ゲーム終了(四人目)
あまりの告白に、誰もが顔を強張らせたままで、仮にしゃべれる状況だったとしても言葉も出せなかっただろう。
そんな中で、本当に一貫しているなと、僕は感銘を禁じ得ない。
これまで、僕を除く三人から、殺人の告白を聞いたことになるが、僕はイネスの姿に初めて崇高さすら感じていた。
おしゃべりなイネスが、決して触れようとしない事実があることに気付いている人は、この中にいるだろうか?
もちろんここまでのイネスの言葉に嘘はない。足元には一滴の水すらいまだ見えないのだから。
ただ、本質の部分を言わないだけ。
キトリーの自殺の、一番の理由を。
十五年前に機動城から生還したキトリーは、確かに本当に更生はしたのだろう。己の犯した罪には背を向けたままであっても。
ギイは反抗期ゆえにか、ボランティアに励む母を偽善者と評した。でも心の中では尊敬しているし愛しているからこそ出た言葉だ。その時僕はあえて論点をずらして答えたが、内心では“ご名答と”言いたかったくらいだ。人殺しが、無関係の社会的弱者に償いの真似事をして、それで称賛や感謝までされていたのだから。
反省はしても、やはり自分の人生の方が大事だったのは間違いない。自分の犯した殺人までマリオンに被せたまま死刑判決や執行を見て見ぬふりをし、その一方で善行を行う。まごう事なき偽善者だ。
過去の己を悔い、社会活動に活発に参加し、いいお母さんにもなったことは事実だろう。ただ、努力は分かるが、償う相手が違うだろうとしか言いようがない。その間もアルフォンス君は一人で苦しんでいたのだ。
自殺の動機は、やはりどこまでも自分勝手なものだ。
自殺するために、家族を部屋から追い出すことにしたキトリーは、歩いていく母と子供達の背中を見送りながら、心の中で最期のお別れをしていたことだろう。
キトリーが言った「あんな死に方はしたくない」という言葉の意味は、おそらく死をも上回る別の恐怖を指している。
人に羨まれ尊敬される勝ち組人生を送っていたのに、自分が人を殺した話を、我が子の前で赤裸々に語りたい母親などいるわけがない。理想的な母親になる努力を積み重ねてきたのならなおさらに。
キトリーは、その苦行から、死ぬことで逃げたのだ。
事実を知った時の、子供達の自分を見る目――今日明日にも確実にやってくる未来を思い、おそらくは心が折れた。ベルトランのように開き直るには、まだ若すぎたのかもしれない。
生還の目もあるのに、戦うことも償うことも拒絶して、美しい虚像を抱えたまま永遠に逃げた。
残される子供達の悲しみなど二の次に、死んだ後のことなど知るかとばかりに。
そしてその尻拭いを今、イネスがさせられている。
大好きなおばあちゃんが、お母さんを殺した――子供達が負う心の傷は大きい。
しかしイネスの決断を、僕は否定できない。イネスがやらなければ、実際に今ここに立っているのはキトリーだった。そして、子供達の前で惨劇が起こるはずだった。
それを確実視していたために、僕はずっと憂鬱に感じていたのだから。
子供達はすでに、レオン、ベルトランと、血縁者が惨殺される過程を目の当たりにさせられている。その上、母親が無惨に殺される生ライブまで体験させられたら、きっと心が壊れてしまう。取り返しがつかないほど深い心の傷を生涯抱えて生きていくことになる。
マリオンの処刑時、すでに大人であるアルフォンス君ですら、どこか危ういところがあるというのに。
イネスは、キトリーの死が避けられないなら、せめて子供達の受ける傷が少しでも浅く済む選択をするしかなかった。
母親は機動城で行方不明になってしまったのだと。
もちろん娘がさらし者になって殺される姿を見たいわけもない。彼女の尊厳を守り、一思いに楽にしてやりたかったという気持ちもあっただろう。
可愛い孫の前で自分の人殺しの罪を告白するなんて、耐えがたい苦痛だ。まして殺したのは彼らの母親ともなれば。
しかし、家族からの視線を極力意識しないことで自白を続けたベルトランとは正反対に、イネスは真っ直ぐ孫達に向けて語りかけていた。その結果彼らがどんな思いを自分に向けようとも、全て受け止める覚悟で、誠実に事実を伝えている。
けれどこの一点だけは、イネスは絶対に言わないのだろう。
自分達の存在が、母親に自殺を決意させ、また祖母にもそれを実行させる決断の原因になったなんて、一生知らなくていい事実だ。
