幕間 走馬灯(MB)
マリオン・ベアトリクス
私は学校を休んで、とんでもない場所に家族で招待されている。
チェンジリングの王、ジェイソン・ヒギンズのあの! あの機動城に!! 超テンション上がるよね。みんなにすごい羨ましがられた。
何もなかった更地に、突然現れた威容の館は、世界中で注目されている。私は今、そこにいるのだ。
建物も部屋にあるものもみんな見たことないものばかり。チェンジリングって、異世界の人の魂が乗り移って超人になった人のことらしいけど、やっぱりこれも異世界のものなんだろうな。帰ったら友達にも自慢しまくろう。
私達は、遺産相続人候補ってことで招待された。会ったこともないおじいちゃんが、ジェイソンの関係者だったから。
チェンジリングの王の遺産って、とにかく国家予算規模ですごいらしい。でもニュースだと、資産よりも未公開の技術の方がもっともっと価値があるって言ってた。
だから何人かの大人達は、屋敷中の棚とか引き出しをひっくり返す勢いで何か出てこないか探してる。
私は今、逆に探されてる立場なのが何だか笑えるね。
四泊五日の機動城探検の旅行もあと数時間で終わっちゃうのに、おチビ達はすっかり飽きたみたいで、残り時間でかくれんぼ中なのだ。
本当はそんなことしてる場合じゃないんだけどね……。
今度国交が開かれる魔法王国についてのレポートが休み明けに提出なのを、昨日の夜思い出した。でもここじゃ外と情報が繋がらないから、調べようがない。去年革命が起こって鎖国が解かれたくらいしか知らないよ。
もうこうなったら開き直って時間いっぱい遊んでやる。
というわけで現在、一階のフロア全体を見下ろせるサロンの中二階のギャラリーに一人で身を伏せて隠れている。
かくれんぼの鬼は大きい方の弟のルシアンだから、油断できない。弟って言っても双子だから別に可愛くはない。レポートもここに来る前に終わらせてたっていう裏切り者だ。私が忘れてるの絶対分かってて黙ってたよね。
大体、双子なのに、なんでかルシアンの方がしっかり者みたいな扱いをされてて納得できない。あれで結構うっかりしたとこあるのに。
その際たるものはうちの家事ロボットのテディベアの件。
誕生日のプレゼント交換で、私は女の子のメイドさんが欲しかったのに、あいつ間違って執事君を買っちゃったみたい。人気商品で、交換してたら当日に間に合わないからって、ちゃっかり別売りのメイド服に着せ替えてしれっとプレゼントしてきた。
そんなの見れば分かるでしょ。色合いも表情も口調もステッチも微妙に全部違うじゃない。男の子ってそういうとこ気にならないのかなあ?
せっかくのプレゼントだから、気付かなかったふりで受け取って、結局そのまま何年もたっちゃったけど。
だからうちのクマ君は、実はメイド服を着た執事さんなのだ。
まあ、なんだかんだで今では一番のお気に入りだから結果オーライだよね。世界でひとつだけの特別な家族になったから。
まるで人間を相手にしてるみたいだって、この前クロードに笑われたけど全然気にしない。クロードにはその時に、うちのクマ君の秘密をこっそり教えてあげた。そしたらなんだか思った以上にウケてた。そんなにおかしい話? なんでも笑っちゃうお年頃なのかな?
