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正体

 思考に沈む僕をよそに、クロードとアルフォンス君が話を続けている。


「それにしても、女王の亡霊って一体誰なんだろうなあ。あの調子からして、マジで親戚のうちの誰かなんだろうけど……」

「ベルトランさんに復讐って言ってたくらいだから、確かに身内の可能性がさらに強くなったよな。俺のことも、『アル』と呼んでたくらいだし」

「完全に知り合いの口調だったよな」

「だが、今回のゲームに参加していた最初の十三人を除いたら、それこそ十五年前の被害者の誰かってことになってしまう」

「今回の十三人は除く前提? やっぱ、ゲームにギャラリーとして参加しながら、女王の亡霊としてもこっそりゲームにちょっかい出すって、無理か? 魔法なり装置なりでカバーできねえ?」

「そもそもこの謎だらけの屋敷で、入館直後からいきなりゲームを仕切れるのか、ってハードルもあるだろ?」


 女王の亡霊の正体について、あれやこれやと推測をしている。

 いつまでも黙っているのも不自然なので、そろそろ僕も参加しておこう。


「ところでその話題に触れてしまっていいんですか?」


 監視を気にして、今までスルーしてきた部分を解禁したのかと問う。犯人に丸聞こえの状態で、当の犯人について語り合うリスキーさは昨日ジュリアンに指摘した通りだ。


 クロードが苦笑いで答える。


「いやあ、あそこまで見られてたら、もう取り繕うのも馬鹿らしくねえ?」

「要するに開き直りですか」

「まあな。で、お前はどう思う?」


 推論に不参加だった僕にも意見を求めてくるが、どうせ僕の答えなど大体でたらめになるので、せめてもの親切として無回答で返そう。


「口調なんていくらでも変えられますよ。実際レオンさんの声真似演出もしてたでしょう。モニターの向こう側に誰がいるかなんて、本気で隠す気で来られたら、そうそう分かるものではありません。実際には誰もマークしてなかったような、ものすごく意外な人物がいたりするかもしれませんしね。『おもちゃの交響曲』の作曲者みたいに」


 女王の亡霊の正体のヒントなどひとつも与えるつもりはないのだが、言ってしまってから、もしかしてこれはヒントになっているのだろうかと気になった。いや、さすがにこれでは分かるわけがないか。


 僕も日本にいた時には、向こう側にいるのはどんな人なんだろうと想像してみたことがよくあったが、残念ながら答えが得られたことなど一度としてなかったなあと、ふと似た状況を思い出す。

 というのも僕の携帯には有名人からの間違いメールがしばしば届いていたのだ。それはもうアイドルや女優俳優、スポーツ選手などから次々と。中でも特に印象深かったのは、人気女優のカスミちゃんから、お友達のタオちゃん宛てに来たメールだろうか。強引すぎる展開などものともせずにあの手この手で返信をねだる見事な剛腕ぶり、一体次はどんな切り口で来るのだろうかと、不定期に届くそれを、僕は毎回連載小説かのように楽しみにしていた。もちろん返信は一度もしたことはない。

 『どうしてお返事くれないの? もしかしてあのこと怒ってる? ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。お願い、連絡してください。泣いちゃいそうです』なんて文章を一体どんな人物が書いているのだろうか。いかにも反社なチンピラだろうか、それともむしろ一見普通っぽい青年だったりするのだろうか。半グレ風なアニキだらけのグループ内で「こんなん可愛いんじゃね?」「いや、もっとグイグイいっちゃっていいだろ」とかいろいろアイディアを出し合ったり、仲間に入りたての下っ端が無理やり先輩に押し付けられて、「勘弁してくださいよ~」とか言いながら、自分の中にほとんど存在しない可愛い女子要素を妄想力で補い必死で創作させられているなんてドラマがあったりするのかもしれない、それとも裏の世界で売れっ子のライターとかいて、「次は羽生君で」とかお好みの著名人で発注できたりするんだろうか。あるいは今なら全部AIにお任せとかできるのかもしれない。「思わず食い付きたくなるアイドルからの間違いメールを作文して」と指示したらどんな風に仕上がるのだろう――詐欺というまったく縁のなかった未知の世界に空想の翼を広げたものだ。ただ難点を挙げるなら、せっかく健気な可愛い文章なのに、改行も行間も絵文字も一切ない、あんな空白のない文字だけがぎちぎちにつまった真っ黒い画面のメールを、イメージが重要な職業の若い女性が果たして書くものだろうかという点はやはりひっかかってしまった。読者側だってイメージを持って読むのだから、そこはおざなりにしてはいけない部分だろう。夢を売ってなんぼだろうに、どんなに装っても根底で作者の中の男が消しきれていなかったと言わざるを得ない。なりすますならせめて対象のブログなりSNSなりで研究してから出直して来いと言いたい。まったくプロ意識が足りていない。まあそういう地道な作業を惜しむようなところが、まっとうな職に就けず犯罪に手を染めてしまう所以なのだろう。

