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ジェイソン・ヒギンズ

 チェンジリング局での手続きは、これといった問題もなく片付いた。


 まず無人受付で名前と要件を告げた途端、担当職員がやってきて、あとは言われるがままだ。ほとんどお任せで全部やってもらったと言い換えてもいい。

 ハイテクな健康診断のようなものと、正規のチェンジリング検証試験を受け、様々な手続きをこなした。


 これで僕は、今日から晴れてチェンジリングのクルス・コーキとして、正式に認定されたそうだ。


 詳細な聞き取り調査に関しては、量が膨大になるため、質問集のデータを渡されている。時間のある時にこつこつと答えを埋めていき、その都度送信する形でいいらしい。時間と場所の拘束がないのはありがたい。


「そうだ。チェンジリングについて少々調べてみたいのですが、詳細な資料などはこちらで閲覧できますか?」


 すべての要件がすんでから、ふと思い立つ。せっかく専門の施設に来たのだから、聞くだけ聞いてみた。

 担当職員が、快く応じてくれる。


「ええ、では資料室に案内しましょう。データの持ち出しは禁止ですが、その場での閲覧は許可されていますので、一般公開された情報より詳しく調べられます」

「ではお願いします」


 そうして早速、資料室で一人、朝の調べ物の続きに取り掛かり始めた。


 調査対象は【チェンジリングの王】ジェイソン・ヒギンズについて。


 十五年前の事件の、ある意味大元だ。彼女の意味不明な遺産相続の遺言から、すべては始まった。

 事件の詳細を調べるなら、まず取り掛かるべき人物ではないだろうか。

 せっかくの機会なのだから、他では調べられないような深い部分まで、人物像を掘り下げてみたい。


 資料室のモニターに、次々とジェイソンの名で資料の検索をかけていく。


 彼女がチェンジリングとして認定されたのは、八歳の時だ。棘だらけのオブジェの倒壊とういう恐ろしい事故で全身穴だらけとなったはずが、一瞬にして自らの血にまみれながら無傷の復活を遂げていた。

 その中に入っていたのが、やはり異世界で死んだばかりのジェイソンの精神だ。


 チェンジリングの能力の傾向として、より若い肉体に現象が現れた時ほど、大きな異能が発現しやすいという。

 異能については、異世界を渡ってきた影響で、別次元とのチャンネルが拓いて、精神が繋がりやすい体質になるのではないかというのが有力な説だ。


 閃きや思考力に優れ、社会を変革するほどの発明や概念を発見したり、魔法のような超常の力を操ったりと、その能力は多岐に渡る。


 ジェイソンは、その両方だった。両極端の才能を持っていた。


 それゆえに、自身が行使できる、あるいは原理を把握した魔法を、優れた論理性で解き明かして科学に落とし込み、同じ現象を再現する装置を作り上げるという、他の追随を許さない偉業を成し遂げた。


