テディベア
「ゲームの決定は、最初の玄関ホールの時点で行われていたんですよね?」
アルは、更に別の疑問点を確認してきた。
本来なら全員勢揃いの中、音声入力で決定しなければならないという、最初から波乱を巻き起こし警戒されるはずの罠が仕込まれていたのだが、僕には魔法と言う裏技があった。
「結果的に、そうなりましたね。あの時点では、本当に無自覚でしたが。なにしろ他の魔法の相続者達と違って、魔法を受け取った時のマリオンの体の持ち主はすでに幸喜少年だったわけですから。それも意識を失った状態で。そのイレギュラーのせいか、十五年後に戻ってきた僕が完全に掌握するのには、機動城に再び戻るというきっかけが必要だったようです」
あの時のことを、改めて思い返してみる。
「ゲームの選択肢を発見した時、僕はクマ君を触りながら考えていたんです。もし僕が選ぶなら――十五年前の真相を明らかにできるもの、なおかつ復讐に利用できるものにするのに、と――。つまりクマ君を通して、自分でも知らないうちに検索し、条件に合うゲームを決定していたんです。先に誰かに出し抜かれたのかと思っていたくらいで、少し後になってから、まさかと気が付きました」
僕の解答に、アルは苦笑いする。
「選択した当人がしばらく知らなかったくらいじゃ、誰にも分かるわけないですね」
「――そうですね」
同意しながら、とはいえ全部を俯瞰で見ていたジェラールだけは、ほとんどを理解していたのだろうなと予想する。
最終ゲームでの対面で、いきなり女王の亡霊を自称し始めた時には一体何事かと思った。あれはきっと、自分を殺す役目を負う誰かへの、せめてもの手助けだったのだろう。正当防衛が成立する状況を確実に作り上げ、殺害した罪悪感を持たせにくい人物像を演じ、少しでも社会的、心理的な負担を減らしてあげるための。
全てを背負って殺される選択をした彼の心情をふと思い、しかしすぐに振り払う。
僕はもう、彼のことを考えるべきではない。胸のつかえが増すだけだ。そんなことは彼も望んではいないだろう。
「まったく、あなたのゲームが始まった時、俺は本気で死ぬほど心配したんですよ。謎の復讐者相手に挑発なんかして。それが自作自演だったなんて」
恨みがましげにこぼすアルに、僕は苦笑混じりに謝った。
「すみません。僕にとって一番いいタイミングで、さっさと片付けてしまいたかったので」
ゲームの場所と始めるタイミングと挑戦者の選択は、ゲームマスターに権限が与えられていた。僕は自分で「ゲームを始めろ」と挑発して、実は自分で自分のゲームを始めただけだったのだ。思い描いたシナリオ通りに。
ベルトランの死の直後でみんなの動揺が残っているうちのどさくさで強行した効果もあったのか、僕の一番の秘密が本当はどれだったのかを誰にも見抜かれることもなく、まさに理想的な結果で無事乗り越えられたので、結果オーライとしてもらいたい。
「ああ、そういえば……」
さきほどテディベアの話が出て思い出したのか、アルは話題を切り替える。
「まだお礼を言ってませんでしたね。ジェラールを殺した時、フォローしてもらってありがとうございます。俺の手の中にあった銃が射撃直後にいきなり消えた時はさすがに驚きましたけど、テディベアに派手にやってもらったおかげで、大きな記憶の書き換えもなく最低限の細工ですみました。聴取前に生還者全員と接触できるチャンスは保護直前のわずかな時間だけでしたから、助かりました。おかげでジェラールを殺したのはロボットだと、拍子抜けするくらい簡単に断定されました」
改めてお礼を言われ、僕は首を横に振る。
「違いますよ。あの時、僕は何もしてません。というより、呆然として何もできなかった。僕の代わりに、クマ君が自分の判断でやってくれたんです。最初から最後まで、彼には助けられました」
僕の感謝のこもった言葉に、アルの表情は今日初めて、かすかながら柔らかさを帯びた。
「――そうですか。あなたは昔から本当にテディベアが大好きだったから……その想いが、ロボットを動かしたのかもしれませんね」
「そうだったら、僕も嬉しいです」
『電脳支配』という能力の特性上、どうしても一方的に利用する形になってしまう。もし彼に人間と変わらない心があるのだとしたら、内心ではどう思っているのだろうと心苦しくもあった。
だから彼が、自ら動いてくれたあの猟奇的なまでの光景を目の当たりにした時、僕は本当に涙が出そうなほど嬉しかった。
アルの罪を、代わりに被るつもりなのだという、その気持ちが何よりも。
機動城とともに消え、きっともう二度と会えない僕だけのクマ君を思い、少し寂しさを覚えてしまう。
いやいや、今はそれどころじゃなかったなと、センチメンタルになりかけた気分を振り払い、改めて正面のアルに向き直った。大体の謎解きは終わったはずだ。
「さて、解答編はこれで終了ということでいいですか?」
あえて軽口で問いかける。
「そうですね。そしてこれからが本題です」
真剣な顔で答えるアルの距離は、もう僕に手が届くまでになっていた。