トリック
「答えが分かってから振り返ってみれば、あなたのゲームの時の独白からも、いろいろと腑に落ちる部分はありましたね。特にはっきりしたミス、二つしたでしょう?」
アルは真相にたどり着いた別の根拠を、更に並べる。
「ああ、あの二つですか。あれは確かに失敗でしたね」
すぐに思い当たって、僕は失笑する。僕のゲームの際、嘘と判定されたミスと、事実と認められてしまったミスがあった。
前者は、チェンジリングの自称について。
「僕自身あの時まで、自分はチェンジリングだと本当に信じてたんですよ。よく考えれば、分かることなのに、勘違いしてました」
人生二度目のチェンジリング――そう思い違いをしていたが、正確には、マリオンの体で目覚めた瞬間から僕はチェンジリングではなくなっていたのだ。
何故ならマリオンの体にマリオンの精神。つまり通常の状態なのだから。ゲームでチェンジリングの自称が虚偽認定されたのは当然と言えば当然だった。
「もう一つの方は、完全に油断でしたね。劇的にやろうと気負いすぎて、口が滑りました」
反省混じりの苦笑を浮かべる。
「肉を断った感触がこの手に残っているってやつですね」
アルが正確に言い当てる。
「そのセリフを言っているのが本物のクルスコーキだったなら、この手に、というのは明らかに間違いですからね。マリオンの手に、事故当時のクルスコーキの感触が残っているはずがない。あくまで感覚的なもので、現実にはその体験をした体が違うのだから。それが正しいと認められるのは、マリオン本人だけです。十五年前、ラウルを殺した時以外、あり得ない」
「ええ、マリオンの人生で人を斬ったのはさすがにその一回だけですからね。幸喜として医師になってからなら山ほど切ってますが。言った後で気付いて内心では非常に焦りました」
「でも告白の内容が衝撃的過ぎて、誰も矛盾には気付きませんでしたよ」
アルは率直に感心した様子で続ける。
「コーキ少年が遭った事故については、メディアや周囲の証言から見聞きした伝聞形式で語り、必要に応じてマリオンとしての心情や経験を、コーキ少年のそれにすり替えて差し挟むことで信憑性を増し――本当にすっかりやられました。本当の秘密を最初にいきなり明かした後、残り九分以上は全部フェイク。あなたは事実のみで見事に全員を騙しきった」
「僕は筋金入りの嘘つきですからね」
少々自虐的に笑う。
確かにやっているときは必死だったが、終わってから振り返ってみれば、我ながらよくやり切れたものだと思う。
マリオンと幸喜が、家族を目の前で一度に殺されるという共通の経験と、何より弟の存在があったからこそ使えた叙述トリックだ。やはりチェンジリングは共通点の多い者同士の交換という説は正しいようだ。
ちなみに幸喜少年の手にあった折れた傘が弟に刺さったことを僕が周囲の反応から察したまでは事実だが、どこに当たったかまではさすがに知らないから明言はしていない。ただし医学の勉強をしていく上で、耳の後ろを含む様々な人間の急所を学んだのは間違いのない経験談だ。来栖家に降りかかった事故の内容を当事者として調書やカウンセリングで尋ねられても、マリオンだった僕には「知らない」「分からない」「覚えてない」としか答えようがなかった。そして僕が語った弟とは、ルシアンかアルを意味する。区別の目安として、小さいとか二人目とかがついたらアルになる。
そうやって様々なレトリックを駆使して嘘つきの僕が語ったのは、多少のミスを除けば、最初から最後まで全部事実なのだ。
そうやって、一人だけ無関係の他人の立場を守り抜いた。全ては、真相の解明と復讐のために。
ただ、おおむね狙い通りにはいったが、思わぬ計算違いもあった。
「残念ながらキトリーだけは、手を下し損ねてしまいました」
あれは痛恨の極みだった。ルシアンを殺した仇が、僕の知らない間に殺されてしまっていた。
「ちょっと脅しが効きすぎたみたいです」
今更、つい愚痴のように反省が口からこぼれ出る。アルがわずかに首を傾げた。
