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没収

 三日目の昼食は、生存者の全員が揃った。


 さすがにどんなに辛くとも、食べなければ生きてはいけないわけで、昨日ベルトランを殺されたアデライドとジュリアンも、昼食には重々しい空気を引きずりながらも遅れて顔を出した。

 先に揃っていたその他の面子は、それぞれ席について、すでにオーダーを済ませている。

 昨日の夜と今日の朝と二食抜いている二人が、もし昼食も来ないようだったら、強引にでも誘いに行こうかと、ベレニスとイネスが話し合っていたところだった。なんだかんだ言っても姪とその子供なので、放ってはおけないようだ。


 ちょうどいい。面倒ごとはさっさと片付けてしまおう。

 僕の用事はジュリアンにある。近付いてきたので、僕も席を立って彼の前で足を止めた。隣に座っているアルフォンス君が何事かと視線を向ける。


「ジュリアン君。ちょっといいですか?」

「――コーキさん……?」


 正面に立ち塞がれ、うつむきがちに歩いていたジュリアンは僕に気が付いて顔を上げる。

 落ち込んでいる様子で動作も鈍っている彼の両手を、にっこりと微笑みながら僕の両手で取って包み込んだ。


「え!?」


 ジュリアンの顔と体が、驚きのあまり固まる。見た目同年代の女子に至近距離から笑顔で手を握られ、思考停止して頬を赤らめた。

 あまりに唐突な行動に、隣のアデライドもぽかんと口を開ける。僕はよそ見ができる場面ではないので視線はジュリアンの目に真っ直ぐ固定しているが、多分食堂にいる全員が同じ反応をしているのだろう。


 よし、隙あり。


 僕はさっと離した右手をジュリアンのズボンのポケットへとツッコんだ。予想通りの堅く冷たい感触がある。即座に掴んで引き抜いた。


「なっ!?」


 ジュリアンよりもアデライドが思わず声を上げる。

 僕の手には拳銃が握られていた。


 瞬時に席を立ったアルフォンス君を、目で制する。即座にジュリアンを制圧してしまいそうな勢いだが、それをされると後の関係性がまた面倒臭くなる。

 アルフォンス君も渋々ながら一応僕の意図は汲んでくれたが、何が起こっても対処できるように、最大の警戒心で僕の隣に立った。


「あ~~~~~~~~~~っ!!」


 数秒遅れてジュリアンも事態を把握した。


「いけませんねえ。これは子供のおもちゃではありませんよ」


 シャレにならないいたずらをした子供に対するように、ちょっと厳しめに咎める。


 僕がオーディオルームで見せられた問題映像はこれだ。

 昨日、ゲームが終了して解散になった後、部屋に帰る途中で、ジュリアンは母親の目を盗んで廊下に展示してあった武器をいくつかガメていたのである。服の中にこっそりと隠し持てるように、主にサイズの小さめのものを。


 飾られていたコレクションは、刀剣だけでなく銃器の類も複数あったが、今僕が取り上げたのは、銃身の短い小型のリボルバーだ。こちらの世界の古いタイプのものと形状が似ていたから、ジュリアンでも銃と認識できたのだろう。


「あんた、何やって……」


 アデライドが、苦り切った表情で息子を見る。驚きと呆れと怒りと、でも気持ちは分からなくもないという、なんとも複雑な心情が読み取れる。

 

「コーキさん、返してよぉ~~~~。身を守るのに必要なんだから!」


 ジュリアンが情けない声で懇願するが、聞く耳は持たない。彼にも学習能力はあったようで、おそらくはこちらが主であろう、“できることならベルトランの仇も討ちたい”という本音は口には出さなかった。


 銃を取り返されないように、僕の無敵の執事クマ君に素早く手渡す。クマ君は速やかに受け取ったかと思うと、その瞬間には拳銃は手品のように跡形もなく消えていた。

 特に指示を出していたわけではないが、僕の考えは口にしなくても伝わっているので、行動にまったく無駄がない。実にデキる執事だ。


「これは素人が扱ったら思わぬ事故を起こしかねない大変危険な道具です。この子はちょっと目が離せない子のようなので、お母さんもしっかり目を光らせておいてください」


 十八にもなる男に言うセリフでもないのだが、保護者のアデライドにしっかりとお願いしておく。言われた母親は「ええ」と、固い表情で言葉少なに頷いた。異論はないらしいので、不満たらたらのジュリアンに再び向かって続ける。


「そもそも身を守るも何も、どうせ君が撃っても標的には絶対に当たりません。使い方すら分からないでしょう。君が知っているようなスイッチを押すだけで勝手に照準を合わせて標的に当ててくれる親切設計な銃とは違うんです。誤射や暴発などで、むしろ君と周りの人間がいらない危険にさらされるだけです。皆さんもくれぐれも不用意に触れないようにしてください」


 僕の説教の間にも、ちょっとお怒り気味の母親による問答無用のボディチェックで、反対側のポケットからもう一つ銃が出てくる。それを僕が受け取って、クマ君に流れ作業のようにパスする。

