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ナイフ

「っ!!!?」


 もうすぐ夕食の時間になる。なんとなく気まずさを引きずったまま、ガーデンルームを出ようとしたところで、異変は起った。


 あまりのことに目を見張った僕の変化に、アルフォンス君がすぐに気が付く。


「どうかしましたか?」


 非常事態は今まさに、食堂で起こっている。当然アルフォンス君には分からない。あくまで僕の態度から察しての問いだ。


 何故離れた場所の出来事が分かるのか。

 僕が隠しているマリオンの魔法の一端をさらしてしまうとしても、今は出し惜しみしている場合ではなかった。


「事故が起きました。跳びます」

「は!?」


 僕はアルフォンス君の手を掴んで、転移を使った。

 転移は必要性の優先度が低いので、魔力節約のためにも使う予定はなかったが、実は僕の自前の魔力をほとんど負担しないで利用できる機動城内限定の裏技がある。

 それを使って、僕とアルフォンス君、それに二体のテディベアは一瞬で食堂に移動した。問題なく成功だ。

 ああ、記念すべき初瞬間移動。感動する暇もないとは。

 内心で嘆きながら、騒然としている事態の中心へと駆け出した。


 夕食直前の時間帯のため、僕達以外全員がすでに集まっていた。

 謎の殺人犯はもういないことが判明しているので、生存確認や最低限の状況報告のために、食事の時間くらいは全員集合しようという話になっていたためだ。


 ついさっき起こった事態のせいで騒然とする人の輪の中心で、水色の髪の青年が体を真っ赤に染めて血だまりに倒れている。


 すでに状況は把握していたが、実際に目にした瞬間、僕の脳裏に血の海に横たわった弟の姿が一瞬で蘇ってきて、思わず息が止まった。


「クロード!!?」


 アルフォンス君の驚きの声で、はっと我に返る。


 違う。僕の弟じゃないし、あの時とは状況も違う。

 僕だって、あの時のことが悔しかったから、ずっと力を付けてきたんじゃないか。今の僕は、何もできずに泣いている子供ではないのだ。


「コーキさん! どどどど、どうしようっ!?」


 ジュリアンがおろおろと、涙目で僕に縋る。僕達が転移でいきなり現れたことすら気にならないほどの狼狽えぶりだ。その足元には、刀身のないナイフのグリップが落ちていた。


 弾道ナイフ――いわゆるスペツナズナイフというやつだ。


 まったく、冗談だろうと何に毒づけばいいのか。アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)旧ソ連特殊任務部隊(スペツナズ)の、しかも実在も怪しい都市伝説武器まで再現しなくてもいいだろう。

 いや、これは言い訳か。ジュリアンが隠し持っていたナイフの形状まで確認しなかった僕の完全な落ち度だ。ロケットパンチのように刀身が射出されるナイフなんて厨二心をくすぐられる武器、理屈さえ知っていれば軍曹が再現しないわけがないじゃないか。技術があれば僕だって作ってみたい。


 事故の流れはこうだ。

 食事のため席に着いたジュリアンが、ジャケットを脱いで隣の空いている椅子に置いた。はずみでポケットから、一本だけ所持を許されていたナイフが床に落ちてしまった。

 そして無造作に拾った時に、うっかりボタンに触れて刀身が射出。数メートル離れた席に座ろうとしていたクロードの太腿に命中した。


 まったく、言わんこっちゃないとはこのことだ。素人が扱い慣れない武器なんて持っても結局ろくなことにはならないじゃないか。ああいうそそっかしい子に危険物を持たせるなんてやっぱり言語道断だったのだ。あの時の僕に「何が何でも没収しておけ」と忠告できるものならするところだ。命が懸かってなければ何のコントだと言いたい。タイミングが悪いにもほどがある。

 更に言えばこれも軍曹の悪意の賜物と言うべきか、機動城内にある全ての刃物には鞘が付属していない。ジュリアンは携帯に際して食堂のナフキンを刀身に巻き付けていたようで、巻かれた形状のまま取り残されて、グリップの傍に落ちている。


「どいてください!」


 人をかき分けるように近付き、即座にクロードの脇に陣取る。


 投げナイフのようなものだから、刺さり方が浅かったのだろう。倒れた時の衝撃か、どこかにぶつかったせいなのか知らないが、刀身は抜け落ちて床に転がっている。そのせいで一気に出血し、すでにクロードは意識朦朧の状態だった。


