ニュース
「そうそう。コーキさん、やっぱりけっこうなニュースになってますよ」
食後のお茶を飲みながら、アルフォンス君が光学モニターのテレビを付けた。
「国内三十二人目の【チェンジリング】誕生!」と、字幕が出ている。
なんだ、そこそこの数がいるんじゃないか――というのが真っ先に持った感想だ。
もっと希少性の高い存在なのかと思ってしまっていた。いや、むしろたった三十人ほどのために専門の局が存在することを思えば、やはり大事とも言えるのか。
この人数の多さも手厚い保護政策による成果なのかもしれない。このうちの何人くらいが目覚ましい活躍をしているのか気になるところだ。
「おや、僕ですよ。なかなかセンセーショナルな報道ですね」
僕の顔写真とともに、昨日のいきさつについての詳細が報じられている。残念な意味でのインパクト大な登場の仕方は、ある意味相当質の悪いイリュージョンだったと我ながら思う。
そして、ただでさえ連続殺人犯として有名だったという土台があるため、知名度が引き継がれてしまっている。
昨日聞いた説明によると、あんな例は史上初だそうだ。
しかもいつどこで起こるか分からない現象のため、あれだけ前後を捕らえた完全な記録映像は存在しないという。街頭カメラなどに偶然映った、事故死からのチェンジリングの例くらいがせいぜいなのだとか。
対して僕の場合、マスコミのカメラが複数入っていたため、プロの映像が数アングルでばっちり撮れていた。まさにクオリティーが違うのだ。今後の研究資料としての使用許可まで求められたくらいだ。
まあ大学病院に長らく籍を置いた身としては、研究利用なら許可してもいいだろうと思う。
また辛い映像がアルフォンス君のトラウマを呼び覚まさないものかと心配したが、幸いというべきか使われたのは顔写真一点だけだった。僕としては、だからと言って喜ばしいものではないのだが。
なぜ静止画なのかとも思ったが、さすがに映倫的なものに触れるからなのかもしれない。処刑場で刑死した直後の遺体が甦る画など、きっとアルフォンス君でなくとも卒倒するだろう。子供にはとても見せられない衝撃映像ではないか。
しかし僕としては、情報の一環として、しっかり確認しておきたいところではある。
「昨日の僕の映像が、ネットで出回ったりとかするものでしょうか?」
興味はあるが、やはり不特定多数に閲覧されるのはあまり気分のいいものではない。デジタルタトゥーというのは一度拡散すると一生苦しめられるものだそうだから。
一生苦しめられると言えば、僕の担当患者で、半年の闘病期間を無事乗り切った空海君。病気こそ治ったが、彼は一生脱げない半ズボンをはかされているも同然というある種の不治の病に侵されていて、内心で同情していた。お母さんが心を込めて付けたという名前にとやかく言いたくはないが、“なぜ敬虔なクリスチャンなのにその名前を?”とは折に触れ思わずにいられなかった。あとでブルー君に教えてもらったのだが、お母さんは純日本人ながら、日本の歴史に名を残すかの僧の存在をやはり知らなかったそうだ。名前を名乗る当事者が喜んでいるならそれもいいのだが、残念ながらそうではなかった。彼は大きくなったら改名するんだとこっそり目標を語ってくれたが、その後どうなったのだろう? 大人になる前にその半ズボン、脱ぐことはできたのだろうか。
いや、今はそれどころではなかった。僕の問題も一生モノの重大事なのだ。
「いえ、その点は問題ありません」
アルフォンス君はきっぱりと否定してくれた。
「少なくともコーキさんになった時点から、肖像権が発生します。あなたの許可なしには、マスコミも無断使用はできません。今出ている写真も、チェンジリング局の広報から発表されたものだけでしょう」
そう説明する表情が少し曇ったのは、マリオンの死の瞬間までならば、死刑囚の記録映像として自由にできるから、ということなのだろう。
憂鬱になるのも無理はない。結局同じ顔の僕も憂鬱だ。「死刑囚のマリオン」=「今の僕」ではないか。
「ちょっとした有名人になってしまったようです。僕はこれから報道陣などに付きまとわれたりしませんか?」
芸能人のように追い回されて、根掘り葉掘り詮索されるのは遠慮したい。これからの生活だって、まだどうなるのかも知れないのに。
「その辺は協定があるので大丈夫なはずです。チェンジリング局を通して、問題のない相手からの取材や講演依頼などは山ほど来るでしょうが、応じるかはコーキさん次第ですよ」
「なるほど、安心しました。では、当分は断わらせてもらいましょう」
チェンジリング局とは、僕にとってマネジリングもしてくれる頼りになる芸能事務所のような位置付けでいいのだろうか。