 更に上着の内ポケットに手を伸ばされかけ、ジュリアンは両手で防ぐように自分の胸元を抑え込んだ。


「待って待って! 銃は諦めるから、せめてナイフくらい持たせて! 丸腰じゃ怖くて廊下も歩けないよ! もうこれ一つだけだから!」


 ちらりと見えたグリップは、確かにナイフのもののようだった。必死の抵抗が功を奏したのか、アデライドが動きを止め、少し考えてから伸ばしていた手を下ろした。


「――しょうがないわね。気休めにナイフ一本くらいは、私も構わないと思うわ」


 やはり昨日父親を殺されたばかりの身としては、思うところもあるのだろう。息子の訴えを受け入れて、僕達にも理解を求めてきた。


「正直私も、何かあった時に対抗する手段がないのは不安だったの。まだ二日も残ってるんだもの」

「――そうですか。正直あまりお勧めはできませんが。それはつまり、他の人にもナイフなら所持を容認するということですから」


 一応不満は表明しつつ、不本意ながらも妥協した。

 本当なら刃物も取り上げておきたいところだが、さすがにそこまでする権限は僕にはない。そもそもここで強硬に主張しても、かえって反感を買った結果、結局また後で隠れて武器を拝借されては意味がない。調達先は屋敷のいたる場所にあるのだ。


 不安は残るが、周囲に対して圧倒的に脅威となる飛び道具を取り除けただけでも良しとするしかなさそうだ。ナイフの携帯は周知したわけだし、最低限、近付かないことでの自衛はできる。


 ただ、素人が扱う場合、むしろ刃物の方が自分を傷付ける危険度はずっと高いんじゃないだろうかとは思う。切創の治療で来たの患者さんなど、自分で刃物の扱いを誤って怪我したという人は結構多かった。ひどい例になると、失血死する場合すらある。慣れない刃物を、ただでさえ咄嗟の緊急事態、しかも身を守るというからには襲ってくる相手がいる対人戦という状況で、素人が適切に使いこなせるわけがないのだ。それくらいなら一目散に逃げるべきだ。


 まあそこはどうなろうが、ナイフを持つことを選んだ本人の自己責任というべきか。余計なトラブルはできるだけ避けたいが、本人が被害を被る分には勝手にすればいい。どうせ自殺に関しては、ゲーム挑戦資格取得の対象外なのだから。もう子供ではないし、そこまで面倒は見切れない。

 ちなみに僕は、職業上何十年も生きた人間を切ってきた実績の分、みんなよりは人に刃物を向ける行為に対して精神面と技術面でのアドバンテージがあると言えるかもしれない。


 百パーセント納得の解決とはいかなかったが、とりあえず話は終わったので、アルフォンス君とともに席に戻る。すでにオーダーしたメニューが並んでいた。


「もしかして、オーディオルームでですか?」


 アルフォンス君が、小声で訊いてきた。どうして僕が銃のことを知っていたのかと。


「はい、坊やのオイタの過ぎた映像が、ちょうど僕の目の前にあったので」

「言ってくれれば最初から俺が動いたのに。武装解除なんて危険な任務を、単独でやらないでください。焦りましたよ」


 僕の身を案じて、アルフォンス君が苦言を呈する。気弱そうなジュリアンが相手なら安全だなんて保証はないのだ。実際二丁目の銃も出てきたし。本職だからこそ、その辺は肝に銘じている部分なのだろう。

 もちろん僕も理解している。だからこそ自分でやったのだ。僕だったら万が一の事故の心配もない。


「無闇に衝突しないでも、安全に回収できるならその方がいいじゃないですか。君が脅し上げて押収するよりはずっと角が立たなかったでしょう」

「――だからってなんでその手段が色仕掛けなんですか」


 俺にはコーキさんから触れてくれたことなんて全然ないのに、なんてブツブツと不平を漏らしている。なるほど、そっちの不満もあったのか。


 よその子を可愛がったせいで、可愛い弟がへそを曲げている。

 そういえば、日本にハグの習慣はないという僕の言を尊重して、アルフォンス君は日常の挨拶での触れ合いは極力我慢しているらしい。それだけに余計機嫌を損ねてしまったのかもしれない。


「弟に色仕掛けなんてするわけがないでしょう。僕にとって君はそんなどうでもいい存在じゃありませんよ」


 ごく当然のように言う。前半を受けてむきになるか、後半を受けて照れるか――そんな反応を予想してアルフォンス君を見れば、それはどちらも外れていた。


 表現しがたい不思議な感覚に、心がざわつく。

 彼もまた僕の言葉を、さも当然と受け止めたかのように、特に返す言葉もなくかすかに笑っていた。


 なぜか、ずっと――ずっと昔、小さい弟が僕に見せた表情と、あまりにも重なって見えた。


 なんとなく感じていた不安が、はっきりと形になった気がする。

 今までの彼の態度と、明らかに違っている。いつもならなんとなく分かっていた感情も考えも、今はまったく読めない。


 一体何が、彼の心の中のどこかを変えたのだろうか。

 それが彼にとって、良い変化ならばいいのだが――。

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