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在宅

「何か困ったことがあったら、遠慮なく連絡してくださいよ?」

「ええ、分かってますよ」

「それと、防犯システムは……」

「把握してます」

「あと……」

「全部問題ありません」

「――じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 翌日から、アルフォンス君は予告通り有休を取り消して出勤していった。

 それはいいが、どうにも彼は心配性が抜けないようだ。

 僕を子供扱いしているのか、女性扱いしているのか、まさかとは思うがボケ老人扱いしているのか。最後の一つでなければ、まあ許容しよう。


 一緒に朝食を摂ってから送り出した僕は、なんだか専業主婦のようだ。しかも家事はお手伝いさん(ロボ)がやってくれるから、まるで有閑マダムだ。一応不労収入があるらしいとはいえ、若い独身の身で無職というのは居心地が悪い。僕も落ち着いたら、何か仕事を探さなければ。


 しかし現在、とりあえずやることはある。

 一日中テレビをつけっぱなしにして、“世間の学習”兼“言語”の習得だ。いつまでも翻訳機能のお世話になるつもりはないのだ。


 昨日チェンジリング課から受け取った質問集に、マイペースで答えつつの、“ながら学習を開始する。


 質問は、まずは僕の個人情報と、前にいた世界の情報について。

 これはすべてのチェンジリングに共通で課されるものだ。そうやって異世界情報を増やして、研究資料を作り上げていく。僕が現在お世話になっている翻訳可能な異世界の言語リストなどもそうやって作られたものだ。

 軍曹のおかげで、なんとか僕が理解できる英語での会話が成立した。僕も日本語を登録して、いつか来るかもしれない日本人の役に立ってあげるのだ。もっともチェンジリングは、最初から言葉が通じるのが通常だそうだから、資料以上の価値はないのかもしれないが。


 もちろん言語学習も並行して行う。

 まずは質問をアルグランジュ語で音読し、答えもアルグランジュ語で音声入力する。

 まだゆっくりでたどたどしいが、書き起こされた文章はそれなりのものになっている。

 答えたくない質問はパスしても構わないそうだ。きっと軍曹は、性別などの個人情報はあまり答えなかったのだろう。


 時々アクセントを間違って、同音異語で表記されたりするから、その確認もしっかりとしないといけない。

 分からない単語が出たら、その都度ブレスレットに確認する。

 これはなかなかの学習効果だ。もともとヒアリングは問題ないから、しゃべるのも慣れの問題だろう。思ったよりも早く普通の会話ができそうだ。


 そうして作業と学習に、午前中いっぱいを費やした。


 現在は昼食を食べながら、興味深い内容の番組を見ていた。


 一昨日僕というニューカマーが衝撃な登場をしたため、チェンジリング特番のようなものが組まれ、様々な現役の方々が紹介されていたのだ。いわば僕の先輩と言える人達だ。


 それも軍曹のような特殊中の特殊例ではなく、割と等身大の身近な感じの人選で、僕の参考になりそうだ。

 番組の作りとしては、“母国を離れ、日本で頑張る外国人”的なものだ。僕も好きで、結構見た覚えがある。


 たとえば、生前のケルットゥリさんは、重度の引きこもりオタクだったそうだ。

 もちろん何の技術もない。しかし趣味の知識を生かして、かつてのめり込んだ物語をこちらの世界で次々と送り出し、腐女子なるものを大量生産しているそうだ。日本以外にも似たような文化を持つ異世界があるのだなあ。

 今では、この世界の一部の女性達からカリスマとして熱狂的に支持され、多くのファンを抱えているというのだから、立派なものだ。


 一方で、生前がミュージシャンだったというラドバウトさんは、そのまま前と同じ職に就き、次々と新しい音楽を送り出している。彼に言わせれば、故郷で爆発的に大ヒットした人気アーティストの名曲も、こちらでは全部自分のオリジナルの新曲になるのだとか。


 こういった仕事は、いわゆる文化事業枠となるのだろうか。なるほど、趣味や娯楽というものの強みを見たようだ。

 

 技術と違って、文化には優劣がない。これなら、専門的な技術を持っていなくとも、まったく新しいジャンルとして、発信していけるのだ。ある意味、異世界人チートというものだろう。


 そのため、突出した異能を持たないチェンジリングは、故郷の文化を紹介する仕事に従事している者が多いという。金儲けのためというより、本人のやりがいの比重の方が大きいようだ。

 確かに僕も、趣味だった推理小説やクラシック音楽に一生触れられないのは非常に遺憾だ。


 そんな僕らにとって、前の世界を偲ぶ意味でも、強力な味方となるものがある。

 それが軍曹制作の記憶読み取り装置。昏睡状態のマリオンにも利用されたものだが、犯罪捜査以外にも、有用な使い道はあるのだ。

 個人での所有は禁止されているが、政府に認可されたごく少数の特定施設には、厳重管理の下で設置されている。

 そしてチェンジリング局にも、当然のように備えられている。


 ちなみに異世界情報を一問一答するのは面倒なので、これを使えないのかと調べてみたが、乱用を避けるため、基本的に装置を使わなくてもできることに関しては、使用許可が下りないようだ。

 “牛刀を以て鶏を割く”ということだろうかと思ったらまったく逆で、範囲があまりに広く、しかも漠然としすぎているために、仮にやったとしたら、膨大なデータの解析にかえって手間がかかってしまうからとのことだ。


 何より使用時間が増えれば、その分利用者の健康上の負担も増えることが、不許可の一番大きな理由だろう。

 脳の走査の「十日間で最大二時間まで」というガイドラインは、国家の資産である大事なチェンジリングには厳密に守られているのだ。


 更によくよく考えたら、全人生のプライバシーを丸ごと大公開という恐ろしい事態を意味するのだ。それはさすがに遠慮したい。墓に持っていくべき秘密の一つや二つ、僕にもあるのだ。


 というわけで、これからもこつこつと地道に頑張っていこう。

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