幕間 走馬灯(QC)1
キトリー・クーロン
昔の自分を思い出すと、いつも激しい後悔が押し寄せる。どうしてあんなにものを考えずにいられたんだろう。
本当に、何も考えていなかった。ただ、仲間と派手に遊び回っているのが楽しい、それだけだった。適当に稼いだら稼いだ分以上に遊び倒して、羽振りのいい男には寄生して、それだけが全てだった人生。
でも、二十代も後半になってくると、いつまでもそんな生活をしていられない焦りも覚え始めていて……そんな時に、遺産の話が出てきた。
結局何もないまま、失望で迎えた最終日。残り数時間で、突然遺産相続の方法が分かった。
人を殺せば、想像を絶する莫大な遺産が手に入ると。
その時の私には、全てが自分にとって都合のいい状況に見えてしまった。
一緒にいたのは、仕事で失敗してお金に困ってたベルトラン伯父さんと、一番仲のいい従弟のラウル。これなら、仲間に引き入れられる。
世間と完全に隔絶された場所で、なにより、殺せる相手がいる。
招待された遺産相続人候補は、全員が血縁者とは言っても、名前しか知らない祖父の六人の子供のうち、親しく付き合ってきたのは、上三人の兄妹とその家族。
下三人に当たる叔父達は後妻との子供で、私は今回が初対面だった。従弟妹達は一回り以上年下で性格も違うから、特に仲良くはならなかった。
殺すなら、そいつらだ。
そしてそこにちょうどやってきたのは、ほとんど他人同然の従弟のルシアン――あとから考えれば最悪のタイミングを、千載一遇のチャンスだと思い込んでしまった。
生涯の後悔を抱えることになるとも気付かずに――。
その後は大体レオンが語った通り。
本当に魔法が私の中に入ってきたことで、テンションが上がった。これ、もしかして殺した数だけ、魔法という遺産が手に入るんじゃない!?
そんな高揚感のままにラウルを唆して――そのせいで、ラウルはマリオンの返り討ちにあった。
取り返しがつかないことになってしまったと思っても、もう引き返せなかった。その時にはもう、伯父さんとレオンの最後までやり切る意思は固く、今更抜けるなんて言ったら、私の命まで危うかったろう。
結局計画の途中で時間切れになって、機動城の外に突然放り出された時は、これ以上エスカレートしなくてよかったと思ったくらいだ。
その後は後悔の日々だ。
罪と秘密を共有するベルトラン伯父さんとレオンと今後の相談をしたくても、パパラッチに狙われていて接触ができなかった。
でも、もしできたとしても、やっぱり会うことはなかったと思う。だってレオンの魔法は“洗脳”だ。味方にすれば何より心強いけど、あいつの性格を思えば絶対に信用できる仲間にはならない。むしろこちらには危険しかない。
伯父さんだって、何の魔法を相続したのか分かったものじゃない。下手に近付いたら、口封じとかされてしまうかもしれない。
そんな恐怖から、それ以後、頻繁にあった親戚付き合いはすっかりなくなった。多分向こうも同じことを考えていたんだろう。
――結果的に今回の遺産相続騒動は、得るものよりも失ったものの方が圧倒的に多かった。
この先はただ、罪の発覚に怯えながら、永遠に口を噤む選択しかできなかった。
人を殺して、ラウルを死なせてまで相続した私の魔法は、“治癒”。
完全なハズレだ。レオンみたいに“洗脳”だったら、人生が変わっただろうに、治癒なんて何の役にも立たない。
怪我や病気なんて、病院に行けばすぐに治る。そもそも大怪我なんてそうそうしない。ちょっとぶつけたりした時に、すぐ治る程度のものでしかない。
こんなもののために、私は何も考えずにあんな危ない橋を渡ってしまったのかと、後悔した。事件の生き残りとしてパパラッチにも張り付かれて、いつ真相がバレるかと気が休まらないし、ハズレとは言えせっかく手に入れた魔法すら隠し通さなければならない。どうやって相続したのか自体、絶対に言えないのだから。私が下手に目立てば、レオンや伯父さんがどう出てくるかも分からない。
何もなかったことにして、日常に戻るのが一番だった。
実際には、元通りになんてならなかったけど。
遊びの派手だった私はあることないこと書き立てられて、巻き添えを嫌がった仲間達はみんな離れていった。
ちゃんとした人間関係を築けていなかったことに、今更気が付いた。私が持っていたものは全部その場限りのものだった。
だから、いつもどこか虚しくて、紛らわせるために何も考えず刹那的に生きる悪循環にハマっていたのかもしれない。
でもそんな状況になったからこそ、一つだけ素晴らしい出会いがあった。私とは正反対の生き方をしていた、弁護士のアラン。
仕事を超えて、困っている人に当然のように手を差し伸べる人。私もパパラッチとのトラブルから守ってもらった。
目から鱗が落ちる思いだった。こんな生き方があったのかと。どん底から救われた感謝もあってか、あっという間に感化された。
仕事やボランティアを手伝うようになって、お互い正反対なタイプだったせいか、すぐに惹かれ合って、やがて結婚した。
忙しくとも毎日が充実し、夫婦仲も良く子供もできた。アランと一緒に頑張り続けていたら、悪意に満ちていた世間も、いつの間にか好意的に見てくれるようになった。幸せの絶頂だった。
ただ、過去に追いやったはずの過去が、時々心に影を落とし始めるようにもなった。
生まれたのは男女の双子。大きくなるにつれ、罪悪感が増えていく。
遊んだり、喧嘩したり、喜んだり落ち込んだり、誕生日や、何かの節目でのお祝いをしたり、そんな日常の何を見ても、いつもマリオンとルシアンの姿が脳裏にちらつく。
ここまで育てるのに、どれだけの喜びと苦労があったのか。こんなに愛しい存在を、どうして私はあんなにあっさりと殺すことができてしまったのか。
過去に蓋をして、人に尽くすことで心の平穏と充足を得ている。とんだ偽善だと分かっていても、今更この幸せな生活を失うことなどできない。
そしてこの幸せを失わないためには、あと一人だけ、どうしても死んでもらわなければならない人間がいた。
レオンの洗脳で眠り続けるマリオンだ。
あの子の記憶から、私達の犯罪が発覚することなく、そのまま死刑が決まった時には、正直心の底から安堵した。いつバレる日が来るのか、心が休まることがない生活から解放される。
マリオンが、死刑判決を受けるほどの罪を犯していない事実は誰よりも知っている。似たようなケースの事件があった時にアランにさりげなく訊いてみたら、せいぜいが過剰防衛だった。まず死刑にまではならない。
でも、それを証言すれば、私の罪が明らかになってしまう。
だから、マリオンの処刑を、見て見ぬふりをした。私が殺したようなものだ。レオンと、伯父さんと共犯で。
罪悪感以上に、これでようやく終わったという思いが強かった。
マリオンが死に、代わりにチェンジリングのコーキとして復活するというハプニングはあったけど、マリオンの記憶は持たない完全な別人だという。
今度こそ、完全に過去にできる。これからも人を助ける人生を送ることで償っていこうと、強く決意した。
だけど、あまりにも考えが甘かった。終わりではなく、これが始まりだったのだ。