 落ちている刀身を拾い、クロードのパンツの裾を切り裂いて患部を確認する。


 血の色と出血の仕方から動脈をやったのは確実。位置から、浅大腿動脈か。

 大腿動脈からの出血だと一分ほどで失血死する。秒を争うので、マリオンの魔法で目視した瞬間から出血を抑えていた。

 治癒こそできないが、本当にこの魔法は条件下と使い方次第で汎用性が高くて非常に助かる。

 なんとか現状維持で時間を稼いだはいいが、この後の処置をどうするか。


 切創の状態をしっかり診察すると、やはり一番の問題は動脈の損傷だ。

 応急処置として圧迫止血しても、最悪まだ四十時間以上ここに足止めされて病院に搬送できない。僕も不眠不休でこの状態の維持は無理だし、ラストゲームも控えている。鋭利な刃物だから切り口もきれいだし、もうこの場で手っ取り早く縫ってしまった方がいいんじゃないだろうか。

 しかし手術の器具なんて、さすがにここでは……。


 と、そこまで考えたところで、僕のクマ君が僕の隣に立ったことに気が付いた。

 顔を上げると、使い込まれたレトロな籐の蓋付バスケットを目の前に差し出している。


 まさか……。


「……」


 蓋を開けると、予想通り裁縫セットが収まっていた。


 武器も作ればテディベアも作る。多様な趣味を持つ軍曹ならではの私物と言うべきか。


 まあ、ノーベル生理学医学賞を受賞した“血管外科の父”と呼ばれるカレルなどは、刺繍やレース編みの女性職人達から繊細な裁縫技術を学んで、後に血管の三角吻合術を成功させたというし、多少形状は違っても針と糸さえあればやることは変わらない。


「コーキさん!?」


 もどかしそうに呼びかけるアルフォンス君に、僕は即座に決断した。


「今すぐ傷を縫合します。皆さんにはクロードさんの体を、絶対に動かないように押さえてもらいます」

「「「ええっ!!?」」」


 心配そうに僕とクロードを取り囲んでいた周囲が一斉に驚愕の反応を示す。それを無視して、僕は即座に行動に移した。

 まずは石鹸で念入りに手洗い。食堂だからすぐ傍に手洗い場がある。ブラシがないのでしつこいくらいこすり合わせながら、声を上げる。


「まずは、できるだけ負担のないよう、クロードさんをそっとダイニングテーブルの上に載せて下さい」


 僕の指示にアルフォンス君は即座に動くが、他はみんなは躊躇って踏み出せないようだ。彼一人では無理なので、尻を叩くために淡々と現実を突き付ける。


「滞在時間の予定はあと四十数時間。その間にクロードさんが死んだら、次のゲームの場に立つのはジュリアン君ですよ」

「ええっ、そんなっ……!!」


 ジュリアンが悲鳴混じりに叫ぶ。事故だろうが何だろうが、武器を当てた人間が加害者で、ひいては殺人者としての資格を得ることになる。

 当人以外も、事態の本当の深刻さにようやく気が付いて、何人かが慌ててクロードの周りにしゃがみこんだ。


「ちょっと待って。直接置かない方がいいんじゃない?」


 突然息子の命が懸かっている状況に直面する羽目になったアデライドが、待ったをかける。あぶれた女性陣や双子に指示し、食堂内のテーブルクロスやソファーカバーなどのファブリックを手分けしてかき集めさせ、固いテーブルの上に重ねて敷き詰めた。それからバカ息子の隣に並び、クロードを移動させる作業に自分も加わる。


 さすがに青木看護師長とタイプが似ているだけあって、いざとなると頼りになる。 

 感心していると、洗い終わった僕の手に、クマ君が食堂のアルコールを吹き付けてくれた。同様に、すでに洗浄してトレイの上に並べられた裁縫道具にも。


 僕が思った傍から対応してくれる彼は、執事どころか超優秀な助手だ。僕が欲しいと考えるものを、あるいは応用できそうな類似品を、即座に用意してくれる。文字通り言葉がいらない。


 トレイから、一番細い針と糸を選んで穴に糸を通し、クロードの載せられたテーブルに向き直った。普通ならダイニングテーブルの強度が気になるところだが、機動城の備品はすべて破壊不可だから大丈夫だろう。

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