 時間を止める装置、記憶を映像化する装置も、彼女の中期の発明品だ。

 社会に革命をもたらしたこれらの道具以外にも、様々な代表作が遺されている。身近なところでいうと、我が家にいるクマ君もそうだ。


 いずれにしろ、死後十五年経ってもその業績が色褪せることのない傑出した怪物と言って間違いない。

 本人はクイーンではなく、キングと呼ばれることを望んだというが、まさにチェンジリングの王と呼ぶにふさわしい比類なき存在。


 しかしその私生活は謎に包まれている。

 若い頃は普通だった。むしろ派手好きだったと言ってもいいようだ。

 二十歳で結婚し、次々と画期的な発明、発見を世に送り出した。


 そして二十八歳の時、実験の失敗による事故で最愛の夫を失い、それから世捨て人のようになってしまった。


 それからは研究だけにのめり込み、更なる数々の新しい作品で、世界の科学レベルを一気に押し上げていった。自宅の研究室に引きこもったままで。


 やがて莫大な財産を築き、夫の命日と同じ日に、七十二歳で自殺した。ここにも謎がある。

 その死の前日に失踪したまま、現在も行方不明である義理の兄ジェラールの関与も疑われているが、真相はいまだ闇の中だ。


 そして、十五年前の遺産相続の事件へと繋がる。


 ジェイソンの経歴、業績を大体把握してから、次は転移前についての資料に目を通す。彼女も今の僕同様、初期には前の世界の情報提供を求められていたのだ。


 あまり多くはないそのデータから、民生課のコベール課長が昨日、英語を選んだ僕に驚いていた意味が分かった。


 ジェイソンはアメリカ人だったのだ。


 つまりデータベースに登録されていた英語の出どころも彼女だった。

 ジェイソンと縁の浅からぬマリオンが、同じ異世界出身者のチェンジリングになった。それは確かに因縁めいたものがある。


 なるほど。我が家のクマ君のデザインや、テディベアという名称はよく考えると不自然だったが、ジェイソンが向こうの世界からアイディアを持ち込んだものだったのか。


「――やはり、そうか……」


 最後まで読んで、ずっと答えの出かかっていた違和感の正体に改めて確信を持った。


 彼女が最初に向こうの世界で死んだのは、三十二歳の時。それからこちらで八歳の少女になった。

 これほど年齢差のあるチェンジリング現象も相当まれだそうだが、僕はそれ以上に注目すべき事実を発見した。


 ジェイソンのついた嘘――というよりは、生涯隠し通した秘密、の方が正確だろうか。

 同じ世界の出身者なら、名前を聞いただけでもすぐに思い当たる真相。


 転移のきっかけとなった死因について、資料にはこうある。


 ベトナム戦争で軍曹として特殊作戦に従事し、密林での活動中、ブービートラップにかかって体中穴だらけとなり意識を失ったのが最後だ――と。


 もう断定していいだろう。ジェイソン・ヒギンズは、まず間違いなく男性だ。


 性別を変えての転移。彼女――いや、彼は、まさに僕と等しいレベルのイレギュラーだった。

 しかし名前や前歴の違和感も、こちらの人間では気付きようがなかったのだろう。“似た者同士での交換”という先入観から、同性である女性だと、疑いもなく受け入れられた。


 彼がそれを秘密にしていた真意は、今は測りようがない。

 資料やインタビューには、性別について触れた個所が一切見当たらなかった。初めから当然女性が前提であるかのように。嘘は言わないが、事実も意図的に言わないスタンスだ。


 泥沼の戦争の最前線で作戦行動中だった特殊部隊グリーンベレー(推定)というゴリゴリのキリングマシーン(想像)が、突然八歳の少女になってしまった心境とは、いかなるものだったのか。

 平和に適応できないという、ベトナム帰りの兵士の問題は深刻だったらしいが、これほど平和と劇的な変化を両立させ得る例も珍しいだろう。僕をも上回る波乱万丈人生だ。


 転移前の自身については、全体的にざっくりとした経歴しか書かれていなかった。そこにこそ、彼の内心の複雑さを読み取れる気がする。


 そしてヒギンズ軍曹はここで女性として生き、男性と幸せな結婚をした。子供こそいなかったが、仲睦まじい夫婦だったという。

 一方で、男性としての名前と、キングと呼ばれることにこだわっている部分もあり、誰にも言えずに抱え続けた秘密への葛藤が垣間見えるようだ。


 僕の中での彼は自然と、君臨する“キング”ではなく、過酷な環境下で戦い続ける“軍曹”としてのイメージで形作られていた。


 秘密を最後まで隠し通したままこの世界で生きた彼の 六十四年間を思うと、言いようのない感情に胸を締め付けられる。

 僕にとって、ある意味同士とでもいうべき存在なのだ。 


 ただ僕だけは彼を――軍曹の真実を、記憶に留めていよう。

 転移前の彼のことを。

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