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女王の亡霊

 アルフォンス君は、ジェラールから相続した『洗脳』を最初から使いこなしていた。

 きっと初めから、()()()()()()()()()と、明確に決めて、ある程度の使い道も考えていたのだろう。


 機動城を離脱して、彼が最初にしたのは、生還者全員に触れることだった。彼らの意識から、自分がジェラールを射殺した事実に繋がりそうな情報を欠片も残さず抹消し、思いつくことすらさせない細工をするためだと、すぐに察した。何故なら僕も、ジェラールを殺して洗脳を奪ったら真っ先にやろうと考えていたことだから。

 その効果が遺憾なく発揮されたからなのか、主犯ジェラール・ヴェルヌの死亡原因は、ロボットの誤作動による射殺と、全員一致した証言から速やかに断定されている。


 だから僕は、彼に触れられることを恐れている。僕の意思と記憶が、僕のものではなくなってしまうことを。


 先程の指摘では、完全に図星を指された。僕は問答無用で彼の記憶をいじるつもりでいたのだから。

 僕は洗脳を奪って、彼から『ジェラールを自分が殺した事実』を記憶から消してしまおうと考えたのだ。


 人殺しである罪を背負った人生の重さを、僕は身をもって知っている。

 『ジェラールはロボットの誤作動による事故死だった』と、殺した本人にすら信じさせ、今まで通り、誰に対しても後ろ暗いことなど何もないまっとうな人生を、彼に取り戻してやりたかった。


 そして、僕への強い想いも、同様に消してしまおうと――。

 きっと彼に言わせれば、余計なお世話でしかないと承知の上で。


 けれど、現実には、洗脳だけを奪い損ねてしまった。そして彼には、たとえ正当防衛であってすら、事実を明らかにして償う意志がないのは明白だ。もちろん僕も、その選択には異論ない。


 彼の場合はジェラールの射殺を公表しても、相続人候補者全員の生還のため、職務上妥当な行為だったと認められる可能性は高い。

 けれどその場合、ゲームの最終勝利者――遺産相続人として世間に認知されてしまうことを意味する。


 実際にその大半を受け継いだのは僕なわけだが、少なくとも『洗脳』を継いだアルフォンス君も立場上かなり厄介な状況に追い込まれるはずだ。

 なにしろ他の種類の魔法と違って、『洗脳』だけは、使えば即犯罪となってしまう。

 仮に法に触れずに使う場面があるとすれば、国やそれに類する組織から後ろ暗い要請を受け、超法規的に密かに利用されるとかくらいだろうか。いずれにしろ明るい未来の展望は見えない。

 その面でも、ジェラールの死の責任は、クマ君に被ってもらう方が都合がよかった。平凡な日常を望む身には、人の手に余る魔法など、持っていると知られていいことなど何もない。


 おかげで相続された遺産は、世間的には僕の『転移』とイネスの『完全防御』だけだと認識されている。世界中が喉から手が出るほど欲してきたジェイソンの残りの遺産は、暴走ロボットの妨害にあったせいで、誰にも相続されないまま終わった、というのが最終的な見解だ。

 クマ君の行動は、僕達に最善の結果をもたらしてくれた。


 『洗脳』は確かに強力な魔法だが、対象に触らなければ効果がないという意外と高いハードルがある。脱出直後ごく短時間の限られたチャンスに、最低限の使用で全てが丸く収まったのは、クマ君の機転のおかげと言っていい。


 けれど、隠し持った『洗脳』の魔法は、アルフォンス君をただの平凡な人間ではいられなくしてしまった。

 祖父を殺した罪を背負い、日の当たらない道を素知らぬ顔で歩く選択を、彼はしてしまったのだ。


 僕の隣で――。


 アルフォンス君の足が、また一歩僕に近付く。僕の足は、ルシアンの墓標の手前で止まった。


「また、重力操作で俺の足止めでもしますか? それとも転移で逃げ、世界のどこかに何食わぬ顔で潜伏するか――今のあなたなら何でもできるでしょう。遺産の大半を得て、今や世界最強の怪物になった。機動城にいた時と違って、もはや借り物の力ではなくなったのだから」


 そう言う彼自身、立派な怪物になってしまった。全てを知っていながら躊躇いもせず僕に近付くというのは、そういうことだ。


「僕の最初の魔法が何なのかも、もう分かっているんですね?」

「ええ、それが最後まで残った謎でした。でも遺産が相続される際、初めに俺の頭に転送されてきたのは、遺産の目録だったんです」


 ああ、そういうことかと、納得する。

 出遅れたせいで目録を受け取りそびれた僕は、しばらくの間、頭の中が大混乱していた。今は大分落ち着いたが、本来は最初にリストが来て、頭の中にいっぺんにダウンロードされる多数の知識の整理を付けてくれるはずだったのだろう。