「キトリーだけ怯えすぎてましたよね。陰で何かやってたんですか?」
「彼女が殺したルシアンの映像を、ランダムに見せ続けてました。初回だけ、幻覚でないとキトリーに印象付けるために誰にでも見える設定にして、結果ルネさんも目撃者にしましたが、後はキトリーにしか見えないように」
「――ああ、食堂で目撃された水色の髪の亡霊はルシアンだったんですか。確かに、自分が殺した相手が自分にだけ見えるなんて、シャレにならない恐怖ですね」
アルが納得したように頷いた。
僕としては、キトリーが一番腹に据えかねる存在だった。彼女が発端となって殺人の連鎖が起こったのに、その張本人がいけしゃあしゃあと世間に認められ、良い母親面をしていたのだから。悪人を取り繕わないレオンの方がまだ受け入れられるというものだ。ただ殺す順番としては、一番危険度の高いレオンからの排除は譲れないところでもあった。ああいうのを後まで残していいことなど何もない。
逆に精神的に一番弱っていたキトリーは最後と決め、その間ついちょっかいを出してしまった。
だが、ちょっとやりすぎた。ただでさえルシアンの幻で追い込んでいたところに、レオンとベルトランの処刑で、完全に心が折れてしまった。自殺を決意するところまで。
二人目までは順調にいったが、目を覚ましたら、最後の一人はさっさと死に逃げた後だった――確かに悔いが残るが、同時にああなってほっとしている部分も少なくないだけに、心中は複雑だ。
先に殺した二人のように、家族の前で己の罪を告白させられる恥辱と、絶えず突き付けられる死の恐怖を与えながら殺してやるつもりだったのに、一方ではやはり結果的にあれでよかったのかもしれないとも思ってしまう。双子に取り返しの付かないトラウマを植え付けずにすんだだけでも。その点は、ずっと僕の心の重しになっていたから。
実の母親に直接手を下されるというのも相当な因果応報だと、無理やりにでも折り合いをつけるしかないのだろう。
「第一、第二ゲームで、レオンとベルトランさんが死ぬ間際には、何を見せてたんですか?」
アルも真相を掴んだとはいえ、詳細までは推理だけでは難しい。不明点について、更に質問を重ねる。
「もちろん復讐者であるマリオンの姿ですよ。十五年前のままにね」
これはマリオンの復讐なのだと、はっきりと突き付けるために、僕のクマ君経由で指令を出し、一番近くにいるそれぞれの担当クマ君から映像と超指向性の音声を送っていた。
「ベルトランなどは、それでほとんどのトリックが解けたようでしたね。最後には、目の前のマリオンの映像ではなく、僕とクマ君を見比べてましたから」
「ええ? それだけでトリックの全容まで分かります?」
あの時点でどうやって謎が解明できたのだろうかと、アルは純粋に疑問を呈する。
「彼は、マリオンとラウルの相討ちを目の当たりにしてますからね。頸動脈と心臓。どう考えてもお互い致命傷は一目瞭然だった。今から思えば、もしかしたらあの悪意だらけの武器には、遺産相続の情報開示とともに一撃必殺の効果でも付いてたのかもしれません。ともかく彼ははっきりと見ていたからこそ、マリオンが無事だったのは、タッチの差でラウルが先に死んだ結果、運よく得た治癒系の魔法で回復したためだと思い込んでいたんでしょう。しかし、マリオンの――僕の魔法が『治癒』ではなく、『電脳支配』の方だと発想が切り替われば、まったく別の絵が見えてくるというものです」
そこまで言えば、アルもはっと理解できたようだ。
「そうか、譲渡済みの魔法はゲーム開始前のリスト掲示で分かるわけか。『治癒』でなかったとしたら、それでなぜ生きていたのか……死んだはずの人間が、無傷で復活する現象があったことに、気が付いたんですね? すでにあの時点で、チェンジリングは起こっていたのだと。同時に、女王の亡霊の介入のからくりは、テディベアを通した『電脳支配』によるものだと」
「でしょうね」
そして最後の最後、自分を見据える僕の冷酷な目で、ベルトランは全てを悟ってから逝ったのだろう。