キトリーは、ゲームを恐れるあまり自殺を選んだ――真実はそれでいい。子供達が成長して、いつか気が付く日が来るとしても、今はまだ早い。
身を切る思いで大切な家族に順番を付けて、守るものを決めたイネス。その苦しみは察するに余りある。
普段の感情の豊かさは鳴りを潜め、しかし話を途切れさせることなく、今も一人で淡々としゃべり続けている。
ゲームをしていた時の僕と同じだ。孫達のために、自分は決して死ぬわけにはいかないと。たとえ憎まれたとしても。
孫を守るために孤独に奮闘する彼女を、僕は尊敬する。
そして、呆気ないほどの十分間が過ぎ去った。
イネスは最後まで自分の足でその場に立ち続けていた。
昨日と同じ、勝利を告げるファンファーレが鳴り、第四ゲーム終了を告げる声が聞こえる。
水の牢獄に水が出現することは、とうとう1ミリもなかった。
「おばあちゃ~~~ん!!!」
放心して立ち尽くすイネスに、子供達が泣きながら駆け寄り、飛び付いた。言葉もなく、ただお互いに泣きながら固く抱きしめ合っている姿に、思わずもらい泣きしそうだ。
これ以上の悲劇が避けられて、本当に良かった。
僕はあんなに細心の注意を払って、一言一言にも神経を磨り減らしたというのに、イネスは普段通りの姿勢で容易くクリアしてしまった。そして最初の宣言通り、孫達を守るための『完全防御』を手に入れた。
やはり正直者が一番強いゲームだった。
やり遂げた彼女に、僕は内心で、心からの称賛を送る。
ギャラリー一同も、残酷なシーンを見ずにすんで、ようやく緊張を解いた。ただ、イネスの告白の内容が内容だけに、よかったねと祝福するわけにもいかず、複雑な表情で見守り続けるしかない。
イネスのこの先を考えてみる。
世界中の国家が喉から手が出るほど欲しがっている『完全防御』を、“魔法”、“設計図”ともに手に入れたイネスは、莫大な財産が約束された。娘を殺してまで得る価値のあるものではなかったろうが、勝手に押し付けられてしまった以上、有効活用するしかない。個人で権利を抱えるのは実質不可能で、自分と家族の安全のためにも、むしろさっさと手放すべきだとすら言える。まあ、『転移』を持った僕も同様なのだが。
その手放す条件にしても、そう悪い材料はないだろう。ベルトランの時には、罪から逃れるためには司法取引が必要だったが、イネスは違うはずだ。
個人の権利意識が強いアルグランジュの法では、嘱託殺人は殺された人物からの依頼が証明できれば罪とはならない。
前の世界のように、不治の病というものが基本的にないので、尊厳死という概念は特にないが、結局、いつどんな世界でも死に安らぎを求める人間はいるということだ。
だがむしろ今回の場合こそ、尊厳死というものが当てはまるのかもしれない。苦しみ抜いて非業の死を遂げることが予見されていた状況下で、安楽死とは言えないが苦しみから解放される結果を求めたのだから。
ただでさえ他人の僕達の目からしても、機動城に来てからのキトリーの精神状態はまともとは言い難かった。ゲームに臨めば、まず凄惨な死が待ち受けていただろうことは想像に難くない。
自らの罪を認めているイネスは、外の世界に出れば容疑者として記憶を読み取られるはずなので、嘱託殺人の証明は容易いだろう。
あとの問題は――。
イネスは子供達の母親を殺してしまった負い目があるだろうが、逆に子供達にもきっと、おばあちゃんにこんな辛い役目をさせてしまった、という負い目は、きっとあるはずだ。
互いを思って泣きながら固く抱き締め合っているこの祖母と孫達の絆が、拗れずにいてほしいと、ただ願うばかりだ。
目の前のやりきれない抱擁を見守りながら、思わずにはいられない。
この屋敷で起こる全てを、観覧し続けるギャラリーに問いたい。
どんな思いで、十五年前の事件も含めて、これまでの相続人候補者達の取り返しのつかない惨劇を見ていたのかと。
今回も、たった三日で血族が三人死んだ。
これで、リストの全員が、今回選択されたゲームを終えたことになる。これでようやくゴールが見えた。
――次はお前の番だ。
僕のクマ君を見つめながら、その向こう側にいる相手へと、心の中で引導を渡す。
次だけは、僕が直接手を下さなければならない。このバカ騒ぎから永遠に解放されるために。
軍曹、満足か? これほどの喜劇を公演できて。
首を長くして待っていただろう。終演は間もなくだ。




