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行方不明 2

「あっ、じゃあ、テディベアに何かされたんじゃない!? 一緒にいなくなっちゃったんでしょ?」


 ジュリアンはまたもや懲りずに当てずっぽうの思いつきを口にする。

 この意見にはみんなさすがにざわついた。再びジュリアンは、母に頭をしばかれる。


「みんな考えないようにしてるのに、余計なこと言わないでよ!」


 ゲームで、対象を殺しにかかってくるテディベアについては、離れてくれない以上、みんな現実逃避的に極力視界に入れないようにしているのだ。意識し始めたら、それこそ恐怖に支配されて一瞬も気が休まらなくなる。


 その辺に気の回らないジュリアンは、いい読みだとばかりに更に続ける。


「だって、絶対壊せないし転移もできるし、一番怪しくない? 他人の部屋には誰も入れないんだし」

「もういいから黙って!」


 母と息子のドタバタなやり取りをしばらく眺めながら、とんだ風評被害だなと僕のクマ君の頭を撫でてみた。こんなに癒されるのに。


 しかしこの流れになったら、ただ黙って観覧している場合ではなさそうだ。流れ弾が来る前に、自分も参加しておく必要性を感じて話に割って入る。


「ちょっといいですか? この展開で行くと次第に密室事件扱いとなって、『転移』の魔法を得た僕に疑いがかけられそうな予感がするので先に断っておきますが、僕は部屋に戻ってからずっと寝ていたので関係ありませんからね」


 疑いがかかってくるまでのうだうだした過程がもう面倒臭いので、最初からビシッと自己主張しておく。


 イネス一家が滞在している部屋はイネス個人に割り当てられたものなので、機動城の客室のシステム上、イネス以外にドアの開閉ができない。部屋にキトリーが一人で留守番していたとしたら、外からの侵入はもちろん、内部からの脱出すらも不可能となる。

 つまり、帰ってきたイネスがドアを開けたら、すでに誰もいなかった、というのは、立派な密室消失トリックになってしまうわけだ。

 つまり『なぜ?』に加えて、『どうやって?』の疑問の声もじきに上がるに決まっているのだ。 


 ほとんどの者が、言われるまでその可能性に気が付いていなかったようだが、別に藪蛇だったとは思わない。

 基本的に、僕にはひっかき回しておく目的もあるので、疑いが晴れようがそうでなかろうが、どっちでもいい。どうせ無実は第4ゲームで判明するのだし、むしろ自分の安全を魔法で確保している現状なら、疑われれば疑われるほどおいしいくらいだ。


 アルフォンス君も断言する。


「身内の俺が言っても信用できないかもしれませんが、ゲーム後からイネスさん達の放送の直前まで、コーキさんがずっと寝てたのは間違いありません」


 あれだけ間近で様子を見てたのだからアリバイはばっちりだ。アルフォンス君は結構目ざといし、たとえデスクワーク中でも人一人が数秒も消えれば気が付くだろう。まあそれを周囲が信じてくれるかは別として。


 ここからしばらくは、やったやらないのひと悶着でも起こるのかなとお約束の展開を予想したのだが、なんと、特に期待もしていなかった援護射撃が別のところからも出てきた。


「密室じゃなかったよ」


 迷わず言い切ったのはルネだ。


「あ、そうかっ」


 ギイも思い出したように叫ぶ。


「お母さん、ドアを開けたままで僕達を見送ってたんだ」

「うん、廊下の角を曲がって見えなくなる時、振り返ったら目が合って、手を振ってくれたもん。だから、私達がいなくなるまで、ドアは開いてた」

「ちょっと、ここに来る前のお母さんに戻ったみたいだったよな」


 双子が代わる代わる証言する。

 一度でも閉めればロックがかかるが、そうなっていたとは限らなくなった。

 どこかほっとしたような雰囲気が漂ったが、妙なトリックや魔法などではなく、少なくとも人智でどうにかなる現象である可能性は残ったからだろうか。それならば自身の用心次第で、同様の被害を防げる。


