。と思ったが、そういえばこの世界では、努力次第で超能力者になることもあり得るのだった。まだボーカロイド秘書女史しか見たことはないから、この国では珍しいようだが。
いや、そういえば、軍曹も発明家として名高い一方で、超常能力者としても有名だったはずだ。そのメソッドを道具化して、一般人でも使用可能にしたことで、巨万の富を得たのだから。
おっと、またもや思考がおかしな方向に行ってしまった。
ともかく当面の目標は、この世界に天才達の偉業の作品をもたらすこととしよう。僕にとっての新作はないが、傑作の数々をここでも再び鑑賞できるようになれるだけでもやる価値はあるというものだ。収入にもなり、有閑マダムの現状からの脱却が図れればなおよしだ。
思い立ったが吉日。僕は気になったことはすぐに実行する質だ。やってみて駄目なら、また他を当たればいい。
調べてみたら、チェンジリング局の事業支援課で記憶装置の使用予約の項目があったので、空きを見つけて、最速になる明日の午後に予約を入れた。チェンジリングの特権で、もちろん僕にも利用する資格がある。
そうすると、対象の作品は何にするべきだろうか。
この装置は、心身にかかる負担を考慮して、十日間で二時間以内という使用時間の制限がかかっているのだ。しっかり注意事項として明記してあった。
まだ勝手が分からないし、うまく完成するかすら不明だ。手当たり次第よりは、何作かに絞っておいた方がいいだろうか。
しばらく厳選作業に没頭していたら、あっという間に夜になっていた。
なかなかのいい息抜きで、思った以上に熱中してしまった。新しい環境に、やはり僕もそれなりのストレスは感じていたようだ。
* * * *
「なんだか、楽しそうですね」
夕飯の席で、アルフォンス君に指摘された。
「おや、分かりますか?」
「ええ。同じ上の空でも、昨日までのとは違う感じです」
僕は人から分かりにくいと言われる方なのだが、よく見抜けたものだと感心する。職業柄の観察眼だろうか。
そして同居三日目にして、態度には出していないはずなのに、密かに上の空になりがちなところもすでに看破されているようだ。
「明日チェンジリング局へ行って、異世界の娯楽作品を再現してみる予定なんです」
「ああ、なるほど。それはいいですね。売れたら一気に大金持ちですよ」
「ええ、僕も今日テレビでそれを知りまして、ぜひチャレンジしてみようかと」
アルフォンス君も興味深そうに賛同してくれた。
「あそこは権利関係とか情報の管理やセキュリティなんかもしっかりやってくれますから、トラブルもそうそう聞きません。なにしろチェンジリングは莫大な税収をもたらしてくれる金の成る木ですからね。信頼して作品を託して、大丈夫だと思いますよ」
「弁護士兼警察官の君に保証してもらえたら、心強いですね」
チェンジリングに関わる事業は、望めばチェンジリング局の事業支援課が責任をもって面倒を見てくれるのだそうだ。なので、アルフォンス君の言う通り、初めから全面的にお任せするつもりだ。
作品の制作、商品化、宣伝、販売、収入の分配など一連の業務も、規定のマージンは取られるものの、信用と実績のあるプロが全部請け負ってくれる。正直僕のやることは、アイディアや記憶を提供するだけだ。
もちろん個人で会社を立ち上げたり、任意のエージェントを選んだりする諸先輩方もいるそうだが、僕のは趣味の延長のようなものだし、そこまでどっぷりやる意思もない。まずは何作かお試しで様子を見ようかといったところだ。
そうして翌日、年甲斐もなく少々ワクワクしながら、二度目となるチェンジリング局を訪れたのであった。