「それがいいですね」
アルフォンスも賛同してくれた。弁護士資格を持つ警察官というのは、なかなかに心強いものだと感心する。
「今日はどうされるんです?」
「チェンジリング局に行くつもりです」
続いて今日の予定について話す。
メールで、これからすべき指標が色々とガイドされている。まさに有能マネージャーだ。
とりあえず近日中に一度訪問して、検査や登録、様々な事務手続きなどをやらなければならないそうだ。最初の手続きが煩雑なのはどこでも同様らしい。僕はせっかちなので、さっさと完了させたいとお願いしたら、今日でも大丈夫だということだった。
「俺も付き添いましょうか?」
「大丈夫ですよ。全部一人でやります」
子供の入学手続きではないのだ。不慣れとはいえ、それなりに社会的立場のある保護者付きで赴くなど、さすがに社会人生活の長い大人として恥ずかしい。入社式にママが付いてくるようなものではないか。ただの事務手続きに何を気合を入れて弁護士同伴で来ているのだなどと思われ、チェンジリング局職員の皆さんの間での僕の影の仇名がそのまま「弁護士」になりかねないではないか。用事で出向くたびに、「また弁護士来てるよ」「何かのクレームじゃね?」などとヒソヒソ囁かれてしまうのだ。それならせめて「医者」にしてほしい。それも失礼だが、少なくとも実態はある。
「暇です。こんなことなら、有給は取り消して、また明日から出勤します」
僕に断られ、少々不満そうにぼやいたアルフォンス君。きっと今は忙しく仕事に没頭した方が、彼にとっても気が紛れていいのだろう。そしてやはり、マリオンの葬式に目を向ける気はまったくないようだ。おそらくは、僕が生きている間は。
「そうですね。若者はあくせくと働くべきですよ」
繊細な部分には触れずに、僕も後押しするように頷いた。
それから朝の支度をすべて終え、心配するアルフォンス君を置いて、一人で家を出て行った。
といっても、タクシーを呼んで直行するだけだから、事故でも起こらない限りトラブルに遭遇のしようがない。
一人になってから、“僕のニュース”の続きを、車内で再びじっくりと観る。
ハイライトは、大体二点に絞られていた。
一つは、死刑囚が【チェンジリング】となったという珍事。
もう一つが、【チェンジリングの王】ジェイソン・ヒギンズの親戚が【チェンジリング】になったという椿事。
僕はあえてその話題を掘り下げるのを避けたが、アルフォンス君がこの名前にあまりいい反応を示さなかったのには、明確な理由がある。
マリオンと彼にとっては、“祖父の弟”の“妻”に当たる、血の繋がらない“大叔母”。ジェイソンという名だが、女性だ。
マリオンの犯行とされる、十五年前の連続殺人事件――それは、ジェイソンの莫大な遺産を受け継ぐ相続人を決めるための席で、引き起こされたものだったのだ。
彼女の死後、弁護士によって正式な遺言が公開された。
遺産の相続人候補として指名されたのは、早世した彼女の夫の“兄”の血を引く者全員。ジェイソン自身は、子供を持たなかった。
夫の兄、つまり義理の兄に当たるジェラール・ヴェルヌ――マリオンやアルフォンス君にとっては“祖父”となるが、彼はジェイソンの死の直前に謎の失踪をしている。まさにミステリーの導入部のようだ。
この二人の関係性については、様々な憶測が飛び交っているが、本当のところは身内ですら把握していない。
遺言状の内容は、ある場所に集まり、相続人を決定する――という意味不明なもの。
誰が、どんな割合で、何を受け継ぐのか。誰が、どのように決定するのか。現時点で、遺産はどこにあり、誰が管理しているのか――具体的な指示や情報は皆無だった。莫大なことは確かだが、遺産の目録すらもない。
ただ会合には、候補者の全員参加が絶対条件となっていた。一人でも欠ければ、決定されることはないと。
だからマリオンの家族も、その指定された場に参加したのだ。四人全員が、ジェラールの子供か孫に当たるために。
大富豪だが特に関わりもない遠い親戚の、よく分からない遺産。何かもらえるといいね~、くらいの気軽な参加。
――そこで家族は、不可解なあの連続殺人事件の災禍に巻き込まれた。
マリオンが父と弟を殺し、幼いアルフォンス少年だけが取り残される悲劇が起こるなどと、思うはずもない。――それが真相かは別にして。
あの事件以後、遺産は凍結されたまま、今も相続人は決まっていない。
そして僕にとって、非常に重大な事実がある。
それは僕がマリオン・ベアトリクスの持つ全ての権利を引き継いでいるということ。
クルス・コーキである僕も、今や正当な遺産相続人候補の一人なのだ。