 とすると、アルフォンス君が知ったのはベルトランと同じパターンだなと、予想しながら黙って続く説明を待つ。


「いくつもある中で、黒字に反転していた譲渡済みの魔法は三つありました。イネスさんの『完全防御』と、あなたの『転移』。とすると、残る一つが、あなたが――マリオンが最初に相続した魔法という結論になります。それは、『電脳支配』――それで、全ての謎が繋がりました。あなたは片時も離さなかったテディベアを通じて、機動城を支配していた」

「――――」


 本当に全部を解き明かしてしまったんだなと、改めて諦念する。


 彼が言った通り、僕が機動城に入って最初に自覚した魔法は『電脳支配』。

 AIを思うままにコントロールできる能力だ。知識も技術もなくとも、思うだけでハッキングできる、いわば機械版の洗脳とでも言おうか。

 まったく別の法則で社会が成立している魔法王国辺りでは無力だが、機械社会のアルグランジュでなら、支配者にすらなれるだろう。――なるつもりはないが。


 ただ、そんな最強な魔法をもってしても、どうにもならないことはある。


 僕の予定していた未来は、もう来ない。諦めに慣れた僕は、いつもなら淡々と次善の予定を立てるところだが、離脱直後からひと月たっても、そんな気力はまだ戻ってこなかった。

 もういっそ、流されるままの結果をただ受け入れるのも、いいのかもしれないと、ここ最近は思い始めていたところだ。さすがにもう、疲れてしまった。


 訂正箇所の見つからない指摘に、僕は肯定の代わりとして自嘲的な笑みを返す。


「確かに万能にも見えますが、0か100かしかないシビアな性質のものですから、意外とできないこともありましたよ。ジェイソンのセキュリティはさすがに厳重で、立ち入れない壁も多かったですし」


 そうは言っても、確かに反則級の魔法だなと、自分でも思った。

 機動城は、外部からのシステム介入は一切受け付けない。それは僕自身も例外ではなく、本来なら僕は、この魔法を機動城内では一切扱えないはずだった。

 しかしたった一つだけ、絶対の法則を覆す存在があった。


 それがテディベアだ。

 彼らは精神で直接繋がることができる機能を持っていた。

 僕は彼と――クマ君と繋がった瞬間、機動城にいる人間の中で最強となったのだ。


 クマ君の権限内の力は、全てが僕の力。クマ君さえ五メートル圏内にいてくれれば、僕は無敵だった。全部彼がやってくれる。

 完全防御も転移も、クマ君ネットワークによる監視対象の常時モニタリングも、重力操作による圧迫止血も、できるかは賭けだったが、遺産の転送先をアルフォンス君から僕に差し替えてしまうことすらも。


 そして――。


 物語が、いよいよ大詰めになったのを感じる。


「推理小説だったら差し詰め、()()()()()()()()()()()()()、とでもいうところでしょうか」


 アルフォンス君が、決定的な結論を僕に突き付けようとしている。


 まさに様式美というやつか。

 もしこれが推理小説の世界なら、探偵役は僕ではなかったな、なんて頭の片隅の方で他人事のような感想が浮かんでおかしくなってくる。

 嘘で塗り固めて保っていた平穏な時間の終焉を感じながら、僕はかすかに笑ってしまった。


 ――現実では、僕の役どころは……。


 アルフォンス君が、真っ直ぐに僕を見つめて、静かに告げた。


「復讐者『女王の亡霊』は、あなたです。コーキさん。――――――いや、それも正しくはないですね……」


 僕はむしろ静かな心境で、僕と同じ色の青い目を黙って見つめ返して、続く言葉を待つ。


「まんまとひっかかりましたよ。あなたは自分のゲームの時、一番の秘密を冒頭で真っ先に告げていたのに。()()()()()()()()()()()()()()()()、と」


 よくできましたと、僕は心の中で諦念とともに称賛する。

 あのゲームのルールには、言葉の綾など入り込む余地がない。認められる発言は厳密に事実のみだ。


 アルは――僕の小さい弟は、本当に立派になった。

 記憶の中にいた十歳の少年は、知らない間に二十五歳の青年になって、僕の多すぎる嘘の中から、ついに揺らがないたった一つの()()を見つけ出した。


 僕の役どころは、真犯人。


 死から甦って無関係の別人に成りすまし、虎視眈々と復讐の機会を狙い、五十八年越しの恨みを晴らした『女王の亡霊』は、この僕、マリオン・ベアトリクスだ。

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