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開示

「――入口に、説明があったんですか……」


 アルフォンス君が何とも言えない表情で脱力した。


「しかもあんな変形したアルファベットで……分かるわけないじゃないですか。これじゃ、他にもどんなヒントが潜んでるか、分かったものじゃないですよ」


 頭を抱え愚痴る。通常なら記録した映像を担当部署に送って、あとは専門家やAIで分析に掛けるのだろうが、今はアルフォンス君一人にかかっているのだから、途方に暮れるのも無理はない。


「いやいや、アルグランジュ人の君が気が付けただけで大したものですよ」


 僕は本心から称賛して慰めた。

 食堂での話し合い前に約束した通り、部屋に戻ってから、情報開示のお時間だ。


 宙に出した僕のモニターを、ソファーに二人で並んで眺めている。機動城内ではデータのやり取りができないから、僕の端末から直接見せるしかないのだ。それをまたアルフォンス君のカメラで記録するなんてまどろっこしいことになっている。

 モニターは操作次第で両面に映し出せるので、対面に座っても問題ないのだが、もう当然のように僕の隣がアルフォンス君の定位置となってしまっているのがいかがなものかと思わないでもない。


 僕が昨夜のうちに隅々まで目を通した英文を、更にアルグランジュ語に翻訳した文章が僕達の目の前にある。もちろん伝える内容は選別して、僕の編集が入っている。いらない部分はバッサリ消去済みだ。


 今、僕が絶対に秘匿すべき情報は、大きくは二つ。

 一つ目はもちろん、ゲームを経てすら守り通した僕の一番の秘密。二つ目は、遺産相続問題から完全に解放される条件が、ラスボスの殺害であるということ。


 なので念のため、二つ目の秘密を厳守するために、軍曹の手記部分に関しては全カットだ。軍曹がこんなバカげた遺産相続騒動を起こした動機を知れば、自ずと回答にたどり着きかねない。

 汚れ仕事は僕が引き受ける。だから、誰も知る必要はないのだ。


 結局堂々と開示する情報は、ガーゴイル像の台座の正面部分にあったゲームリストだけに絞った。アルフォンス君には、原本全文を確認する手段がないからできることだ。

 調査は可能な限り一次資料から当たるのが基本だが、もしアルフォンス君が、自分の端末で記録した映像から改めて検証しようとしても、不可能だ。何故なら、軍曹の手記部分の核心は、まともに映せていない残り三面に記されているのだから。

 特に、遺産相続の完全な決着方法についてなどは、絶対に見えない裏側にあった。

 機動城内の撮影をしている人間は複数いても、あの限られたチャンスにガーゴイル像の周りを一周したのは僕だけだ。


「このリストから、あのゲームを選んだ人間がいるってことですよね?」

「おそらくは」


 探るように至近距離から僕を見つめるアルフォンス君に、素知らぬ顔で答える。


「僕ならどれを選ぶか。また、選ぶにはどうすればいいのか。ちょうど僕がそう考えていたところで、リストが消えてしまいました。多分、その瞬間にゲームが選択されたのだと思います」

「あの場にいた誰かが、密かに選んでしまったということですか……?」

「さあ? あの場にいなかった誰かかもしれませんよ」

「確かに、少なくとも一人は、あの場にいなかった人間が存在することは分かりましたが……」


 穴が開くほどゲームリストとその詳細な内容を読み込みながら、アルフォンス君も同意する。

 あの場にいなかった人間――ゲームの挑戦者リストの最期に記載されている人物などがまさにそれだ。あるいは、更に他にもいる可能性だって否定はできない。


「それにしても、何ともいやらしい仕組みですよね」


 アルフォンス君が苦い顔で感想を漏らす。


「この一番下、ゲームの選択方法が書いてありますが、音声入力ですよ」

「ああ、確かに悪質ですねえ」


 僕も迷う余地なく同意する。

 玄関ホールでリストを発見した時には、僕もどうやって選択すればいいのか迷って、タッチ入力を試そうかとうっかり手を伸ばしかけたものだが、その答えは『音声入力』だと、リストの最後にしっかりと明記されていた。


 しかし実際にそれを行った場合どうなるか――。


「あの場で音声入力などすれば、同席する皆さんにも誰がゲームマスターか一目瞭然になってしまいます。あの場では何のことか分からなくとも、最初のゲームが始まれば自明となるでしょう。そうなればあとは、下手したらリンチで抹殺されてもおかしくありません。命のかかった閉鎖環境という極限状況下では、何が爆発のきっかけになるかも分からない。あらゆることで揉め事が起こるように仕組まれているようです。危険を冒してもゲームマスターの地位を取りに行くか。安全策を取って諦めるか。それとも、誰にもバレないように選択する方法を探すか……」

「つまり、その最後の手段をやり遂げた誰かがいたってことですよね?」


 アルフォンス君はさっきからいちいち僕の反応を探ってくる。まあ僕が噓つきなのは最初から公言しているし、実際にリストやその他多くのことを隠していたのも事実なので、そこは甘んじて受け止めよう。

 ゲームマスターの正体だってもちろん把握しているが、この程度で揺らぐほど僕の面の皮は繊細にはできていないので、何事もなく会話を続ける。


「そうですね。もしかしたら、僕達が気が付かない場所にも、リストがあったのかもしれませんね」


 少なくとも僕には見付けられなかったが、多分その可能性は低くはないので、一例として挙げてしらばっくれる。

 僕だってあの時、誰がどうやってゲームを選択をしたかなんて、しばらく気が付けなかった。それこそ偶然の奇跡が起こった結果としか言いようがないだろう。まさかそんな方法があったなんてと、僕もあとで驚いたくらいなのだから。


「う~ん……」


 僕をじっと見つめていたアルフォンス君が悔しそうに唸る。


「なんですか?」

「絶対他に何か隠し事してるのに、どうしても尻尾が掴めないもので……」

「君の三倍生きてますから、若造とは年季が違いますよ」


 笑って軽口を叩く僕に、若造扱いされたアルフォンス君も少しムキになって減らず口を叩く。


「三倍は言いすぎでしょう。向こうでの享年六十五歳なら、二倍と半分とちょっとです」

「――ああ、確かに言いすぎたようですね。これはうっかり失言しました。どうでもいいくらい細かいですが」

「そこは重要ですから」


 はいはいおっしゃる通り、と言わんばかりの適当にかわすノリで応じながら、僕は内心ではヒヤリとしていた。


 自分の発言を振り返ってみて、本当にうっかりの油断が過ぎているな、と自省する。

 確かに、言いすぎた。

 ゲームを乗り切ったせいで、少したるんでしまったかもしれない。ゲームの前までは、あんなに細心の注意を払って言葉を選んでいたのに。


 もうこれ以上出すべき情報はない。くれぐれも余計な発言は控えるよう、改めて気を引き締め直した。

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