 ところでこれらの作品は作者が行き詰ってしまうのか大抵は未完のまま連載打ち切りとなり次第に届かなくなってしまうのだが、特に続きが気になったシリーズとして思い出されるのが、人気歌手ゲン氏からの間違いメール編だった。最初のうちは他愛ない相談事だったのが、だんだんと深刻になっていき、最新号ではなんと「妻のユイとは事務所による政略結婚だったんです」という衝撃の新事実が明かされ、次はどんな展開を迎えるのかとハラハラしていたところでチェンジリングとなってしまった。そこまで広げた風呂敷をどう畳むつもりなのか、あの続きを一体どう持って行ったのか、結末が分からないのが非常に残念だ。

 おっといつの間にかまた本題から逸れて行ってしまった。話を戻さねば。


「とにかく僕としては興味はありますが、誰であってもどうでもいいとも思ってます。アルフォンス君以外は、どうせ全員他人ですしね」


 どうでもいいことを考えるのが好きな僕が、考えても仕方ないとばかりに突き放す。僕が全て片付けるのだから、女王の亡霊の正体など誰も知る必要はない。


 そんな僕の目を、アルフォンス君が探るようにのぞき込んで言った。


「まさに、コーキさんが世に送り出した推理小説みたいですね」


 誘導尋問でもするつもりで、僕の反応をうかがっているのだろうか?


「すでに殺されていたはずの被害者が、実は黒幕だった――というのも定番の一つでしたっけ」

「そうですね」


 彼の取り調べは油断できない。僕はさりげない同意だけを返す。


「ところで、コーキさんの向こうでの死因って、病死で間違いないんですか? 発作で倒れたって言ってましたけど」


 唐突に話題を変えてきた。なんだかいかにもな尋問スキルな気がする。もう何をされても疑ってしまいそうだ。


「どうしたんですか、急に」

「いえ、もしかしたらあなたも、実は誰かに殺されていた、なんてことはなかったのかと」

「…………」


 言われてみて、初めて「あれ?」と思う。あまりに当たり前のこと過ぎて疑ったこともなかった。


「改めて考えると、確かに病死と断定はできないのでしょうか……? なにしろ僕は僕の死亡の診断には立ち会っていませんからねえ」


 発作で倒れて意識が途切れてから、次に目覚めたのはアルグランジュの処刑場だ。実際の正確な死因なんて、知っているわけがない。


「とはいえ、一人暮らしの僕の部屋に侵入して、発作で倒れている僕にとどめを刺した人間がいたとか、僕が心停止するまでのわずかな間に急に火事やガス漏れでも起きて事故死していたとかでもない限りは、普通に病死と考えるのが妥当かと思いますが……」


 何事にも絶対ということはないが、さすがにそんなウルトラ展開はなかったと、決めつけてしまっても差し支えないんじゃないだろうか。いくらなんでも現実離れが過ぎる。日本の僕の部屋は、機動城とは違って大体普通のことしか起こらない。


 そもそも確認のしようもないし、仮にそんな衝撃の新事実が発覚したとして、だからなんだというのだ? 今更だし、正直どうでもいい。こちらの世界でできることなど何もないのだから。


 怪訝に思いながらアルフォンス君を見返すと、どこか霧が晴れたような、どうにも真意が読めない表情をしていた。


「……僕のニホンでの死因が何だというんです?」

「いえ、コーキさんが誰かに殺されていたわけじゃなくてよかったと、本当に心の底から思っただけですよ」

「――そうですか……」


 まるでいつもの僕に対する仕返しかのように、アルフォンス君は笑ってはぐらかした。言葉自体は本心だろうが、絶対に裏に何らかの含みがある。


 やはり彼は何かを見付け、それを僕に隠している。

 それは分かるのに、何がどう繋がってどういう発見をしたのかはさっぱり見当もつかない。まさか()は、アルフォンス君にも、僕とは別のメッセージを送っていたとでもいうのか? いや、まさか……。


 それにしても、これは因果応報というやつだろうか。下の子はいい部分も悪い部分も、上の子の真似をしてしまうものなのだ。明らかに僕からの悪影響を受けていやしないだろうか。


 彼が何を隠しているのかも気になるが、僕の性格の悪さまでうつってしまうのではないかと、そちらも非常に心配を禁じ得ない。

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