茶番
「で、どうするんだよ。さっき解散する時にした話と、結局変わんなくねえ? 全員で手分けして探すとか、かえってヤバいだろ?」
キトリー行方不明事件の対応について、クロードが単刀直入に切り出す。さっきの話というのは、僕のゲームの後、女王の亡霊対策を、やりようがないと投げ出した件だ。
「俺も同感だ」
アルフォンス君がすかさず賛同する。
「犯人探しも行方不明者探しも、危険度は変わらない。二次被害を避けるためにも、不必要な外歩きは控えて、できるだけ部屋に籠っていた方がいいと思う」
捜索はなんとか止めたいというのが本音なんだろうなと、横で見ていて思う。
現実的な話をすれば、すでに死亡が確定しているキトリーのために、生きている者が危険を冒すべきではないとも言える。
知っていながら、「みんなで力を合わせて探そう」とは、相当厚い面の皮を持っていないとなかなか言い出せないのかもしれない。根が誠実な分、ちょっと不器用だなと、逆に彼の人間性に安心する。
ちなみに僕は必要性があればそういう茶番もしれっと提案できる。今、その必要性がないのは幸いだった。僕だって罪悪感までないわけではないのだ。
「「じゃあ、探しに行っちゃダメだって言うの?」」
双子の声がシンクロする。非難するギイと今にも泣きそうなルネに、アルフォンス君は真っ直ぐ向き合って答える。
「少なくとも今夜の間はもう出歩くべきじゃない。夜の間は照明が落ちて屋敷全体が薄暗くなるし、キトリーがいなくなった理由も分からない現状で、不用意に動き回るのは避けるべきだ。明日以降も俺は予定通り、コーキさんと一緒に調査を兼ねて巡回を続けるから、それにキトリーの捜索も加えよう。安全上、それ以上はできない」
子供相手にも、酷ではあるがはっきりと伝える。
「でも、何も動かないでいる間にお母さんに何かあったらっ……」
「今もどこかで助けを待ってるかもしれないのにっ!」
母の安否を案じる双子が必死で訴えても、結論は覆らない。
やっぱり損な性格だなと、内心で苦笑する。僕に言わせればこの会合でのやりとり自体が全部茶番なのだが、そんなもので子供達に恨まれてほしくもないので、弁護のために割って入った。
「警察官なのに、どうせ他人事だからとやる気がなく日和っているように見えてるのでしょうが、そうではありませんよ」
多分彼一人だったら、結構な無理もしてしまう。たとえ結果の出ない無益な捜索だと分かっていても、子供達の願いに応えてしまいかねない。
そうしないのは、彼的に優先して守るべき存在である僕がいる以上、かなりの部分を僕のペースに合わせざるを得ないからだ。僕もいくら魔法で安全が保障できても、体力的には普通の女性なので、鍛えている若い警察官の全力にはさすがに付いていけない。更に裏の事情を言えば、魔法を使っている分、余計に消耗してしまう。
「単独行動や部屋に一人で残る危険性は、僕達の誰にでも言えるんですよ? これからは極力家族と離れないべきだと思いますし、もちろん僕もアルフォンス君と常に行動を共にします。が、朝からずっと調査で歩き通しで、少し前にはゲームも乗り越えて、その上で夜を徹しての捜索活動となると、正直僕の体力では厳しいんです。というか、誰より働き通しのアルフォンス君にも、夜くらい休ませてあげてください。これは全員に言えることですが、残り日数を乗り切るためにも、過剰な無理はいけません。この先何が起こるか分からないし、ここにいる誰かが、またゲームの場に立たされる可能性も高い。あらゆる事態に対応できるだけの余力は十分に残しておくべきです。今は、自分の身を守ることを一番に考えたほうがいい。あれもこれもと欲張ったら、今持っているものもまで失いかねません」
このメッセージは、次のゲームに挑むことになるだろうキトリーを殺した犯人にも向けられている。無駄な消耗は避けて、万全に近い状態で臨めるようにと。
もっとも本人には自分がゲーム挑戦者になっている自覚がないだろうから、ただの一般論として伝えるしかないのだが。
噛んで含めるように言われ、子供達も言葉に詰まる。許されるなら自分達だけでも屋敷中を探し回りたいところなのだろう。
イネスを説得しようと向き直ったところで、当のイネスに否定される。
「アルとコーキさんの言う通りよ。あなた達二人を連れて屋敷中歩き回るなんて……もし緊急事態が起こったら、おばあちゃんには二人を守り切れる自信がない。無理をして、今度はあなた達にまで何かあったりしたら……もう、キトリーの無事を祈りながら、残りの時間ずっと部屋に籠ってる方がマシよ」
祖母の苦渋の表情から出される言葉に、二人は何も言えなくなる。
現実問題として、六十五歳のおばあちゃんを、夜通し連れ回すことの無謀さにも思い至ったようだ。かと言って、他の誰かに付いていったり、自分達二人だけで動くなんて、絶対に許可されないことは分かり切っている。
なにより、イネスと離れた結果、今度は彼女までいなくなったら――その恐怖に気が付けば、もう自分達だけでも動きたい、なんて我を通すことはできなくなってしまったようだった。
「ああ、それと……」
沈黙が続いた隙に、事前に釘を刺す形で、もう一つ動けない理由を付け加えておく。
「こういう場合、現場検証とかに行くのがセオリーなんでしょうが、僕は一切やりません。他の人の客室には絶対に入りませんから。それは脱出不可能な他人のテリトリーにのこのこ飛び込んでいく自殺行為だと認識しています。信用の有無ではなく誰に対しても一律でそういう方針で行くと決めています。助け合いを否定するものではありませんが、皆さんもその辺りをもっと用心するべきだと思います」
そもそも救助も真相の追及も必要ない。
それよりも、すでに新たな殺人事件が起こってしまった後だけに、今後のそれぞれの関わり合い方に警鐘を鳴らしておいた。もう何度もしている忠告だが、これ以上の殺人事件を避けるためにも、できるだけ別家庭とは距離を置いた方がいい。
名指しこそされていないが、お互いの部屋に出入りした心当たりのあるベレニス、イネス姉妹は、微妙な表情で顔を見合わせた。
一方で、昨日僕の客室に閉じ込められた経験を持つアルフォンス君は、骨身に染みた様子で頷いていた。
「つーか、それこそ転移で脱出できるんじゃねーの? コーキなら」
「あ、ホントだ!」
ニヤリとツッコむクロードに、ジュリアンがなるほどとばかりに声を上げる。
「そんなのは、本当にいざという時の最終手段ですよ。最初から危険ゾーンに近寄らなければいいだけなんですから」
僕は取り付く島もなく否定する。
実のところ、入手したばかりの自前の転移を使わなくても、マリオンの魔法で大半の危機には対処できるのだ。著しく環境に左右される嫌いはあるが、この機動城内ではほとんど反則レベルだと思うくらいには。
なので転移は実際には使う必要性がないが、その気になればいつでも使えるんだぞ、というアピールだけはしておいた。
結局今回の会合では、多少は揉めたものの、無理に捜索は強行しないという意見で落ち着き、最終的には、家族と離れないようにという努力目標の確認だけして解散となった。