行方不明 1
「で、キトリーがいないってどういうことだよ」
全員が食堂に集合したところで、口火を切ったのはクロードだ。
優雅にディナーを楽しめる状況ではないので、昨夜同様歓談スペースのソファーで、話し合いをしながら軽食をつまむスタイルとなった。本当なら今夜はスキヤキにチャレンジしたいところだったのだが、そこは断念した。アメリカ人の軍曹が焼き豆腐や白滝をどう再現してくれているのか興味があったのだが。
今夜の話し合いが昨夜と違うのは、イネスを含めて、双子達が話の中心になることだろう。なにしろ母親のキトリーが行方不明になってしまったというのだから。
入館時は十三人いた親族一同は、たった一日で十人に数を減らした。
僕はアルフォンス君と並んで座り、しばらくは事の成り行きを静観するつもりだ。大方の真相をすでに承知している僕達からすれば、この話題に参加する――それはつまり発言のほとんどが嘘になるということだ。
まあ僕などは慣れたものだが、アルフォンス君の心中は随分複雑だろう。
祖母のイネスを、双子が左右から挟む形で並んで座る三人に、全員の視線が向く。
「キトリー、昨日からずっと様子がおかしかったでしょう?」
代表してイネスが語り出す。
「コーキさんのゲームのあと、部屋に戻ってからもしばらくは一言も話さないような状態だったんだけど……その間もずっと考え込んでる様子だったわ。でもしばらくそうしてたら、何かを決めたのか、急に吹っ切れたみたいに顔を上げて言い出したの」
「おばあちゃんに相談したいことがあるって」
「私達はその間、ベレニスおばあちゃんのとこに行ってなさいって」
ギイとルネも、合間合間に補足を入れてくる。
「正直私は、ベルトランのことがあったばかりだから、孫達から目を離したくなかったのよ。でもキトリーは、どうしても今すぐでないとダメだって言い張って。『ベレニスおばさんのとこなら大丈夫だから』って、押し切られてしまって……」
イネスが思い返しながら、説明を続ける。
ずっと様子のおかしかったキトリーがここまで言うのだから余程のことなんだろうと折れたイネスは、言われた通りにひとまず姉と甥の滞在する部屋へと、孫達を送っていくことにした。
朝食時には一人にするのもためらわれるほどの不安定さだったキトリーだが、その時には大分落ち着きを取り戻していたように見えたという。数分で急いで戻ってくれば大丈夫だろう、と判断できる程度には。
「先にイネスから電話で連絡をもらったわ」
受け入れる側にされたベレニスも、説明に参加してきた。
「それから数分後に、ギイとルネを連れたイネスが私達の部屋に来て……私は子供達だけ預かって、イネスはまた自分の部屋に戻っていったわ」
「俺もいたけど、それで間違いないぜ」
祖母の話を、ヴィクトールが保証した。
それから再びイネスが説明役に戻る。
「そして私が部屋に戻った時には、キトリーはもういなくなっていたの。キトリーに付いてたテディーベアも一緒に消えてたわ。部屋を出てから十分くらいだったと思う」
家族が語る事件のあらましを深刻な表情で聞いている面々を観察しながら、ああ、なんて絵に描いたようなミステリー展開だ、なんて感慨を抱いてしまう。
こちらとして見れば謎でも何でもないのだが。
殺人者が一人増え、本来いるはずの面子から、キトリーだけがいない。
それはすなわち、キトリーがすでに殺されている事実を意味する。これまでの被害者やゲーム敗退者のように、殺された後にどこかに転送されたから、いなくなったのだ。
クマ君までいなくなったのは、マンツーマンでマークする対象が殺され、役目が終わったから、姿を消したということだろう。ゲームで処刑役をしたクマ君同様に。
まさに僕が危惧していた、殺人へのハードルの著しい低下が起因していると見ていいだろう。ここは僕の反省点でもあるが、ゲームへの挑戦資格が『十五年前の事件の犯人』だと誘導してきた作為が、悪い方に作用してしまった。きっと犯人は、自分が挑戦資格を得てしまったなんて気が付いてもいない。このまま行方不明になったと見せかけてやり過ごそうとしているのだ。
一方で、死亡の事実を知っていながら、母親の安否を心配する子供達を前に口を閉ざしているというのは、どうにも後ろめたいものがある。
遠からず次の第四ゲームが始まれば、彼らが真相を知る瞬間が来る。その時の子供達の衝撃を思うと、僕もアルフォンス君も今から心が痛んで仕方ない。
「お母さん、きっと十五年前の事件のことで何か知ってたのよ!」
「だからずっと怯えてたんだっ」
ルネとギイが、証拠はないがなんとなく信憑性はありそうな推測を口にする。
「確かに、“ベレニスさんなら大丈夫”って言い切れてたぐらいなら、何か知ってたって可能性はあるだろうなあ。大丈夫じゃない人間のこととかも」
クロードの賛同を受けて、おそらく誰もが思いながらも言わずにいた疑念を、またジュリアンがストレートに叫んだ。
「じゃあキトリーさんは、十五年前の犯人に殺されちゃったの!?」
「滅多なこと言わないで!」
どうにも締まらない息子は、隣に座る母親のアデライドに、即座に頭をしばかれる。
まったく、よく子供達の前で無神経な発言ができるものだと、心の中でアデライドに拍手を送る。殺されている点だけは事実なので余計タチが悪い。
「だったら、何でいなくなっちゃったのさ」
口をとがらせるジュリアン。それに対して次の疑問を提示したのはヴィクトールだ。
「そもそも誰かに何かされたのか、自分の意志でいなくなったのかも分からねえじゃねえか。あいつが一番メンタル的にヤバそうな感じだったし、錯乱して一人でどこかに逃げ出しちまっただけかもしれねえだろ。逃げ場なんてねえのに」
なかなか冷静な意見を出してきた。馬鹿父の呪縛から解き放たれたヴィクトールは、問題児ポジションから華麗なジョブチェンジとでも言おうか、意外と常識的な感じに存在意義をシフトした感がある。長年培われてきた父譲りの言葉遣いの悪さはそのままだが。
今まで年長者のベルトランが果たしていた『無難な一般論提示』の役どころにハマり込んでくれると、場の役割分担的にバランスが取れるかもしれないな。