幕間 走馬灯(QC)2
マリオンが処刑されたことで、毎年形式だけだった招待状が、実態を持つことになった。
招待された当日、再び機動城の玄関ホールに転移された時には、あまりの絶望に言葉もなかった。この十五年、私達の侵入を拒絶し続けてきた機動城に、再び迎え入れられてしまうなんて。
共犯者のベルトラン伯父さんとレオンの顔が見れない。昔はどういう風に関わっていたのか、もう思い出せない。不自然でない態度が分からない。彼らがぼろを出せば、芋蔓式に私の罪まで暴かれてしまうし、自分自身もうっかり余計なことは言えない。そんな恐怖で、普段通りに振る舞えなくなっていた。
更に、私達が死なせたマリオンが、十五年前と髪型以外ほとんど変わらない姿で目の前にいるのも、最初のうちは生きた心地がしなかった。本当にチェンジリングなんだろうかと。
ただ、しばらく様子をうかがっていると、記憶の中の明るくにぎやかなマリオンとはやっぱり全然違った。元はお母さんと同じ年の男性だったらしく、言動は冷淡なくらいに落ち着いた人物で、ジェイソンと同郷の異世界出身というだけあって機動城内の文化にも詳しくて、本当に別人なんだとホッとした。
そんな安堵は、数時間しか持たなかったけれど。
最初の絶望は、レオンがターゲットとなった第一ゲーム。
心のどこかにあった、もし私達の罪が発覚した場合、レオンの洗脳に頼ればいいという保険があっけなく崩れ去った。もし自分がこのゲームに選ばれたら、もう過去を自分で暴露するしか生き残る術がない。
そしてそのすぐあと食堂での話し合いで、廊下側の窓の向こう側に、見てしまった。
私が殺した、ルシアンを。
目が合って、思わず悲鳴を上げていた。
ルシアンが生きているの!? それとも本当に亡霊!?
もしルシアンでない誰かの仕業だとしても、他の誰でもない、ルシアンを見せたということは、私の罪を知っているというメッセージ。いえ、脅しだ。あの日の真相を知っているのは、もう私とベルトラン伯父さんだけのはず。伯父さんでなければ、やっぱり生き残りがいたってこと?
私を追い詰め、復讐しようとしている誰かがいる。――バレるのは時間の問題なのかもしれない。
レオンも死ぬ前に誰かの幻を見たのだとしたら、それは誰だったのだろう?
ルシアンの亡霊は、それからも折に触れ、私の前に現れた。
どこにいても、家族と一緒でも、食堂に集まった時にすら。何も言わずに、ただ感情のない目で私を見据えては消える。――おかしくなりそうだ。
二回目以降、ルシアンの姿は私にしか見えていないようだった。怯える私を、家族が本当の理由も分からずに心配する。
これは私の罪悪感が見せる幻なのか、誰かが見せている映像なのか、ルシアンの亡霊なのか、もう何がなんだかわけが分からない。
でも、そんなこと誰にも言えない。なぜ私にだけルシアンが見えるのかなんて、疑問を持たれることすら恐ろしい。もう、頼みの綱のレオンはいないのに。
一瞬も気が休まる暇のなくなった機動城での二日目。二人目のターゲットはベルトラン伯父さんだった。
ゲームを目の当たりにして、背筋が凍り付いた。文字通り、明日は我が身だ。
夫と二人で、人に尽くすことを教えてきたのに、この子達の前で遺産欲しさに従弟を殺したなんて、言えるわけがない。若い頃の過ちだけじゃない。つい半年前にも、私は結果的にマリオンを死なせている。
そのことを子供達とアランに知られるなんて――。想像するだけで、目の前が真っ暗になる。
私には無理だ。それくらいなら死んだ方がマシだ。
伯父さんの遺体がどこかに消えた直後、そんな私の目の前にいつの間にか立っていたルシアンが、見降ろしながら言った。
「次はあんたの番だよ」と。
心が折れた。
けれどなぜか、立て続けに始まった次のゲームの場に立たされたのは、私ではなくマリオン――いいえ、コーキだった。彼女は自ら挑発してゲームを呼び込み挑み、そして危なげなく乗り切って……ああ、そうかと、気が付いた。
私の番というのは、ゲームの順番のことじゃない。死ぬ順番だ。
女王の亡霊は、明確に殺すターゲットを決めているんだ。復讐する相手を。だから関係のないコーキは飛ばされた。
――もう、いい。これ以上、耐えられない。
覚悟が決まったら、ようやく少しだけ心が落ち着いた。
この機動城で死ねば、死体は消えてしまう。一人で死んで、人知れず消えてしまおう。
それだけが今の私の救いとなったのに――私は、自分では死ねなかった。
今まで何の役にも立ったことのない治癒が、ここへきて私の邪魔をする。ルシアンを殺して得た魔法が、私の希望を砕く。誰にも気付かれないまま、ひっそりと消えていきたかったのに。
絶望する私を、幻のルシアンが嘲笑っているようだ。最後に八つ当たりでも何でも感情のままに叫んでやりたいのに、こんな時に限ってルシアンは現れない。私一人が、ただ絶望にのたうち回るだけ。どこまで苦しめるつもりだろう。
分かってる。自業自得だ。私はそれほどまでに憎まれることをした。あの頃の自分が、あまりにも愚かだった。取り返しがつかないほどに。
今この瞬間にも次のゲームに呼ばれたらどうしようと、焦りばかりが募ってパニックになる。
そんな時、ルシアンの代わりにやって来たのは、お母さんだった。
……本当に、こんな復讐ってないんじゃない?
女王の亡霊は、私が死ぬ様を、どこかで高みの見物でもしてるんだろう。母親が娘を殺す場面を。
結局正体が分からなかったのは心残りだ。
誰だか知らないけど、あんたの復讐は大成功ね。泣きながら私を殺すお母さんの顔が、私の見た最後の光景だなんて。
こんなに辛いものを瞼に焼き付けて逝くくらいなら、いっそ復讐者自身でとどめを刺しに来てくれればよかったのに。
私達の惨劇を、二体のテディベアが見ている。あんなに執拗に私の前に出てきたルシアンは、最期まで姿を現さなかった。