念動力
「イヤ~、ヤバかったな。なんだったんだアレ?」
気まずい沈黙を破って、クロードが僕達に振り返る。
「『女王の亡霊』からの、何らかのメッセージなのかもしれませんね。今までもちょろちょろと出てきていたように」
僕は咄嗟にそれらしい回答を提示する。僕の都合のいい方向に誘導してはいるが、半分くらいは嘘ではない。
「メッセージって言っても、あれじゃ何が言いたいか分からねえよ。ひたすら不気味で気分悪いだけじゃねえか。こうしてる今だって見られてるってことだぜ。なあ、アル?」
「え……あ、ああ、そうだな」
まだどこか上の空だったアルフォンス君も、話を振られて、こちらに意識を戻してきた。それからすぐに、考え込む表情で、僕達に提案してくる。
「とにかく、ここであったことは、他のみんなには言わない方がいいと思う」
「そうですね。こんな気分の悪いことは、知らないでいた方が幸せだと思います」
「だな。マジで胸糞悪りい」
すぐさま満場一致となった。
あんな二十四時間モニタリングされていたなんて情報は、知らせていいことは何もない。余計なパニックになるだけだし、何より思春期真っ盛りの子供達の精神面や教育上にも絶対よくない。できるなら知らないままでいるのが一番だ。
どうせあと二日以内には、永久に終わらせる。
しかしラスボスとの対決の上で、一つ引っかかる点が浮上し、新たな気掛かりとなっている。
ちょうど同じことが引っかかっていたのだろう、当事者のクロードが、自分の右腕をちょっと恐々と振って見せる。
「俺の手が勝手に動かされたのって、やっぱ、女王の亡霊も魔法を持ってるってことだよな?」
その発言に、全員の表情が険しさを帯びる。
そう、問題は、クロードを操った方法についてだ。
任意の場所に映像を映すとか、音声を流すとかだけなら、装置でどうとでもできる。
しかし他人の体を遠隔操作できるとなると、どうだろうか?
まあ、軍曹の技術力を考えれば、知らない間にナノマシン的な物を体内に注入されていたとか、外部から何らかの物理現象を使って腕だけ操ったとか、科学的な方法もあり得なくはないのだが、それは僕の魔法で排除できるので、今回はやはり魔法の可能性の方が高いのではないかと思う。
「となると、女王の亡霊の正体は、すでにジェイソンの遺産の一つを相続している残り一人の殺人犯ってことか?」
クロードがあてずっぽうの推理をする。確かに現状で魔法持ちと見られているのは、僕と十五年前の事件の犯人の二人だけだ。
僕とアルフォンス君は複雑な表情で視線を合わせた。
僕達は、今持っている情報で、それは違うと知っている。ゲームの挑戦者リストを見ていれば、その解答にはたどり着かないのだ。そもそも残る一人が相続した魔法は治癒系と推定されるので、その点からも当てはまらない。
「そうとは限らない」
やはり僕と同じことを思い出していたらしいアルフォンス君が、否定した。リストについては僕の希望で秘密だが、他の切り口からの考察もできるのだ。魔法を持つ手段は、なにも軍曹の遺産しかないわけではない。むしろそちらの方が遥かに特殊例なくらいだ。
そして別の可能性を口にする。
「少し前、似た案件を扱った」
「バラバラ殺人事件ですね」
僕も同意見だと頷いた。
恋人の体を魔法で操作して、自身の殺人事件を自作自演したやつだ。殺人のトリックはサイコキネシスという、推理小説の存在意義を根底から覆してしまう犯罪として強烈に印象に残っている。
「僕もあの件で、魔法や魔法王国のことも少し調べてみたのですが、いわゆる念動力というのは、あちらの国なら初歩で身に付けるような基礎的な技だそうですよ。軍曹の遺産のラインナップとして考えたら随分と貧弱ですよね」
少なくともそんな、魔法使いなら誰でも持っているようなありふれた魔法が遺産にあったとは考えにくい。
バラバラ事件の犯人が魔法に目覚めたのは、恋人から別れ話を切り出された怒りからだった。ごく普通の一般人でも、激しい感情の動きがきっかけになることは稀にあるのだ。薄くとも魔法使いの血統を受け継いでいるなら特に。
こちらの可能性の方が、遺産というよりも納得できる。
「そうですね」
アルフォンス君も僕の説明に補足する。
「あれは、精神的な衝撃で潜在能力が目覚めたパターンだった。レオンも最初から洗脳の魔法を使いこなせていたようだし、もしかしたらジェラール・ヴェルヌの血筋には魔法の才能があるのかもな」
「じゃあ、復讐って言ってるくらいだから、身内を殺されたショックとかで、自力で魔法に目覚めた誰かって可能性もあるのか」
クロードはまた当てずっぽうの推理を口にしてみる。どんなタイミングで魔法を得たのかまでは断定できないが、こちらは多分おおよそ正解だと思う。
モニターの向こうの人間がそういった能力を持っているという可能性を、正直僕は今までまったく考えていなかった。もしこの仮定が事実だった場合、僕にとってどの程度の脅威となり得るだろうか?
一昔前の超能力バトルものなどでは、サイコキネシスで戦う場面がよく見られた。魔法の場合なんと称するのかはよく分からないが、ともかく物体を動かす系の能力の場合、直接的な攻撃力という点では、かなり脆弱だと思う。室内という条件下では特に規模が抑えられるだろうし、パターンも制限される。せいぜい危険物を投擲するとか、建物を崩落させて圧し潰すとか、それくらいしかないんじゃないだろうか? あまり効率がいいとは言えない。そもそも機動城は破壊不可だから、後者は不可能だ。
もちろん無防備な人間にはたかが投擲でも十分危険ではあるが、はっきり言えば、人力でやってもそうそう威力は変わらない。銃器とか、道具さえあれば誰でも同じ結果を出せる、科学での置き換えが可能な能力とも言える。なんなら普通に手で投げたっていい。魔法でやられた場合の注意点は予備動作の観測ができないくらいか。
有用性を考えるなら、軍事基地や重要施設などの押しちゃいけないスイッチを勝手に押すとか、それこそさっきクロードがされたみたいに対象の体を勝手に操作して取り返しのつかない行動をさせるとか、そういった遠距離からの間接的な攻撃の利用に汎用性がある気がする。かなり低コストで大きな成果が得られそうだ。たとえば国のトップ同士の会談などで、握手に伸ばした手が突然相手を殴ったら、とんでもないことになるだろう。
一番怖いのは、脳の血管を引きちぎったり、気管を塞いだりとかの、体内を直接いじられる攻撃だ。が、そういった直接攻撃全般は、機動城内なら僕の魔法で対処できる。まあ歩いている最中、いきなり足元にボールでも置かれたりしたら、さすがに転ばされてしまうぐらいはあるかもしれないが、いずれにしろ致命的な被害は考えられない。
つまり念動力の類は、こちらに来た初日に見た手を使わずにお茶を入れてくれた秘書のように、せいぜい手品として楽しめる子供だまし程度のもので、今の僕なら無闇に恐れる必要はない魔法と見なしていいだろう。――多分。
だがこの機動城は、何が起こるか予想もつかない空間だ。
とにかく油断だけはせず、あらゆる可能性を念頭に置いて、常に沈着冷静を心がけておこう。