 しかし内心で、僕は思わずはっとさせられていた。その証言は、僕にとってちょっと胸に刺さるものがあった。


 母親と子供達の姿が見えなくなるまで、後ろ姿を見送っていたというキトリー。一体どんな思いで遠ざかっていく家族を見つめていたのか――その心情に、初めて思い至った。

 まったく遠い存在だった彼女の、覚悟と決意に……。


 そうか。イネスの印象の通り、キトリーは確かに吹っ切れていたのだ。三つのゲームの結末を見届けて、腹をくくった。自分が何をやるべきか、答えを見付けていた。

 だからイネス達を追い払い、その隙に自分一人で事を成そうとして、けれど望み通りにはならず、結局は殺される結果になった。


 何とも苦い思いが胸を過ぎる。

 こういう時ミステリ的には、なんでわざわざ一人でやろうとするんだと突っ込みたくなるところだが、キトリーには、もうその選択肢しかなかったのだろう。

 ただ、目的を達成できる能力が自身になかったのが誤算だった。


「結局振り出しだな」


 クロードが話を戻す。


「自分の意志でいなくなったのか、誰かに連れていかれたのか……」


 ――それとも殺されたのか……と、残る可能性はさすがに口にしなかった。

 それこそが正解なのだが。


「ところで、さっきから気になってたんだけど、イネスおばさん、どうして髪が濡れてるの?」


 話が膠着したところで、アデライドが話題を変えた。

 いつもはふんわりしているベレニスの髪が、今はぺったりと張り付いている。機動城にはドライヤーがないので、一度濡れたら自然に乾燥するのを待つしかないのだ。


「私達が駆け付けた時には、服までびしょ濡れだったわよ」


 事情を知っているらしいベレニスが答え、再び全員の視線がイネスに向いた。


「それは、さっきの話の続きになるになるんだけど、私が部屋に戻った時、シャワーの音が聞こえたの」


 イネスは再び説明に戻った。


「なんでこんな時にって、脱衣所まで行ってみたら脱いだ服もないし、声をかけても返事もなくて……心配になってバスルームのドアを開けたら、中には誰もいなくて、シャワーだけが出てたの。とりあえず水を止めようとしたら滑って被っちゃったのよ」

「シャワーだけ出てて、誰もいなかったの?」


 アデライドの問いに、イネスが頷く。


「そう、もう散々よ。とりあえずタオルだけ被って、濡れたまま部屋中探し回ったわよ。ベッドの下とかクローゼットの中まで。でも誰一人いなくて、それでとにかくベレニスに電話で助けを求めたの」


 その発言で一同の視線はベレニスに向き、それを受けてベレニスが話を引き継ぐ。


「ええ、イネスが一度引き上げてからしばらくして、また電話があったわ。キトリーがいなくなってるって慌ててたから、私とヴィクトールで、双子を連れてイネスの部屋に駆け付けたの。全員で部屋中隈なく探してみたけど、やっぱり誰もいなかったわ」


 そして切羽詰まった双子達が、放送で呼びかけて今に至ったというわけだ。

 イネスも集合の前に服だけは着替えたが、髪が渇くほどの時間はなかったのだろう。


「シャワーが出しっぱなしだったって、キトリーさんがやったのかな? それともテディ・ベアか、それとも他の誰かが押し入ってきて、何かの目的で使ったのかな?」


 ジュリアンが素朴な疑問を呈する。もうこういうのはジュリアンの係になったようだ。


 アルフォンス君の表情がかすかに歪んだ。

 僕はシャワーの目的も間違いなく把握している。彼もこれまでの情報から、大体の推測はできてしまったようだ。無表情を装ってはいられないだけの理由があったことを。


 知らないふり、気が付かないふり――とにかく隠し続けるというのは、慣れないとそこそこストレスになるようだなと、思わず同情してしまう。だから気が付かなければよかったのに。

 僕などすっかり慣れっこで麻痺してしまっているくらいだ。なにしろ数十年もの年季が入っている。


 僕とアルフォンス君、そして犯人以外の三人には意味不明のシャワー問題は、しばらくはあれこれと予想の出し合いが続いたが、これ以上話し合っても答えは出ないなという空気が漂い始めた辺りで打ち切られた。

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