匍匐で位置を変えながら、ふと隣にあった動物の模型に気付いて思わずびくっとする。この屋敷にある動物のインテリアって、なんかみんなリアルすぎてちょっと不気味。うちのクマ君みたいにもっと可愛いの飾ればいいのに。
そうそう、動物と言えば、小さい方の弟のアルがファンシーマウスを飼いたいって言いだしたんだよね。どうしようかな。親子で追いかけっこしてる動画を見て、可愛いって。もう、可愛いのはアルなのにね~~~。大きくなったら結婚してだなんて、可愛すぎるでしょ~~~~~。あんなに可愛い甘えんぼが、そのうちうるせえくそババアとか言い出しちゃうんだろうか。それはそれで成長が楽しみだけど。アルのおねだりだし、動物は情操教育にもいいらしいし、ちょっとお悩み中。
でもね、アル。マウスって可愛い見かけに反して結構狂暴なんだよ。共食いするから集団飼育は危険だし、あれは親子で楽しく追いかけっこしてるほっこりシーンなわけじゃなくて、成体になった我が子がこれ以上強くなって下克上される前に、自分のナワバリから叩きすためにオラオラ追い立ててる、生存権をかけた実に殺伐とした親子の死闘の現場なんだよ。可愛いね~なんて笑ってる場合じゃないの。ああ、喜んでるアルにはとても言えない。朝起きたら子供がいなくなってて、親の口の周りには血痕がっ! なんて、どんなブラックジョーク? 教育上どうなの? 自然界の厳しさ教えるのはまだ早くない? ってゆうか自然界も何もそもそも家畜化されたペットだし。
そういえばご近所のデボラさんちは、引きこもったアランを外に出すために、とうとうその道で有名なスパルタ教育の人に依頼を出したらしい。アランは今頃同類のお仲間達と一緒に、大自然の中で強制アウトドア生活を送らされてるはずだ。動物も人間も自立の道はなかなかシビアなものなんだね。見違えるくらい逞しく成長した新生アランを楽しみに待っていよう。
考えていたところで、サロンのドアが開いた。
ああっ、危ない危ない。鬼のルシアンが入ってくる。できるだけ身を低くし、息を潜めて、階下のフロアをうかがう。
下には、私が隠れた後からベルトランさん達三人がやってきていた。さっきから何か深刻そうに話し合ってるから、ルシアンもすぐに出て行くよね。
――そして次の瞬間、起こった出来事に目を疑った。
普通に話しかけに行ったルシアンを、キトリーがいきなりナイフで刺したのだ。
ドラマのワンシーンのように、ルシアンが胸を抑えて床に倒れる。
わけが分からなかった。
私はルシアンの名前を叫びながら、脇の階段から駆け下りた。
意味不明なことを言いながら笑っているキトリーを突き飛ばしてどかし、血だらけで倒れたルシアンの傷口を押える。
「何してるの!? その人捕まえて! 誰か助けを呼んで!!」
私の訴えに、ベルトランさんもラウルも、困惑したように動かない。
そうこうしている間にも、私の下でルシアンの血が服を濡らしていく。これ以上どうしていいか分からずパニックになっていた時、ちょうどお父さんが入ってきた。
助かった! 少しだけほっとしながら、お父さんに助けを求める。
「お父さん! ルシアンが刺された! キトリーを取り押さえて!!」
私達の惨状に、お父さんが慌てて駆けつけてくる。まずキトリーを拘束してからでないと、何をされるか分からない。
お父さんが私の警告の通りにキトリーに向き合った時、何故か後ろから、今度はベルトランさんがお父さんを刺した。
――一体、何が起こってるの!!?
悪夢のようだった。さっきまで楽しく遊んでいたのに、一瞬で日常が崩れ去った。
彼らはこれから私を殺し、更に他の人達も殺しに行くという。
何がなんだか、わけが分からないまま、あとは無我夢中だった。誰かがドアを開けて入ってきた隙をついて、その場を駆けだす。心の中でルシアンとお父さんに謝った。
私までやられるわけにはいかない。アルを守らないと!!
彼らに対抗するため、壁にかかっていた大きな剣を手に取った。
その瞬間、頭がくらりとしたけど、気を取られてる場合じゃない。すぐ後ろに、ナイフを手にしたラウルが迫ってきていた。
やみくもに振り回した剣が、ラウルの耳の少し下辺りに何の抵抗もなく吸い込まれていく。首の骨で跳ね返されて、えぐれた傷口から信じられない量の血が噴き出した。
ああ、私は人殺しになった――妙に長く感じる時間の中で、不思議と冷静に思った。
それでも、アルを守るために、私まで殺されるわけには絶対にいかない。
――いかない、のに……。
私の胸に、ラウルのナイフが深く突き刺さっていた。
二人で重なるように、床に崩れ落ちる。
アルを守らなくちゃいけないのに――それが最期の記憶だった。
目を覚ました時、不自然なくらい白い部屋に寝かされていた。
周りにあるのは、何百年も前の骨董品みたいな機材ばかり。すごく奇妙だ。なんかいろいろすごく変だけど、病院……でいいのかな? 胸は全然痛くないから、治療が間に合ったんだ。ホントに死んだかと思った。
――あ、そうだっ!
「アル!」
意識を失う前の惨劇をはっと思い出し、跳ねるように上半身を起こした。
そして違和感に気付く。
口から飛び出た子供の声。ベッドが異常に大きい。違う、私が小さくなってる?
いつも繋いでいたアルよりも幼い手に、心臓がひどく嫌な鼓動を刻み出す。
絶望は、家族の死だけでは終わらなかった。
私は異世界で、一家を巻き込んだ事故からただ一人生き残った、七歳の男の子になっていた。